鏡と新聞とタイピン——若葉 さつき

 今日も鏡とにらめっこ。


 スミレ色の瞳、雪のように白い肌、純白で、産まれてから本格的に切ったことのない長い髪。

 見慣れている顔だが、今日は特に眠そうにしている。


 寝起きでまだ髪も整えられていない頃に、扉をノックして武蔵むさしさんが入ってきた。


 彼には今、わたしの付き人をしていただいている。

 銃撃事件があり、重傷を負っていたところを助け、家がないというものだから、住み込みで働いていただくことにした。

 ちなみにたちばな武蔵というのはわたしが付けた名前だ。


 銃弾で肺を撃ち抜かれてもすぐに回復した丈夫な男で、背も高い。

 彼曰く父親のような人から稽古を付けられたお陰だと。


 彼は椿会にいた頃は襟足の髪を白く染めていたが、何か信念があるらしくここに来てからはそこを蒼く染めるようになった。


 武蔵さんが朝刊を持ってきてくださったので、それに目を通すことにした。

 その間に、武蔵さんが髪を解いてくださる。


 新聞に目を通すと、連日のごとく大陸戦争の記事が見出しだった。



永豊えいほう公爵暗殺――また十月革命による犯行か》



 外務大臣であったお父様とも仲のよかった、丹陽王国連合の公爵が殺された。

 また頭の痛い訃報だ。


 永豊公爵軍は、オ連との戦争の中で、無視できない戦力だった。でも、しばらくは混乱で組織的な戦いは期待できないだろう。


 オ連は完全共和制の超大国を作るという大義名分で、丹陽王国連合に宣戦布告した。

 つまり、王侯貴族、宗教は不要、すべては人民が支配すると。


 放っておくと、宗教国家の瑞穂国、二人の皇帝が支配するネヴィシオン連合帝国も戦火に巻き込まれるのは目に見えている。

 というよりもすでに敵と目されている。

 だから連帝も丹陽側として参戦し、瑞穂も参戦こそしないものの、丹陽に全面協力すると保証した。

 八百万教国は自衛戦争意外の戦争はできないので、武器の供与と自衛警察隊による後方支援で容赦してもらっている。


 前外務大臣の息子として、戦況は気になるところ。

 大陸の海に近い地域は、連帝の世界屈指の海軍力で押さえ込んでいるが、内陸部は陸軍力の勝る共和革命戦線が有利だ。

 歴史的に見て、物量戦略は相手を疲弊させる。

 技術的には連帝軍が勝るだろうが、物量では明らかにオ連軍が勝つ。


 そして、もう一つの問題が、「十月革命」。

 オクチャブリスカヤОктябрьскаяレヴォリューツィヤРеволюцияの和訳で、オ連系のテロリスト集団。

 明らかに共和革命戦線や最高指導者親衛隊(ВЛГヴェーエルゲー)の支援を受けており、戦線にとって都合の悪い人物をターゲットにテロを起こす。

 例えばこの新聞の見出しになった永豊公爵の暗殺などだ。


 テロリストと呼ぶには練度も高く、正規の軍隊、諜報機関でないだけで十分に脅威だ。

 大和やまとさんに聞くには、特殊部隊出身者もメンバーに紛れているとか。


 新聞を読み終えた頃、廊下を走る足音がした。

 未来みらいさんか大和さんかと思うが、このドタドタしたこの走り方は男だろう。


 ノックしたのは、やはり大和さんだった。


 彼も、武蔵さんと同じ頃に家に入っていただいた。

 武蔵さんと銃撃戦をして、重傷だったので、看病をした縁でそのまま家にいてくださっている。

 彼の仮名となる松島まつしま大和というのも、わたしが名付けたもの。


 なかなかに美形の青年で、武蔵さんと同い年なのだが、男女くらいの体格差がある。

 いや、武蔵さんが大柄なのだ。


 フレームレスのメガネからのぞき込むように私を見つめ、来客を告げた。


「すみません、連帝軍の方が来ていますが、どうされます?」

「連帝の? どのようなご用件で?」

「はっきりと言ってくれないのですが、教皇府には話を通していると」


 教皇聖下も話を知っておられるということが本当なら、心配はないかもしれないが、何の話か見当もつかない。


「そこはしっかり聞いてこいよ。どんな服がいいかわからないじゃないか」


 クローゼットをのぞきながら、武蔵さんが大和さんに困った質問をする。


「君も彼女に会って聞いてみなよ。きっとはぐらかされるさ」


 来客は女性らしい。


 こうやって、面倒事に巻き込まれていくのだろう。


「喪服はやめておきましょう。来客に気を使わせるでしょうから」

「あなたこそ、あまり気を使いすぎないでください」


 武蔵さんの気遣いは嬉しい。

 しかし、新しく摂津公爵に任じられ、くよくよしていられないのも事実だ。

 父の穴埋めかもしれないが、それでも、人に弱いところは見せられない。


 ただ、父のものだったタイピンは使わせてもらう。

 自分を鼓舞するための御守りとでも言うべきだろうか。


 ただ、少しでも甘えさせてほしい。それだけだ。

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