生命活動、異常なし。

小日向 悠

第1話 きっとそう、これは魔法。

この世界を食べ物に例えるなら、バナナとはんぺんを一緒にして味噌を塗ったような感じ。つまるところ、やばいやつ。バナナは熟しすぎて腐りかけてるのでも可。

魔法至上主義、成績至上主義、金至上主義。頭が良くてお金があれば、いい学校にも、職場にも就ける。

「かぁーっ!腐ってんねぇ!」

右手に持った缶の中身を煽りながら近くにあった茎わかめを個包装から出してパクリ。なんでこんな細かいことするんだろう。別に袋に詰めちゃえば袋を作る手間もコストも減るのに、なんでやらないんだろう。ほら、環境保護が大事なんでしょ?お偉い人が簡単に言ってる、なんとかかんとか保護法とかあるじゃん。こういうところ詰めが甘いよねー。ちゃんと協力しないと。

見ていたクイズ番組が終わってさっきからCMが垂れ流しにしてあったテレビのコントローラーを持って番組を変える。

「あー、番組作ってる人もつまらんの作るなー。ヤラセとか要らないんだよなー」

クイズ番組に出てるかわいいアイドルの子が実は漢検三級です、って言っておいて間違えるのとか、ヤラセでしょ。三級なんか日常生活において普通に使う漢字ばっかり。それなのに、よく使うような漢字を間違えさせる番組監督も、そのアイドルの子が契約してるであろう会社も、やっぱり腐ってる。

かわいい子は頭が悪くてもあざとさで売れる。かっこいい子は頭が悪くてもビジュアルで売れる。

頭が悪いよりいい方が絶対にこの世界を生きてく上で大事なのになぁ。その事で批判されて、その子は傷付いて、会社は儲けて、視聴者は自分より馬鹿な人がいることに安心感を持って、軽蔑をする。最低最悪の儲け方で、悪循環。

まぁ、会社の方はかわいい子もかっこいい子も消耗品か何かだと思ってるだろうから誰も止めないだろうけど。自分だってそれが普通だ、なんて思って受け入れるだろうけど。

これは歴史の授業でやったから知ってるだけだけど、昔から人は人を差別したり、除け者にするのが大好き。そうじゃなかったら村八分なんて言葉できない。

あーやだやだ。つまらんつまらん。バナナはんぺん味噌の世界とか、存在してる意味ある?

とりあえず知らない音楽番組でもつけておいて流しとくか。

『それでは次の方です』

『魔法はダメで、頭も悪い。それでも世界が私のすきぴ!みんなのアイドル、なゆぴょんですっ!』

「ゲフッ」

ずっと右手に持ってぬるくなった缶のコーラを飲んで、吹き出す。あっ、待って。変なとこ入った!鼻の奥がツーンってする!痛い痛い!

くるりと一回転して、ふわふわのピンクの衣装を揺らす姿がまさにアイドルって感じの女の子が、テレビの画面いっぱいに出てくる。ビジュはいい。でも挨拶の破壊力が凄まじい。さっきの自分の考えを全部肯定していくような挨拶。鼻の奥が痛いけど、この子の方が今は気になる。やっぱ鼻の方も痛い。

『あらためまして、なゆぴょんこと、なゆなでぇーす!今日は新しい曲ができたので歌いに来ました!』

歌いに来ました!?オファーとかってそんな感じで決めるものだったっけ?それとも深夜二時のマイナーな音楽番組だから?それともやっぱりこの子の頭が弱いだけ?

『では聞いてください!ハレルヤ』

チープで薄っぺらい音楽に合わせて踊っているかわいい子もとい、なゆぴょん。

『神様どうして、こっちを見てよ!やっぱり神様いないです』

「んん!?」

ハレルヤの意味知ってる?神を褒めよ、讃えよ、みたいな感じだよ?神様が曲の初めっから居ないんだけど?え?

