96、ジョーカー
マジシャン、そう聞くと当時はやたらワクワクするものである。
カタカナの単語というのが、幼い時にみんながドラゴンの裁縫道具に憧れた密かな厨二病がくすぐるのである。
なんなら意味もなくカタカナというだけで大正デモクラシーという単語の響きですらワクワクする。
「ジョーカー?変な名前……」
「変じゃねぇ!お姉さんペンネームバカにすんな!」
「ペンネームなの……?」
名前は名乗らず自らをジョーカーと名乗った女性はお姉さん風を装いながら「そうだよ」とふふっと笑う。
──そうだった。
これが手品との出会いだったか……。
俺はなんで今まで彼女との出会いを忘れていたのか……。
「さぁ、可愛い坊や。君にどんなマジックでも見せてあげよう。あへっ、お姉さんに言ってごらん?」
「なんでも良いの!?」
「うん。なんでも」
「シルクハットから鳩出して!なんかスティックで叩くと飛び出すやつ!」
「あー、あれなー……」
マジシャン=鳩なイメージを口に出して、ワクワクと豊臣少年は胸に期待を膨らます。
「あれなー。あれなー……。あひっ……、あれはなー……」
「どうしたの?」
しかし歯切れの悪いジョーカーはちょっとだけ目を泳がせる。
ん?、と思いパチパチと数回まばたきをして彼女を見つめる。
「お姉さんは動物アレルギーなの。だから鳩はちょっと……」
「んだよ、マジシャン名乗るなよ」
「言葉キツイな君!?アレルギー!アレルギーなの!お姉さんアレルギー!」
「それじゃあお姉さんがアレルギーの原因だよ」
なにかの医療番組でそばアレルギーの再現ドラマを見たことあったので、なんとなくそのアレルギーで死にかけた話を思い出す。
しかし、単にジョーカーはアレルギーではなく動物を用意してないか動物嫌いかのどちらかにしか見えなかった。
「お姉さん、鳩以外なら出来るよ。なんなら耳が大きくなるし!」
「じゃああれやってよ!鍵で施錠された宙に浮いた箱に爆弾仕掛けられて大脱出するやつ!爆発と同時に違う箱から登場できるんでしょ!?」
「爆弾……。ずいぶん過激だね」
「テレビでやってた!」
「………………そう」
ジョーカーがすぅと息を吐く。
「よし」と何かを決意した目に変化していく。
「リクエストにお応えして、お姉さんがトランプマジックを披露しちゃうぞ☆」
「リクエストしてない!」
「カードマジックはねー、凄く奥が深いの☆」
「星マークを付けるほどきゃぴきゃぴしなくていいよ……」
ジョーカーがそう言いながら先ほどまでずっと持っていたトランプを見せびらかす。
「それはお姉さんがおばさんに見えてキツイってことかなー、ボーイキッズ?」
「ちがっ、違いますよ!お姉さんのぶりっ子が可愛いなって……」
「バカにしてんな」
「お姉さん悲しいよ……、あへへ……」なんて言いながら前髪を弄りだす。
それから話題をすり替えるように新しい提案をする
「ここはただの道だからやりづらいね。坊や、この辺にどこか良い場所はないかい?」
「すぐ近くにベンチが置いてあるバス停ならあるよ」
「おー、なるほど。ならベンチ行こうか。坊やの初デートのエスコート場所はバス停ということだ」
「はつはつはつ……でぇと……」
「ははははは!うぶだねぇ!小学生にデートなんて単語は刺激が強かったか」
「ごめんね、お姉さん旅人だからこの辺の道知らないんだ」と言いながら俺から案内されていく。
3分ほどで目的地に着くと、誰も座っていないベンチにジョーカーが座り込む。
「いいねぇ!使う気のないバス停にベンチだけ借りる。乙ってもんだねー」
「お姉さんって立ち読みとかトイレ借りるだけでなにも買わないでコンビニ出れる人?」
「ははは!お姉さんはトイレに行かないよ!」
「あ、そうすか……」
「バス停に人いねーじゃん!めっちゃ田舎じゃん!」
