99、近城悠久のバトン
「これより、壮大な職員会議を始めさせていただきます」
職員会議のリーダーであり、議長の近城悠久の凛とした声が学園長室に響き渡る。
その声を耳にキャッチさせたのは、このギフトアカデミーでは教頭の肩書きを持つ1人の女性である。
「なにが壮大な職員会議ですか?参加者2人じゃないですか?」
「それは言わない約束でしょ、香奈ちゃん!」
「教頭です。学園では名前を呼ばないでください」
教師陣では近城悠久の右腕の存在となる教頭である真白香奈が白けた顔を見せる。
普段は悠久の激務な仕事の大半を押し付けられていて各地を飛び回っているキャリアウーマンな教頭は悠久に振り回されているのはもう既に慣れているのである。
学年は悠久の1つ下の後輩にあたるが、年齢は同じ。
教頭がほとんど学園を空けていることと、若く見られたいという悠久の見栄から普段は教師陣で1番若いを自称する悠久の縁の下の力持ちな存在である。
凄く冷めた顔をした教頭は、髪をくるくると弄りながら悠久の作成した資料を黙々と目を通していた。
「次期生徒会長候補を何人かピックアップしたわ。今からドンドン候補を絞っていきますわよ」
「毎年悠久先輩の好きにして良いって言ってるのに……」
「学園長先生です。学園では名前呼びしないで」
「私はそんなに生徒との交流がないので参考にならないですよ」
「わたくしだって生徒との交流なんかないわよ」
「なんで悠久先輩が学園長を任されているのか毎日疑問しかないですが……」
「学園長先生」
真白香奈はパラパラと気になる生徒の資料を読み返す。
印象と資料の差が少なく自分の気になる生徒の名前を挙げる。
「私は片瀬茉麻を推薦します」
「筆頭の風紀委員。成績も学年10位をキープし続けるエリート生徒ですね。香奈ちゃん、好きそー……」
「教頭です。悠久先輩は叩き上げの努力家みたいな人が好きですが、私はわかりやすいエリートが好きなので」
「学園長ね。香奈ちゃんは叩き上げの癖に……」
「教頭です」
因みに悠久はエリートである。
お互い自分の肩書きとは真逆の人物の方が好印象を持っている。
「片瀬さん。悪くはないんだけど、無難よね……」
「出た、悠久先輩のエリート無難説。まぁでも宮村永遠とか佐々木絵美、津軽円と良い生徒もいるじゃないですか。片瀬茉麻みたいに委員会をこなした実績はありませんがふさわしい生徒も多いですね。悠久先輩は誰を生徒会長に推薦しているのですか?宮村永遠?」
「こいつ」
「…………は?」
真白香奈があえて論外と読み飛ばした男子生徒の資料を見せ付けてきて、一瞬理解が追い付かなくて動きが止まる。
「正気ですか悠久先輩?この生徒、決闘を2度も行い悪目立ちしている明智じゃないですか。成績以外は論外ですねー。品もなければ野蛮。あー、悠久先輩はこういう男好みですもんねー」
「なんですかわたくし好みの男って!?」
「学園の噂に肩書きと本当に遠野達裄みたいなバカ男オーラがする。見た目とか悪そうな顔して、ますますそっくり」
「た、達裄さんは関係ありません!よく親友の兄をそんなに貶せますね……」
「遠野先輩公認毒舌後輩キャラなんで」
「猫被りが抜けてるわよ……」
お互い学園内では公私混同をしないように学園長、教頭と区分を付けているがまったく直らない似た者同士である。
いや、既に直す気すらないのかもしれない。
それくらいにはお互いが勝手知ったる仲である。
「どんだけ達裄さん嫌いなんですか……」
「嫌いじゃないですよ。プライベートでたまに一緒にメイド喫茶行く仲ですし。昔私があいつに唾吐きかけたらその唾舐めやがったんですよ」
「そもそも唾を吐きかけるシチュエーションがわかんない……。えっ?待って!」
「なんすか?」
「じゃあ達裄さんの体内に香奈ちゃんの唾液が混ざってるってことっ!?なにその羨ましい状況!?」
悠久が鼻息荒くして声を高くする。
香奈が「えぇ……」と声を漏らす。
「普通、あいつのサディストっぷりにドン引きしません?」
「達裄さん、全盛期は最高の破天荒っぷりだわ」
「終わってんな……」
「そもそも生徒会長決める話に達裄さん関係なくない?なんで達裄さんの名前出した?」
「膨らませたのは悠久先輩ですよ」
お互いに生徒会長候補の資料に目を通す。
悠久が明智秀頼を、香奈が片瀬茉麻を推薦したことを思い出す。
「嫌でも噂は聞きますよ。アイリとの決闘で勝ったんですよね。野蛮だなぁ、野蛮野蛮野蛮」
「人に唾吐きかける人が野蛮を連呼すんなよ」
「まぁ、どっちかが生徒会長でどっちかが副会長かなー。てか明智と片瀬って合うのか?」
「合わなそう……。秀頼はよく風紀委員の持ち物検査でちょろまかしてるから」
「あんたわかってるなら注意しろよ」
「その持ち物検査に引っかかるような物を持たせているのわたくしだったりするし……」
「何してるんですか……」
「テヘペロ」
「痛い痛い」
「はぁ……」と悠久のやりたい放題っぷりに香奈は肩を落とす。
このやりたい放題の裏では、様々なストレスと戦っていることがわかっているだけに彼女もそこを強く責めることは出来ない。
「香奈ちゃーん」
「教頭です」
「わたくしの身になんかあったらこの学園のこと任せたわよー」
「なにもありません。だからそんな心配しないでください。……瀧口やギフト狩りのことを追放すれば良いだけでしょ?」
悠久の少し真面目な声のトーンを鼻で笑いながら、リアリストに意見を放つ。
しかし、それを彼女は許さない。
「いやいや。彼らを野放しに出来ないでしょ。学園の外に彼らの秩序を開放した方が更に混乱を招くよ」
「このままじゃ防戦一方です。あなた、命狙われている自覚ありますか?……あなたが死んだら学園もギフト所持者も終わります!」
「終わらないよ。誰かが勝手に世界を回すよ。だからわたくしは信頼のある人にバトンを渡すの。教師には香奈ちゃんに、親友には達裄さんに。家族では絵鈴に。生徒では……」
彼女の頭に浮かんだ生徒にこそ、生徒会長を任せたい人物。
そのバトンを紡ぐのは……。
「それに学園には瀧口先生よりもヤバいなにかとてつもない力を持った生徒が姿を潜めている。それに来年入学してくる生徒に1人地雷を抱え込んだ生徒もいるみたいだし」
「な、なんですかそれ!?そういうのがわかっているなら誰かに打ち明けてください!私でも良いですから!」
「打ち明けるとそれはそれであなたに重荷を背負わせることになるでしょ。だからまぁ、そういうのはきっちりわたくしが精算させないと……」
「悠久先輩……」
「そこまでわたくしの命はあるかねー……」
悠久の抱えるバトンはとてつもなく重たい。
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