88、ジローっとした視線
安いノートパソコンを開きながら、カタカタとキーボードを叩いていく。
これは将来、オレっちがゲームライターとして世に出すギャルゲーの物語をタイピングしていく作業である。
とはいってもストックばかりが溜まり、大抵は世間に披露することもなく自分のパソコンの容量を喰らうだけのデータの塊になることがしばしばである。
「ついにオレっちもギャルゲーのライターからラノベ作家に転生する時期がきたのかね……」
前世であるあるだったことを思い出す。
売れるかもわからないギャルゲーに注力するよりも、ラノベの方がリスクが低く大量生産出来ることから数々のライターがラノベに参入していく事実を思い出す。
オレっちはフラフラしている内にギャルゲーのライターから抜け出せずそのままくたばった過去がある。
「まぁなぁ……。オレっちは別にゲームのプログラム組めるわけもねーし、絵師や作曲家を雇う金もツテもない。かといっていかにもフリーゲームみたいなクオリティの低いものも出したくない。そうなると、ラノベ作家の方がコスパ最高なんだよな……」
今作っている新作の世界観の根底となるプロットのデータをざっと読み通す。
既にキャラクターの絵のイメージ、声、専用BGMなど頭に浮かんでいる。
しかし、ラノベ作家は最悪それがなくても成立してしまう。
キャラクターに対する愛がない気がして、酷く気持ち悪い……。
「うまくいかねぇもんだなー」
自分のプロットがチラッと視界に映る。
『世界には煩悩の数、108の神が存在する。オリジナルの世界には『原初』を司る神が存在し、そこを中心に様々な世界が派生して存在する』
自分の創造する世界観が記載されている。
クズゲスであれば『概念』を司る神が存在する。
自然と世界観が同じ『灰になる君へ』の世界にも『概念』を司る神が存在すると思うとそれはそれで面白い……。
そういやメーカーの希望でオレっちがライターじゃない作品の浩太やサーヤとかそういうのもこの世界に存在するとか意味不明過ぎて笑いが込み上げてくる。
この神の物語を108つコンプリートするのがオレっちの使命なわけだが、残念ながらまだ20個ほどしか完成していないのが事実である。
まだまだ道のりは長い。
執筆だけして、公開することは無さそうな『幻想』を司る神にまつわる世界観の物語をノートパソコンに打ち込んでいく。
ジローっとした視線を感じながら……。
「おっす。珍しいね」
「あ……、おはよ」
突然現れた知人からの前触れのない登場に心臓を鷲掴みされるような強い衝撃が走るも、それを飲み込みわざと薄い反応を返す。
「あんまり驚かないね?」と知人はオレっちの反応に満足していなかったようだ。
大げさに反応するのもダサイので、あくまでクールに対応する。
「の……、津軽さんも珍しいね」
「まぁ、そっかもね。たまにはこういうところで優雅に過ごそうってね」
突然現れた知人、津軽和氏は甘そうなジュースに皿に盛られたケーキをトレイに乗せている。
1番安いコーヒーしか頼まなかった自分より、リッチである……。
因みに、ジローとした視線は津軽和氏ではなく先ほどの口が悪いバイトの店員さんからの虫を見るような目から発されていたものである。
既になんらかの罪でマークされているようだ……。
「…………」
「…………」
オレっちの斜め向かいに座った津軽和氏だが、そこそこ気まずい。
同じクラスで、同じ部活、姉の円氏とは親しい。
接点だけはあるが、そんなに絡まない微妙な相手である。
間に星子氏や茜氏が挟まれば会話こそするが、その橋渡し役がいなくなると絶妙に話すこともないクラスメート。
下手に顔を合わせる機会ばかり多いので、無下にしにくい。
そんな相手なのだ。
「綾瀬はノートパソコンで何してるん?」
「あ……。まぁ、いわゆる創作活動」
「創作活動?」
「ギャルゲー……。恋愛ゲームのシナリオを書き起こしてる」
「別に恋愛ゲームと言い直さなくても大丈夫だよ。ギャルゲーで通じるから」
「そう?」
「男主人公が可愛い女の子たちからモッテモテー、みたいな内容っしょ?」
「平たく言えば。なんでギャルゲーなんてわかるの?」
「秀頼先輩が暇さえあればずっとギャルゲーしてるんで。たまに姉者が借りたりするし」
「ギャルゲーの貸し借りしてんの!?」
「姉者は秀頼先輩に乙女ゲーム借りたりしてますけど」
「仲良しか!……、仲良しなのか……?」
更に言えばオレっちは女の子が泣いたり恐怖に歪むシナリオが好きだから、血なまぐさい殺人が出てきたりバトルが出てきたりとバラエティーに富んだものがあるが性癖がヤバいのでそこは公言しないでおく。
オレっちの崇拝な物語は常にどこかで犠牲者があっての、主人公のハッピーエンド主義なのである。
クズゲスで言うなら明智秀頼や佐々木絵美や深森美鈴らの犠牲があってこそ、十文字タケルやそのヒロインたちの幸せが輝くという持論がある。
まぁ、津軽和氏にそんなこと伝わらないだろうけど……。
「ギャルゲーのライターってことは選択肢による分岐も派生するの?」
「そういうのもあるよ。あれがとにかく面倒なんだよ」
大作のギャルゲーを作るとか言ってクズゲスでバッドエンドをたくさん作ると意気込み地獄を見たのも良い思い出である。
エンディングを50個以上なんて昔は熱があったが、最近は1つの物語で10個も選択肢を入れたくないとすら思うくらい選択肢による分岐を減少しつつある。
「ふーん。私と似てるね」
「なにが?」
「私はスマホでだけどラノベ書いてるから」
「ら、ラノベ……?」
「そそ。自分の世界観を表現しようと思ってね」
「ギャルゲーライターがラノベ作家と一括りにされるのは心外だが……。やれる側か?」
「やる側ですよ」
「くっふふふふ……」
「ふふふ……」
今、はじめて和氏と会話をした気がした。
オレっちの変態センサーが強く同族というアラームを鳴らしていた。
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