87、綾瀬翔子の休日
オレっちの前世は桜祭という名義で活動していたシナリオライターである。
人の思い描く空想や妄想は無限大であり、それは物理法則が存在しないぶんだけ現実よりも奇想天外な一面が強い。
奇想天外……、つまり自由なのである。
事実は小説より奇なり、なんて言葉があるがそれはその言葉を考えた持ち主が誰かは知らないがそいつの描く
オレっち、綾瀬翔子はもうそういう次元にはいないのだ。
なんならオレっちが作ったフィクションがこうして実際に存在する以上、それはもう小説は事実より奇なりを実現させたといっても良い。
常識・慣用句すらも上を行く。
自分の才能が恐ろしくてたまらない。
「ふふふーっ。次、オレっちがまた死んでも良いようにまた面白い世界をまた何個か作らないといけないな……。なんてな」
もしかしたら前世の世界すら、前前世の自分が描いた世界だったとすら思えてくる。
妄想、空想、偶像のインスピレーションが止まらない。
この昂る気持ちを一旦抑えながら勇ましく部屋を飛び出す決心をする。
家族からオタク部屋を禁止され、女の子らしい部屋にさせられた教育部屋では本当に居心地が悪い。
自分の部屋では朝顔も朝には咲かず、夜に咲きそうなくらい負の感情が渦巻いている。
こんなんじゃ良いアイデアも浮かばない。
親の手前、女の子してますというファッションのために買った男性アイドルが表紙の情報雑誌を踏みつけながらノートパソコンを詰めたカバンを片手に意気揚々と歩みを進めた。
女性用ファッション雑誌に掲載された可愛い女性モデルをおかずにしているオレっちには前世から考えれば丸くなったもんだと独り感心する。
「翔子、出かけるの?」
「はい。学校の勉強が煮詰まって気分転換してきますわ」
オレっちをどうにか女の子に仕立て上げたい悪の権化・母ちゃんである。
ったりなー、といつもいつも構ってくる母ちゃんに内心苛ついている。
こういう時、1人娘の身体にオレっちが生まれたのは失敗だった。
この女に何人か子供がいればオレっちに割く時間も減ったろうに、1人娘というだけで子供にベッタリママである。
まぁ、オレっちが前世を思い出すまでは綾瀬翔子も普通に女の子をしていた存在だったため母親も可哀想ではある。
可愛くてごめん。
キモオタが宿ってごめん。
「彼氏とデートなんじゃないのぉ?」
「嫌ですわ、お母さん。私にはお相手もいないのに」
「翔子も可愛いのになぁ。お母さん、絶対翔子はメガネよりメガネなしの方がモテると思うのに……」
「コンタクトなんて怖いですよ」
コンタクトレンズをはめるくらいわけない。
わざと男にモテないようにだっせぇメガネを装備しているのだ。
「翔子に彼氏が出来なかったらお母さんの友達からカッコイイ息子さんたち探してあげるからね」
「やめてよ、お母さんったら。行きますよ?」
「行ってらっしゃーい」
オレっちの子供をガチ期待している母親にぞわっとした恐怖を覚えながら家を飛び出した。
数年前、夫である旦那と離婚してオレっちに期待という圧を掛けまくっている。
あの出来事が母親が壊れたきっかけになったんかねぇ……。
結婚なんかクソである。
こんな空間にいたら世界に誇るオレっちのインスピレーションが崩壊する……。
外に出るとすぐに住んでいるアパートを視界に入れたくなくて走り出して駅に向かって電車へと乗り込んでいた。
特に目的地を決めずに定期で行ける距離内の電車で揺られていると明智氏たちの最寄り駅にたどり着き、なんとなくそこで降りる。
意外と遊べるところが多いので、学園生も集まりやすい若者の街である。
駅から出ると、そこそこ賑わう街中に繰り出す。
「どこかでゆっくりとしたいな……」
持ち込みのノートパソコンが入ったカバンの重みを解放させることと、早くキーボードを叩きたくてウズウズさせていた。
綾瀬家では気が滅入るが、これくらいの活気に溢れた人の周りなら自分もより気合いの入った文章を紡げる自信があった。
そこですぐ近くにあったチェーン店のカフェであるスタヴァを見付けた。
明智氏がよく出入りしていると噂のあのお店である。
もしかしたら明智氏本人が店にいたらウケるなー、なんて思いながらオレっちはそのスタヴァへと入店していく。
「いらっしゃいませ!」と元気で可愛らしいバイトの姉ちゃんの挨拶でなんかとても感動した。
あの子、絶対誠実な仕事してる子だという暖かさがある。
口角の上がった笑顔が素敵で、明智氏と駄弁っている感じああいう子が好きそうだなぁと邪推をする。
明智氏がこのスタヴァに通う理由がバイトの子説ある。
「あ、あの……。なにか……?メニューはこちらですよ?」
「ご、ごめんなさい!えっと……」
一瞬同性のオレっちも見惚れそうになって顔をじっと見つめてしまい慌ててメニュー表に目を向ける。
とりあえず適当に安いアイスコーヒーを頼み、ケーキなども頼まない客単価の安い客になったわけだが嫌な顔せずにそのバイトの姉ちゃんは仕事を続けていた。
身体付きもしっかりして、あのバイトの姉ちゃんをモデルにしたヒロインの物語のインスピレーションがバコバコ沸き出る。
そのバイトの姉ちゃんはコーヒー作りのために厨房に入っていく。
そこになにか入れ替わりの姉ちゃんが入ってきた。
「サワルナ!」
「なにがですか!?」
「目で先輩を狙う輩ですよね?なんかもうそういうやらしい目の客が多過ぎてわかる。害虫の目にそっくり!」
「害虫の目ってなんだよ!?」
「まんまそれっ!」
「サワルナ!?ちょっと、またお客様に言い掛かり付けてるの!?」
「だって源先輩!この客がっ!」
セレナのそっくり姉ちゃんに言い掛かりを付けられ、違うバイトの姉ちゃんに謝罪される。
コーヒーを作っていた良い女のバイトの姉ちゃんも頭を下げながらオレっちに謝罪をしてきた。
こうしてトラブルのお詫びで1サイズ大きくなったコーヒーを受け取り、店内の4人席を占領するように陣取った。
「はぁぁ……、どんな店やここ……」とセレナそっくりの姉ちゃんの頭を思い浮かべながら、味付けしないままコーヒーに口を付けたのである。
†
お久し振りです!
コロなんとかいう病気になり、しばらく更新が止まってしまいました。
ボチボチ再開させます。
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