『あなたの心に狙い撃ち!あなたの神様はわ・た・し!』

指で銃の形を作って撃った振り。

「あ」

キタ。これはやばいやつ。この子好き。今この瞬間、かわいい子から推しに昇格した。よくある衣装も、薄っぺらい音楽も、無駄にいいビジュアルも、愛しくて愛しくて仕方がない。一目惚れ、とは言い難いような気がするけど、何かよく分からないものに心を奪われた。尊い。好き。さっき考えてたなんらかの至上主義だとか、なんとかかんとか保護法とか、もうありえないくらいどうでもいい。この子が幸せでいられる世界を作らなければ。これはこの子を推しにしたオタクの義務。いやこの子のいる世界で生きている人全員の義務。

『ありがとうございましたー!』

手を振って帰っていくなゆぴょん。その手の角度いいね。最高に好き。人差し指と中指くっついてるのかわいい。好き。

深夜二時のテンションと相まって、テンション爆上がり。その子、いやなゆぴょんを調べないと。スマホっていう便利なアイテムでなゆなを検索。

ふむふむ、なゆなは今年の二月にアイドルになった新人で、出た番組は今回の音楽番組が初めて。今は三月の終わりだから、やっぱりあんまり売れてない。ピリナというアプリを開く。とにかく早く新しいアカウントを作ってなゆぴょんをフォローしないと。一刻も早くフォローしないと。余ってたメールのアカウントをピリナの新垢にして、なゆぴょんをフォロー。フォロワー二百五十六人目。なゆぴょんがフォローしてるのは割と大手の会社ひとつだけ。そこがなゆぴょんの契約会社なのか。

「なゆぴょーん……好きぃ……」

深夜三時にさしかかろうとしている中、新しい推しからピリナの通知。

【みんなー!見てくれた?なゆの初めての地上波登場!いつもはライブハウスとかだけど、今回はテレビ!これからもなゆ頑張るから、よろしくねー!】

「なゆぴょぉぉぉぉん!」

「うるさい!」

「あ、ごめん」

弟くんがうるさいと文句を壁越しに言ってきたので、流石に静かにしようと思う。自重しよう。

「返信返信ーっと」

【初めまして!今日の番組をみて好きになりました!推しにさせてください!これからも頑張ってください!大好きです!おやすみなさい!】

推しへの返信とか文章拙すぎて後で見るとやばいけど、とりあえず今はいいとしよう。なゆぴょんかわいすぎ。

ブーッ……ブーッ

スマホがまたもピリナの通知を届ける。さっきの返信に星がついた。そして……。

【ありがとー!なゆ頑張る!】

「ふぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお」

半分空気の気持ち悪い声が出た。やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。

推しから返信きた。もしかして命日?まじで?嘘やろ?突然出てきた関西弁に私びっくり。状況を把握できない。よし、一旦落ち着こう。つまり、ピリナの推しのメッセージに返信したらそれに返信がきた。え?どういうこと?理解できないんだけど。無理無理無理無理。理解した瞬間、多分脳みそ吹き飛ぶ。

「ぱぁぁはぁぁぁんあひふへへひょびょぉぉんまぁんぬ……」

脳みそ吹き飛んだ。

狂ったオタクの母国語を発しちゃう病はまじ許して。推しが尊すぎるのが悪い。かわいいが正義の世界で本当に良かった。

とりあえず星を押して、布団にくるまる。

暴れすぎて疲れた……。朝起きてまたピリナを見よう。なゆぴょんが本当に存在してるか不安になってきた。でも今日は学校だから寝よう。少しでも寝よう。

あぁ、今日はなんていい日なんだろう。これで学校も頑張れる。


きっとそう、魔法にかかったんだ。

これはきっと、なゆぴょんを応援しないと爆発しちゃう魔法。

永遠に解けない魔法。

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生命活動、異常なし。 小日向 悠 @kohiyuu

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