新米政治家——橘 武蔵

 教皇府庁舎の車寄せで待っているとすぐ、さつきさんが慌ただしく車に乗り込んできた。


「どうでした? 教皇に実際に会えたのですか?」


 さつきさんは携帯電話を取り出し、誰かに電話をしようとしているようだ。


「ええ、お会いできました。忙しくなりますよ」


 大和が車を発進させる中、さつきさんは抱えていたファイルケースを俺に手渡した。


「外務省に用事ができました。そちらに向かってください」

「わかりました」


 大和はさつきさんの注文に快く応じる。

 でもどこか厄介事の臭いがする。

 手渡されたファイルケースを開いて、胸騒ぎをさせていたのがこいつだと気づいた。


「外務副大臣?」


 「外務副大臣に任命する」という大きな文字と、教皇の花押。

 よくもこんなに早く辞令を用意できたものだ。


 相手が電話に出てくれなかったらしく、さつきさんは残念がって携帯電話の画面を消した。


「そのようです。さすがに大臣というのは荷が重いだろうと、副大臣に任命されました。外務副大臣にはもう二方いらっしゃって、そのどちらかが外務大臣に昇進されるでしょう」


 車が走る中、俺の溜め息が大きく聞こえた気がした。


「政治家なんてなれねえな。喪中でも働かせられる」


 大きく独り言。でも独り言に応えてくれるのがさつきさんだ。


「そうでもないですよ? これから味方を増やしていくのが楽しいのです」


 冗談めかして、にやりと笑った。


 さつきさんが続ける。


「とりあえず、相方になる日向ひゅうが枢機卿や利根とね侯爵にご挨拶しなければ」


 あまり詳しい訳ではないが、副大臣というのは大臣の下に少人数いて、外務大臣の下には外務副大臣が2人。

 今いる副大臣は日向枢機卿と利根侯爵。

 年功序列として日向枢機卿が新しく外務大臣になるだろう。


 教皇府庁舎から外務省本庁舎まではあまり遠くない。

 本庁舎に付くと、さつきさんは飛び出すように車から降り、正面玄関からまっすぐ入っていく。


 俺はそれについて行き、一応はボディーガードらしくする。


 政治家、行政官としての行動力については、申し分ないだろう。


 庁舎に飛び込み、警備員に目配せしながら受付まで小走りする。

 受付に話を通そうとさつきさんがしたところ、彼女が先に話を進めた。


「若葉さつき様ですね。二階小会議室でコナー大尉方がお待ちです」


 話が早いことで。


 エレベーターに乗り、出たところで小会議室の札を見つけると、その部屋の扉をノックする。

 入室の許可を貰い、「失礼します」と扉を開けると、二人の副大臣と見慣れない外国人がいた。


「さすがに、行動が早いな」


 日向枢機卿が入室と同時に言ったが、お互い様だと思う。


 先ほど受付でコナー大尉と呼ばれていた人物はこの外国人だろう。

 連合帝国海軍士官の制服を着ていて、肩章や袖章は確かに二本のストライプで大尉を表している。


「紹介しよう。ネヴィシオン皇室海軍でヴィオラ皇女の副官をされている、ヘイデンHayden・コナー大尉だ」


 ヴィオラと言えば、ルーカス帝の第一皇女で、「艦隊のサイクロプス」と名高い参謀だ。

 名参謀というよりも、皇室軍人でありながら髪を蒼く染めていたり型破りで、立てる作戦が破天荒なことで知られている。

 彼女の手駒となっているプライド隊がその破天荒な作戦に対応できてしまうのが何とも言えない。


 そのヴィオラの副官、つまり補佐がここに来たということは、彼女の主導で話が進むということだ。


 コナー大尉は一度敬礼し、握手のため右手を差し出した。

 さつきさんと握手を交えながら、彼は話し始めた。


「ご紹介いただきました、コナーでございます。先日はお父上が亡くなられたとのことで、お悔やみ申し上げます。お忙しい中失礼かと存じますが、どうかご協力いただきたく、お願い申し上げます」

「とんでもないです。協力できることであれば何でもおっしゃってください」


 二人が挨拶を終えたのを見計らい、日向枢機卿が立ち上がる。


「ところで、さつき君。これからの日程はどこまで決まっている?」


 さつきさんは首を傾げ、淡い色の瞳をくりっと天井に向ける。


「明日から、摂津県議会がございます。私の摂津公爵就任式や、父からの権限の引き継ぎなど」


 日向枢機卿は「ふむ」と、鼻を鳴らすような相槌をし、細かく頷く。


「つまり、それだけだね」


 「それだけ」という言葉が引っかかったが、彼は続けた。


「キャンセルだな」


 俺は思わず口を挟みたくなったが、さつきさんが黙って頷いたのが見え、俺も黙った。


 俺やさつきさんの代わりに質問したのは、コナー大尉だった。


「よいのですか? 摂津県議会は摂津県民にとって大切な議会では?」


 その質問にはさつきさんが答える。


「いえ、形だけの議会です。県民にお見せできないのは残念ですが、それよりも今回の蒼薔薇会の方が気掛かりです」


 霞さんのように大局的な見方ができるのは、霞さんの相方だった日向枢機卿達と霞さんの息子のさつきさん。


 俺ならば議会を突き通すだろうが、さつきさんの場合は蒼薔薇会の件を重く見ているようだ。


 コナー大尉は相槌を打ち、納得した様子を見せた。


「かしこまりました。それでは、午後からになりますが、私どものふねガタノソアGhatanothoaで話し合いませんか?」


 さつきさんはまた、目をぱちくりとさせた。





INSガタノソア——連合帝国皇室海軍所属の揚陸指揮艦。揚陸指揮艦とは、揚陸作戦は大規模になりやすいので、その際に司令部が指揮を執るための艦。

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