85、現れたアイドル

達裄さんが来客を連れて表に出ていく。

この場にサーヤと残された俺は変な緊張感に包まれる。


「愚民はなにをそんな顔をしているの?」

「俺、どんな顔してますか?」

「いつもよりも4割ほど凛々しい顔をしつつ、なんか腰が引けてるようね」

「凛々しくて腰が引けてるとか矛盾してるじゃないですか」

「だから突っ込みどころなんじゃないの」


サーヤから円の如くビシッと指摘され、客観的に見るとそんな姿をしているのかと思うと色々受け入れようと決心を固める。

いやいや、嘘ぉ……。


でも、まだなにか夢でも見ているように受け入れるキャパがそんなにない。

妹とは毎日のように会っているが、あっちの姿になると全然会うことがない。

だからこそ、緊張しまくるのだ……。

滅多に会わないからこそ、地上で会うのが1番緊張してあがる相手が彼女なのである。

そんなもう後3日くらい待って欲しい……。

それくらい、心の用意が欲しいのだ。

妹と思い待ち合わせしたら、アイドルの姿だったスタヴァデートの時よりこういう風に直線に連れて来られる方が待つ時間が生まれて逆に心臓に悪い。

色々な思考が交差していく中、2人ぶんの足音が耳に届いてくる。

もうすぐそこにいるんだなと実感が沸いてきた。


『へぇー……、ここが『暗黒真珠サーヤ』なんですね!味があります!』

『店知ってたん?』

『まぁ、はい。そうですね……』


やや遠い達裄さんの声が届く。

もう1人の若い少女のような天使ボイスもガッツリ知人の者であった。


「あ、連れて来たよ」

「は、はじめまして!達裄さんから呼び出された者です!よろしくお願いいたします!」

「あら、お若い子……。先生の恋人?」

「こいっ!?ちがっ、違います!達裄さんとはお仕事でお世話になっているだけです!」


サーヤのしれっとした勘違いに彼女は焦ったように否定する。

「あらら、申し訳ありません」とサーヤが珍しくまともに頭を下げて謝罪をする。


「妾は佐山ゆり子です。サーヤとお呼びください」

「ご丁寧に!ありがとうございます!」


サーヤが名刺を渡すと、彼女も名刺を渡す。

そこでようやくサーヤが気づいたように「ん?」と漏らす。

どうやら知っている人物だったようだ。


「私、スターチャイルドとしてアイドルをしている者です」

「や、やっぱり!え、えぇ……、本物……?サーヤとして占い師をしている者です」

「なんの抵抗だよ……」


サーヤがスタチャにビビりながら抵抗しているようである。

偽物かどうかを疑いつつ、隠しきれない本物のオーラがサーヤを萎縮させてしまっていた。


「スターチャイルド本人ですか……?」

「一応オフなんで銀髪にしていますが本物ですよ」

「えぇ……、凄い……」

「ところで……」


そう言いながら彼女が俺の方に目を向けてきた。


「おに……、明智先輩がなんでここに?私的にはそっちの方が驚くんですけど……」

「すっげ……、本物のスタチャだぁ!」

「今さらなにに驚いているんですか……?」

「スタチャに会うたびにずっと胸がドキドキします」

「はぁ……。あ、ありがとうございます……」


感謝3割、引き7割のありがとうであった。

星子はスタチャ姿になると結構俺に対して冷たくなるのは毎度の如くである。

理由としてアイドルとファンの線引きみたいなところもあるようだが、単にスタチャ姿を俺に見られるのが嫌なところもあるとかないとか……。

中学の頃、俺が露骨にスタチャに対してデレデレしているのが気持ち悪いと彼女本人からズバッと切り捨てられたこともあるしガチで嫌なんだろうなぁ……。

これはどうしようもない。

星子と出会う前からファンだったし。

なんなら前世でたまに劇中歌で流れるスタチャソングもウォークマンに入ってたくらいだ。

気付けば妹になるから妹のファンだったという訳のわからない変な歴史があったようだ。


「わ、妾のお店にいらっしゃってありがとうございます!配信とかたまに見てインスピレーションを刺激させていただいております!」

「配信見てくださっているんですか!ありがとうございます!」

「300万再生まわってるスタチャがしりとりで『ケーキ』って言った瞬間リーチャから顔面にケーキを投げられるドッキリってやらせなしですか!?」

「やらせなしですよ」

「プロ凄いっっ!」


まったくイメージが沸かないサーヤがスタチャの動画を見ているところ。

俺がスタチャを勧めても『愚民の推しとか興味あるわけないでしょ?』のスタンスだった癖にちゃっかりハマっていたようである。

因みにあのしりとり、全部台本だと達裄さんから教えてもらっているのでサーヤのピュアっぷりにちょっと可愛げが見えた。

というか、アイドルに身体張らせ過ぎである。


「(ちょっと愚民。なんであんたスタチャに先輩呼ばわりされてんのよっ!知り合い!?)」


サーヤが小声で囁きながら、俺に小突く。

たまにこういうことされるんだよなぁ……。


「(一応、中学の後輩なんだよ……)」

「(はぁぁぁ!?なにそれっ!?)」

「(俺だってなにそれだよ……)」


高校の後輩だし、なんなら妹である。

流石にスタチャの身バレする情報は教えられないが中学の後輩程度であれば1番他人間がある知り合いというイメージを付けられるだろう。


「(で?明智先輩はなんでここに!?)」

「(常連客なんだよ……)」

「(へぇ……。知らなかった)」

「(そういえばマスターからこの店紹介された時いなかったな。マスターからの紹介なんだよ)」

「(そうだったんだね)」


スタチャからもこそこそと小声のやり取りをされる。

サーヤから、スタチャからと相手に明かせない失礼な質問ばかりである。

その様子を見て、達裄さんがニヤニヤと笑っている。

楽しんでんなぁ、あの兄ちゃん……。

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