95、佐々木絵美の何気ない問い

「んで、この流れで佐木家に行くのかよ……」


茂が元気がないという詠美の主張から、佐木家への同行を強制参加させられた。

彼女のいとこである絵美も一緒に隣に並び、茂に顔を見せることになっていた。


「茂と絵美って仲が良いの?」

「普通ですよ。あれれ?ヤキモチですか?ヤキモチですか秀頼きゅん!」

「ヤキモチだよ」

「やだー!もう!見た、見たっ!?詠美ちゃん!?」


絵美がポカポカと嬉しそうに俺の背中を叩いてくる。

全然力がない叩きで安心するが、もし彼女が今ギフトを使っていたら俺の身体はこの時点でボコボコになって死んでいたと思うと少しヒヤヒヤする。


「うぜぇ!私の彼氏使って遊ぶな!」

「わたしの彼氏ですよ」

「どっちも彼女だから喧嘩しないで!?」

「普通ならむしろ喧嘩じゃ済まないよ……?」

「戦争が起きるっての」

「面目ない……」


似た顔に責められ言い返せない。

この絵美と詠美の顔に責められるとどうも誰よりも逆らえない気分にさせられる。


『惚れた弱みってやつだな。よえー、よえー』


中の人はケラケラとからかって傍観している。

どういう気分で他人事をしていられるのかお前のことがさっぱりわからねぇよ……。


「そんなに茂君悩んでるの?」

「悩んでるというか、元気がないというか……」

「秀頼君がマジックショーをして佐木家を盛り上げたら良いんじゃない?会場大盛り上がりだよっ!」

「どんだけ盛大なマジックショーをイメージしてんだよ!?脱出ショーみたいなのはやらないからな!?テーブルマジックしかしたことないんだから!」

「秀頼君の脱出ショーとか見てみたいね!炎が燃え盛る箱から見事大脱出!」

「まぁ、やろうと思えば出来なくはないか……。よし、今日試しに茂の前でやってみるか」

「私の家燃えるから!ないない、変なマジックやめて!」

「冗談だよ……」


トリックだけは頭に入っているが、それだけである。

危険過ぎてやるもんじゃない。


「秀頼君のマジック好きだから見たい見たい!」

「ひぃ君のマジック見たいからマジックの話題出したんかい!露骨女ぁ!茂がそんなんで元気出るかぁ!」

「人の手品をそんなん扱いしてんじゃねぇよ」

「でも茂君、感性は詠美ちゃんよりわたし寄りですよ。絶対茂君、秀頼君が手品したら嬉しいですよ!」

「めちゃくちゃイメージ出来るなぁ……」

「結局俺は手品するの?しないの?」


普段持ち歩いている小道具しかないので、自宅に帰らない限りレパートリーの少ないマジックしか披露出来ないのだ。

基本、マジックとは意識を逸らすテクニックや小道具の工作力がほとんどである。

小道具がないと大それたものは披露出来ない。


「簡単なで良いよ。トランプみたいなで」

「トランプの手品が1番奥が深いんだよ。例えば相手を誘導させる」

「わかった!わかったよ!なんで手品の話題になるとちょっと熱くなるの!?」

「秀頼君には手品とスタチャとギャルゲーと腋と足とマゾの話題になると止まりませんから」

「何その偏見に満ちた6選!?」


この中では剣道や無人島の方が熱く語れるが、そもそもそういった話題を出すことがないという話……。


「ところで秀頼君?」

「なに?」

「秀頼君はいつから手品を覚えたのですか?手品を覚えたきっかけってなんですか?」

「あ?そんなのお前……」


前世まで記憶を遡らせる。

剣道を辞めて、来栖さん相手に手品にはまっていることを伝えて……。


「…………?」


アレ……?

俺は確か剣道をしている時には手品も覚えてたんだっけ……?

剣道が出来なくなって暇になって手品にはまって腕を磨いていた。

あの高校時代は別に0から1を覚えたわけではなく、既にある程度手品が出来るようになっていたのだ。


…………俺はなにがきっかけで手品を始めたんだ?


自分のルーツがすっぽりと抜け落ちるような感覚。

今まで、手品の原点がすっかり風化していた。


確か手品は本から学んだわけではなく、誰かから教わったのだ。

誰かの技術に見とれて、憧れたのだ。


俺は誰に憧れていた?

なんでそんな大事なこと、俺は忘れていたのか……?


「子供の時だったから忘れちゃったよ……」

「そんな物心付く前にはやってたってこと?」

「んー……、多分」


俺の手品を始めた動機について記憶の糸を手繰り寄せていく。

両親ではない。

テレビのマジックショーにはガキの頃からキラキラした目で憧れた記憶があるが、それだけじゃなかったはずだ。


俺には確かにその技術の初歩を教えてくれた人が……。






─────





「やあやあ。見てらっしゃい、寄ってらっしゃい!そこの少年ちょっと良いかい?」

「……あ?俺?」


小学生時代、クラスメートとサッカーの約束をして目的地の公園に向かう途中だった。

歩道で突然変な人に呼び止められた。


「うん」

「なんで?」


学校では口酸っぱく不審者には気を付けろと教えられている。

俺にはこの人が不審者なんだなぁと初対面で思った感想だった。


「神様からそんなお告げが聞こえたんだよ。『あへっ、君を呼び止めろ』ってね」

「うわっ」

「引くな引くな。気を惹かせるトークだよ。お姉さんジョークだよ」


そのお姉さんはそんなこと言いながら飄々とした態度で俺に目を向けている。


「気を惹かせるぅ?あんたまさか……!」

「別に君のことが好きになったわけじゃないよ。自惚れ君」

「っ……」

「もっと鈍感になろうよ、君。そんなナルシストだとこれから先、恥ずかしい思いしちゃうよ?」

「ど、鈍感になります……」

「よろしい……」


小学生なんて生き物はすぐに惚れた腫れたに持っていく。

俺も例外ではなかった。

おそらく20歳前後のロングヘアーな女性はおもむろにトランプを見せ付けてくる。


「お姉さんのことは伏線のように現れたけどよくわからない正体のまま連載が終わる、特段伏線でもなんでもなかった存在だと思ってくれれば良いよ」

「え?」

「つまりお姉さんは風に流されてきたただの旅人だよ」

「へー」


そう言ってジョーカーのカードを俺の視界に入れてくる。


「お姉さんは将来売れるマジシャン・ジョーカーだよ」

「現実見ろよ」

「ぐっ……、厳しいキッズだ」


つまるところ売れないマジシャンらしい。

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