月の知らせ——松島 大和

 僕達が降りてくる頃には、佐渡さどさんが出していたお茶とお菓子を彼女は平らげていた。


 金髪ながらに肌は暗褐色、その猫のようなくりっとした目は空色。

 かなり目立つビジュアルだった。

 その髪はポニーテールにしているが、襟足などはショートカットにしている。

 本当に軍人か疑わしいくらいに個性的だ。


 彼女は朝一番、バイクで車寄せに乗り込むなり、さつきさんに会わせろと言うものだから、少しの間、問答になった。


 さつきさんは彼女の座っている対面のソファーに座り、挨拶した。


「遅くなり申し訳ございません。遠いところをようこそいらっしゃいました。私、若葉さつきと申します。」


 彼女はさつきさんをじっと見て、一言。


「本当に真っ白だね」


 拍子抜けだ。

 でもまあ、気持ちは分かる。

 さつきさんはその見た目から国内で有名だ。

 アルビノは伝統的に神聖視されやすい。


「お陰様で。ところで、本日のご用件は?」


 彼女はレッグバッグから資料を出すと、さつきさんの前に放り出した。

 さつきさんはその資料を興味深げに読み出した。


「わたしは皇室海軍のプライド隊所属、ルナ・アルバーン。一応一等兵曹をしている。今回はうちのある俺っ娘おれっこ大佐の命令でここに来た。要件としては、瑞穂に変なメールを送ってくるη-3という奴がいるみたいで、GeM-Huの子ども達を助けてくれって何百通も送ってきているの。だからそいつについての調査をしたいんだ。……まあ、まずはそのη-3が本当にいるかどうかを確認して、本当ならば蒼薔薇会をとっちめる算段でいる。まだ事実確認の段階だけど。で、君って椿会のメンバーだったんだって?」


 あまりに唐突な話な上、突然話を武蔵に振ったルナ。

 武蔵は少し驚いた様子だったが、素直に答えた。


「ああ、椿会にいたが、蒼薔薇会なんて、縁遠いよ。闇医者している連中とはあまり話さなかった」


 黒百合会系と言って、九州きゅうしゅう辺りを拠点にした犯罪組織がある。黒百合会は裏金関係を担当し、他の会の資金も管理している。

 武蔵のいた椿会は、密輸やその物品の売買をしていて、武器が手に入りやすい関係上自警団のようなこともしている。

 他にもサイバー犯罪、情報収集担当の菫会がある。

 蒼薔薇会は、黒百合会系では一番新しい会だ。主に臓器売買などの闇医療や人身売買を担当していると聞いている。


「やっぱりそうかあ。……いやね、シャドウ隊にもゴーストGHOST隊にも内部を知ってる奴がいなくてさ。だから、少しでも知っている協力者が欲しかったんだけどなあ。駄目か」


 まあ、武蔵のような生まれて以来椿会にいる奴がよく知らない部署なんて、謎だらけだ。

 武蔵は雲の上の通信網を使っていると黒百合会系の組織のことを揶揄していた。


 ところで、気になる単語について聞いてみた。


「ジェミューって何だ?」


 さつきさんが資料のページをめくりながら答えた。


「GeM-Huとは、レオナルド・アルバーン博士の提唱した技術、発明で、平たく言えばヒトゲノムを組み換えてヒューマノイドを造り上げるということです」


 なぜさつきさんが知っているのか疑問には思ったが、ルナも否定しなかった。


「そっ。Genetically Modified Humanoidの略。父が学会に論文を送ったけど、倫理的な問題で一蹴されてしまったから、このことは知っている人も限られている訳。わたしはその張本人の娘だから、たまたまだけど、あとは研究所の共同研究者とかだけだね。そんな技術の話題がこんな怪しいメールで出るなんてびっくり! だから、それも含めて調査したいの」


 ルナの説明が終わった頃、さつきさんが資料を読み終えた。


「ご事情はわかりました。しかし、なぜわたしに? わたしは研究には関わっておりませんし、政治も初心者です」


 ルナはお代わりとして出されていた茶に手を伸ばしながら、さつきに答える。


「確かに、用があるのは、今空席の外務大臣で、現にコナーConner大尉が今外務省に行ってる。でも、君も興味深い人間なんだよね」


 彼女は茶を口に含み、続けた。


「……君の白髪はくはつって、偶然じゃないんでしょ?」

「確かに。公表はしていませんがね。自慢するようなことでもございません」


 さらっと流したさつきさん。

 白髪に理由なんてあったのか。

 公表していないってことは、何か事情があるのだろう。深くは突っ込まないことにした。


「まあ、事情に詳しい人がほしい訳。それに、黒百合会が絡んでいるなら、君にも協力してほしいしね」


 ルナはまた武蔵を一瞥。

 その目つきが気に入らないのだろうか。武蔵は疑うような、反抗するような目で睨み返す。


 さつきさんが険悪な空気にならないように気遣ったのかもしれない、また口を開く。


「まあ、ご事情につきましてはそういうことにしておきましょう。それで、具体的にどのように協力をすればよろしいでしょうか」

「教皇府にも働きかけをしていて、君にこの作戦に協力するだけの権限をさつき君に貰えるようにしている。いざという時、政治のごたごたでも対応できるようにね。君の神学校での成績は調査済み。成績は首席、というか過去の学生と比べてもトップクラスだし、ないのは政治家としての経験だけで、教皇からも期待されているとか。よかったね、お父さんからいい頭を貰えて」


 さつきさんは少し苦笑した。


「なかなか根回しがお早いようで。しかし、父が暗殺されて、外務省も忙しいかと思います。それにわたしはまだ公爵を継いだばかりで、政権の中枢からは離れております。いくらわたしの父がη-3様に名指しされたからと言って、わたしでできることも限られています」


 まださつきさんが話している内だったが、ルナがスマホを取り出し、何かメールでも確認しだした。


「じゃあ、教皇から呼ばれたとしたら?」


 さつきさんが思わず間抜けな声を出した。

 僕も一瞬理解が追いつかなかった。


 いや、根回しが早いのは感じていたが、外務省もなかなか仕事が早い。


 ルナはスマホをさつきさんに渡す。

 疑うように画面を見つめ、そしてルナを見つめ直すさつきさん。


「どうしたらこんなに早く話を繋げるのですか?」

「俺っ娘皇女の副官が交渉に行ったからね。そこに書いてある通り、早いこと準備を始めて、教皇に会いに行ってきたら?」


 さつきさんは、「そうですね」と一言答えると、僕達に指示を飛ばし始めた。


「大和さんは車を準備してください。武蔵さん、やはり礼服に着替えます」


 にわかに慌ただしくなる。

 この女が携えてきた知らせは、僕達の平穏な世界を狂わせた。





菫会——黒百合会系の傘下で、情報屋。インターネットや独自ルートの情報網で、情報を売り買いしている。

ゴースト隊——皇室海軍所属の諜報部隊。様々な組織に潜入捜査官、もしくは協力者がいる。

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