話を反らされて、やっているんだなと子供ながらに察してしまった。
「それじゃあ、お姉さんがトランプマジックを坊やに見せてあげよう!ちゃららららー」
「だっせ」
「とぅるるるるー」
「効果音がださいんじゃなくて、口で効果音出してるのがださいんですよ」
「このトランプにはなんのタネも仕掛けもありません。確認してください」
「タネも仕掛けもあるパターンのやつ!」
そう言われトランプを渡されるも確かになんの変哲もないトランプに見えた。
スペード、クラブ、ダイヤ、ハートの1~Kとジョーカーがランダムに並び確認が取れた。
そのまま無意味にシャッフルをしてお姉さんに束を渡す。
「それじゃあ、行きますよ。テッテッテー」
「ドッキリ成功音を手品前に出さないでくださいよ」
「トランプを瞬間移動させます」
「ねぇ!?俺の声聞こえてますか!?俺と会話してますか!?」
俺がツッコミをしていると、ドサァとトランプの束がベンチに落ちていく。
「あっちゃあ!お姉さん、瞬間移動失敗しちゃった!テヘッ」と苦笑いをしていた。
お姉さんがベンチのトランプを片付けはじめたので、俺は「あーあ……」と言いながら地面に落ちた5枚ほどのトランプを拾っていく。
「ありがとー」と言いながらお姉さんはトランプをシャッフルしていく。
──因みにわざとカードをぶちまけるのはマジックではお馴染みの手法なのだが、子供の時の俺は本気で彼女が下手なだけだと思っていた。
「じゃあ、好きなカードを1枚引いてみて?」
「瞬間移動関係ないじゃん」
「あれは失敗しちゃったからね。さぁ、1枚引いて絵柄を見ないで裏のままにして」
お姉さんが裏向けにして差し出したトランプの束から俺は真ん中の左寄りにあるカードを引く。
そのまま絵柄を見ないで、トランプの絵柄を下にして俺もお姉さんも見えない形となる。
「君の好きな絵柄は?」
「え?…………ダイヤの5、かな?」
「じゃあ開いてみて」
「…………」
ごくりと唾を飲みながら絵柄を上にしていくと、そのトランプにはダイヤの5が描かれている。
「すごっ」と言いながら、なんで当てられたのか、隣のカードを引けば間違いになっていたのにとはじめてのマジックを披露されて色々と考え込んでいた。
「てじなーにゃ」
「あ、それパクり!」
「あはははは!その通り!手品のトリックもお姉さんが考えたわけじゃない、全部誰かが見付けた手腕をパクっただけなんだよ!そう、マジシャンは嘘付きなんだ」
お姉さんはおかしいとばかりに腹を抱えて笑い出す。
「ひぃぃ」となにかツボに入ったみたいだった。
「坊やがダイヤの5を選択したのは果たして偶然だったのかな?それって誰かに選ばされただけだったんじゃないかな?」
「え?」
「人はね、選択肢を選んでいると思い込んでいるだけで本当は選択肢に選ばされているのさ。あへっ、選択って重いだろ?」
「え?……、は?」
「君にはまだ難しかったかな?大人になった時や、別の世界に行ったらお姉さんのことが理解出来るかもね」
ふふふ……。
お姉さんが含み笑いをしながら俺に囁いた。
『こらこら、坊や』
そう呟くと何かを咎める声を出す。
『恥ずかしいじゃないか、お姉さんとのやり取りを今更思い出すなんて。君の相手は彼女2人だろ?デート中にお姉さんのことを考えるなんてナンセンスじゃないか』
「っ!?」
突然記憶がシャットアウトして、ハッとする。
彼女が拒むように、俺の意識は引き戻される。
「どうしたの秀頼君?」
「え?あぁ、なんでもない……」
「ひぃ君、変なの」
少し心配した絵美と驚いた詠美の顔が視界に広がる。
あれはなんだったのか……?
どうしてかあれ以上、ジョーカーを名乗ったお姉さんのことはさっぱりと思い出せなかった……。
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