サイトの更新
風景のサイトという味気ない名前の個人サイトだった。
廃墟写真好きな俺がネットサーフィンの最中に見つけたものだ。
山中にぽつんと存在している民家のものや住宅地に立地している廃業した工場の写真などが掲載されていた。
日付がタイトルの記事に写真だけが載っているという構成のサイトで外部へのリンクだとかは一切なかった。その繋がりを求めない雰囲気が気に入り俺はそのサイトをブックマークして暇をみては写真を楽しんでいた。
書籍にもなっているような広大で美しいイメージの廃墟写真もいいが、俺はこういう小規模なものが好みだった。純粋な非日常ではない、いわば日常からはみ出した感じのある非日常にこそ胸の内をくすぐられたのだ。
すっかりそのサイトにハマった俺は休日でもそこに入り浸っていたのだった。
過去の記事から遡って観覧を続けていた俺はとうとう最新のものをクリックした。
そこには一枚のドアが映し出されていた。
薄青色の木製と思しきドアと一段だけのコンクリの踏み台、夕日で黄色く染められている壁の写真が映し出されていた。
初めはそれが何の写真なのかわからなかった。けれど、しばらく眺めているうちにそれが民家の裏口を撮影したものなのだと理解できた。そうとわかってしまえばそれにしか思えない。それ単体に注目することがないから気づけなかったのだ。
人なしにあり得ない人工物を人を感じさせずに切り取り映し出しているその写真に俺は感心して独り頷いた。
しばらくしてから改めてその写真を眺めているとあることに気付いた。この記事には続きがあった。いままでは一つの記事に一枚の写真が貼られていたので気になって画面を下へスクロールさせると日付と時刻の文字が現れ再び民家の裏口の写真が映し出された。
どういうことかとじっと見つめていると違和感を覚える。なにかが違う。答えを求めて画面を見つめているとふと気が付いた。ドアが開きかけている。ドアが正面にあるので分かりにくいが壁に影が差しているので分かった。
更にスクロールさせるとまた日時の文字が現れてそれから写真が映し出された。今度は一目でわかるほどドアが開かれていた。続きが気になってスクロールさせるとやはり文字と写真が現れる。写真のなかのドアは徐々に開かれていっていた。
スクロールを続けると最終的にドアは全開になった。
そこには台所が映し出されていたが、人影はなく生活感もなかった。
民家の裏口の写真を見てから数日。風景のサイトの更新通知がパソコン画面に表示された。期待を抱きながらブックマークからサイトを開くと新しい記事がアップされていた。タイトルはいつも通り日付で、それは今日のものだった。
記事を開くと画面にはガラス戸が映し出された。
ガラスの前に物干し竿が掛けられており、下半分ほどが壁に覆われている様子からアパートのベランダのようだ。カーテンは閉められていて部屋のなかは見えない。
裏口の写真を見ていたからアパートのベランダと知れたが、人の気配を感じさせないその写真は独特な雰囲気で不思議なものだった。
初期のものとは趣向の変わった写真を見て俺は期待半分不安半分の気持ちを抱きながらサイトを閉じた。
それから数日おきに風景のサイトは更新された。写真には裏口の写真のときと同じようにカーテンが徐々に開く程度の変化が生じていた。
なんとなく更新を追っていくなかで俺はこれはどこを撮ったものなのだろうと写真をしげしげと見つめた。ありふれた光景から人の気配を切り取るだけでそれは何処でもない場所のように思える。
アパートのベランダで間違いないだろう。ボロくはないが上等な洒落た建物ではない。まあ、よくあるレベルだろう。ちょうどこの部屋と同じくらいだろうか。
その考えに至って独り吹き出した。自意識過剰だ。俺の部屋を時間をかけて撮り続ける理由なんてないだろう。おまけにその盗撮写真を本人がネットで見つける確率なんてゼロに等しい。
もしかしたら前回の裏口と今回のガラス戸の写真はそういう趣向の写真なのかもしれない。見ている人が誰かを覗く写真ではなく、見ている人に誰かに覗かれていると想わせる写真。そうだとしたら撮影者はかなりの変わり者だ。
ひとしきり空想に浸った俺はあることを思い立ちキッチンへと向かった。
数日後の休日の午後。風景のサイトを開いた俺は固まった。
ガラス戸の写真はいままで通り少しずつカーテンが開かれていた。しかし、それ以外に変化が起きていた。物干し竿にてるてる坊主がぶら下がっていたのだ。
俺が写真を拡大するとてるてる坊主の顔面が表示された。そこには人の顔ではなく渦巻きが書き込まれていた。
俺は椅子から立ち上がりガラス戸を引きベランダへ乗り出した。物干し竿にはてるてる坊主が吊るされており、その顔には渦巻き模様が描かれている。先日俺が作って吊るしたものだ。
何処からだ?
何故だとか馬鹿なではなく何処から撮った、と初めに思った。
外を睨みつけパソコンモニタを確認してから部屋を飛び出した。
アパート正面の小さな道路に躍り出ると、あの写真のように俺の部屋を遠くからやや見下ろすような角度で覗ける場所をキョロキョロと探った。何処からだ何処からだと見渡すと何かと目が合ったかのように視線がピタリと止まる。そこには電柱が立っており、よじ登ればあの写真と同じ角度で俺の部屋を覗き込める。
部屋に戻ると慌ててカーテンを閉じる。椅子に掛けてどうしようどうしようと頭を掻きむしる。
普通はあり得ない。だけど、あのサイトの撮影者ならやりかねない。警察へ連絡すべきだろうか。取り合ってもらえるのか。それならベランダにカメラでも設置すべきか。ぐるぐると思考と困惑の渦に沈みかけたその時、部屋に風が吹き抜けて何かが頬をかすめた。
それがカーテンであると気付くと同時、ベランダに飛び出して電柱を睨みつけた。
そこには何もなかった。
肩から力が抜け俺は部屋に戻り椅子に沈み込んだ。
馬鹿馬鹿しい。ただの偶然だ。もし本当に盗撮されているのだとしても警察に相談すれば身の危険はないはずだ。
そう結論づけた俺は人騒がせなサイトを閉じようとパソコン画面に目をやった。
そこには新しい写真が表示されていた。いままでと同じガラス戸の写真。しかし、カーテンは開かれてそこから男が姿を覗かせていた。
背筋が凍る。それは俺だった。着ている服は同じだし、なにより俺と同じ顔だ。
嘘だ。いつ撮った? 誰も居なかったのに?
風が吹き抜けてカーテンが揺れた。一拍置いて総毛立った。
居る。すぐ隣に、居る。
身動きの取れない俺の眼前でサイトが独りでに更新のアイコンを表示した。
やめろ、やめてくれ。声にならない嗚咽が漏れる。
くるくると更新のアイコンが回転して、やがて消えた。
風景のサイトが更新されたことを知らせるポップアップが現れた。
すると――
風景のサイト 世楽 八九郎 @selark896
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