92、スターチャイルドの案件
ほぼほぼ江波明日香の対応に困ってしまい1回ぶんの授業に限り彼女が好きにさせる時間を作る。
どこで時間を潰そうか考えた時、学園長室でも行こうかと悩んだが流石に悠久先生にここずっと迷惑をかけっぱなしなので遠慮することにした。
彼女なら瀧口先生のような授業に出ていないことに咎める教師の防波堤になってくれるだろうが、頼り過ぎるのもそれはそれで貸しを作ってしまいそうで足が遠退く。
そうなると自然と部室へ行こうという方へ天秤が傾いていく。
概念さんも流石に授業に出ているであろう。
休憩時間は80パーセント以上の確率で大体部室をプライベート空間にしているが授業中は真面目に授業を受けている。
「ほら、好きに飲み物選べ」
自販機の前で財布から取り出したお金を入れてランプを光らせる。
「えー?良いんですかぁ?」とわざとらしくあざといぶりっ子演技の彼女が遠慮する素振りを見せつつすぐに手を伸ばしていた。
500ミリリットルのペットボトルに入ったスポーツドリンクのボタンを押していて、お釣りの落ちる音はまったくしなかった。
ちゃっかりしてると思いつつ、俺は天使ちゃんの大好物であるオレンジジュースの缶のボタンを押していた。
「ありがとうございます!」
「そういうの良いよ」
とは言いつつ、お礼なしだとなんやかんやイラッとしていたと思う。
人とはワガママであり、不可解な生き物である。
「男性に貢がれるのも久し振り……。嬉しい……」
「反省してるっ!?」
「し、してますよっ!ただ、ちやほやされると嬉しくなる症候群なだけです!」
「難儀な……」
ペットボトルを腋に挟みながら、ペチペチと罰を与えるように自分の頬を3回叩く。
自分でも今のは余計な一言だと気付いたらしい。
ジュースをお互い入手すると、そのまま部室へと連れていく。
「はーっ、こんなところに教室あるんすね……」と彼女は知らなかったようで感心したような声を出す。
あ、やべっ……。
今後、部室にたむろされたら嫌だな……。
これからでも学園長室に変更するか……?
「失礼しまーす!」
そんな考えも虚しく彼女はもうここで会話する気満々のようだ。
「休み時間とかここ来るなよ?コワァァァァァい先輩が陣取っているから」
「コワァァァァァい先輩?」
「概念さんというこの学園の裏の支配者だ……」
「えー?なにそれっ!?概念さんに会いたい!休み時間来て良いっ!?」
「だからやめとけっての!」
部員以外にはかなりの塩対応の神様である。
関わるべきじゃないのだが伝わっているのかな……?
「江波は自由だなぁ……」
「なんすか自由って?あと、いきなり呼び捨てになりましたね」
「嫌か?」
「別に……。ただ、同年代の男の人に呼び捨てにされるのが地味に新鮮で……」
「そう」
確かに『江波さん』とか『明日香ちゃん』みたいにちやほやされていそうなイメージはある。
「どうせなら名字じゃなくて『明日香』って呼んでくれません?」
「なんで?」
「そっちの方が仲良しみたいじゃないですか!名前の方が友達としての距離が近そうだし!」
「んー……。明日香?」
「はい!」
「文字数一緒だし別にいっか……」
「名字より名前が長かったら拒否されてたんですか!?」
『えなみ』も『あすか』も同じ3文字なので手間は変わらない。
別に1文字2文字長いか短いかでそっち呼ぶとか決まりはないが、明日香にはなんかこの辺りを弄りたくなった。
「わざわざ授業サボって俺に付いて来ても何も楽しいもんでもないだろうに……」
「えー?アタシは楽しいっすよ!こうやって素の明智センパァイと絡めて居場所が出来たみたいで。初対面の時のセンパァイは顔だけ良い魅力ない人だったけど、……今日は凄く楽しい。明智センパァイみたいな無理にちやほやしない男の人も良いなって思っちゃったり……」
「あー!俺のスマホがストローに刺さって貫通しちゃった!?」
「話聞いてるんですか!?って、本当だっ!?」
スマホにストローが貫通して「あー、やべぇ!」とか大袈裟に騒いでみる。
「抜いたらどうですか!?」と慌てた明日香からの言葉に従うようにそのストローを抜いてみた。
「でも残念。スマホは無傷でした」
「あれっ!?穴は!?えっ!?なんで!?ストロー貫通してたのにっ!?」
「てじなーにゃ」
「えっ!?手品なのこれっ!焦ったー……。センパァイすげぇ!」
難易度1の磁石を使った簡単な手品に慌てたり、喜んだりする姿になんかほっこりする。
暇だったのでアドリブで手品を披露してみたが、久し振りにすると腕が落ちたと実感する。
それを観客に悟られなければ成功ではある。
「もっかいもっかい!」
「俺、同じ人に同じ手品は披露しない主義なんだよ。なんか機会があれば違うの見せるよ」
「プロのマジシャンっぽい!センパァイ、凄い!」
「そう……」
やろうと思えば10分で出来る手品でそこまで盛り上がれてしまう純粋さが可愛く感じた。
初めて彼女の本当の笑いが見れた気がする。
「マジシャンセンパァイがこの学校にいたってインスタに書き込も。センパァイ写って」
「絶対やだよ。俺、SNSに顔晒したくないんだよ」
なんのためにサーヤの撮影で俺がモザイク処理されてると思ってんだよ。
「けちぃ!」と明日香が文句を垂れるが、涼しい顔で受け流した。
色々と価値観の合わない人物である。
明日香と気が合うことなんて多分無いんだろうな……。
「じゃあインスタあげないで見るだけにしよっ。はぁぁぁ、猫のクッション可愛い」
「そのまま次のチャイムまで暇潰しててくれ。俺もインスタ見てるよ……」
俺も時間潰しのインスタを開くと、ちょうど昼休み時間に投稿されたスタチャのアカウントが視界に入る。
学園生活を送りつつ、こうしてアリバイのためのスタチャ投稿を欠かさない完璧なアイドルシスターである。
「猫のクッション最高じゃん!茶色と白なら茶色だなー」
「それな!アタシも茶色派!これ案件かな?」
「まだ発売されてないっぽいよな…………ん?」
「ん?明智センパァイ、誰のインスタ見てますか?」
お互いに顔が向き、スマホの画面が目に入る。
まったく同じ投稿、まったく同じ画面。
明日香もまたスタチャフォロワーであった……。
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