82、サンドラは風呂から出られない

サンドラを湯の張った桶に入れたが、やっぱり狭い桶は嫌だとごねだした。結局俺は彼の身体の泥をキレイに落とし洗ったことを達成し、風呂に入らせた。

人間にとっては狭くても、ぬいぐるみにとっては広いお風呂。

満足そうに風呂で浮きながら『あへぇ……』とくつろいでいる。


(こいつどうすんのお前?)


どうしようかね?

中の人に話しかけられてサンドラを見る。

捨ててやっても良いが、それはそれでやってはいけない行動な気がして様子見しか出来ないというのが本音である。


『あへっ?なんだ、ヒデヨリ?お前、中に人格飼ってんのか?』

「は?」

(なっ……?)

『あへっ。やっぱり』


俺と中の人が一緒になり驚く。

サンドラは俺の中にいる存在に気付いているらしく、その反応からも間違いなさそうだ。


『まぁ、焦んなよ。誰にも言わねぇよ。それに聞こえてない振りもしてやるし』

「マジかよ……。厄介な奴を拾ったぜ……」

(こいつ風呂上がりにガソリン漬けにしてチャッカマンで火付けようぜ)

『これの聞こえない振りは無理よ!?』


俺というフィルター越しに中の人とサンドラがぎゃあぎゃあ言い合っている。

内容はまんまあいつがサンドラを弄る程度である。

なんとなくだが、俺以外にあいつの声が聞こえる奴が現れて少しご機嫌なテンションな気がする。


「…………」


あとは横からも頭の中からもグチグチとヒートアップしていてうるさい……。

要らん発見があったもんだと思い、中の人とのシンクロ率のチューニングを閉ざしていく。

最近覚えたこれを駆使すると、一時的ではあるが中の人の声を閉ざすことが出来るのである。


『お?声が聞こえなくなった』

「風呂ぐらいゆっくり入らせてくれ……。あいつにしゃべらせると俺が疲れる……」

『人間の脳に負担が掛かるからな。あへっ、人間は弱い弱い』

「その人間よりぬいぐるみの方が弱いからな」


果たして、あいつを脳内に居座らせることにどんな代償があるのか。

俺にはまったくわからない。

ただ、脳への負担はだいぶ大きい。

睡眠時間をもっと多く取れと、脳が警告を鳴らしているみたいだ。


『ヒデヨリの周りはたくさん面白いやつがいるみたいだな。帰り道にあんなにたくさん友人がいるのはたまげたぞ』

「たまげたって……。まぁ、確かに友人は多い方かもしれない」


因みにサンドラには黙らせていたが、当然帰り道は絵美やヨルだけでなく理沙や円などいつもの顔ぶれと一緒に帰宅の道を歩いていたのでおそらく彼女らを指していると思われる。

友人ではなく、恋人なのだが面倒なのでその指摘はしないでおこう。


『あへっ。確かに友人が増えるということは選択肢の幅が大きく広がっていくことになる』

「まぁ、そうなるか」


選択肢ねぇ……。

そんなこと考えたこともなかった。

前世でも、割りと友人を考えなしに作っていた気がする。

もう遠い思い出なので、あんまり覚えてないが……。

いつの間に俺の人生もあと少しで豊臣光秀よりも、明智秀頼の人生の方が長くなる直前である。


『でも、多すぎる関係は大きな負担になる。不必要な友人を切り、大事な縁だけ残す。それが1番賢い生き方ってもんだろ?』

「さぁ?筋トレと同じで大きな負担ほどそれが後々良い未来に繋がるんじゃねぇの?」

『…………誰も筋トレの話なんかしてないが?』

「比喩だよ、比喩!論破されたからってそういうズラしやめろよ!?」

『あへっ、言い返せない……』

「そして弱いな……」


所詮は洗濯の神である。

こういう話は苦手そうである。


『そしてヒデヨリからは原初を司る神の世界から来た住民だな?』

「何言ってんだこいつ?頭おかしいのか?」

『あへっ。オレに隠しても無駄だぜ?お前の魂に原初の司る神の残り香がこびりついていやがる。こういう別世界から来た魂は神から目を付けられやすい。なんせ面白いからな』

「あ?なに?俺がそういう前世ありとかわかるの?」


減少の司る神?とかはよく知らんがなんとなく文脈から違う世界から来たことを突き付けているらしい。

洗濯なり減少なり変な神ばっかりである。


『当然わかるさ。原初を司る神の世界から追い出され、概念を司る神に愛されし尖兵。オレがあの6人からヒデヨリをチョイスしたのもお前が1番この世界のバグのような存在だと察知したからさ。凄いだろ、神なんだぜオレ?』

「凄いな、神なんだなサンドラ……」


未来から来たヨルやギャルゲー主人公のタケルらの方が俺よりよっぽどバグのような存在であるのでこの自称神とやらの推察は大きく外しているわけで、なんか知ったかぶりする子供みたいで可愛いとこのぬいぐるみに対して面白さが込み上げてきた。

そっかそっか、ただの悪役の明智秀頼がバグのような存在わけないじゃんと突っ込みが追い付かない。

なんせ別世界から来たということでは津軽円、綾瀬翔子、織田家康と俺の知人だけでもこんなに存在する。

前世持ちなんてそこまでレアではないのだ。

前世持ちなんてたかがベリーレア、ヨルやタケルの方がスーパーレアである。

そんなハズレアを掴まされて、サンドラも見る目がない。


『あへっ。それにこんな世界、オレが手を下すまでもなく人々は崩壊への選択に突き進んでいる。オレは高みの見物ってわけ』

「はぁ、あっちぃな……。そろそろあがろう」

『待て待て!?オレも連れていけ!?オレ、風呂から出れねぇだろうが!』

「えー?神パワーでなんとかしろよ」

『だから神パワー封印されてんだよ!だからぬいぐるみなんだよ!』

「ぬいぐるみの自覚あるじゃん」


わざわざぬいぐるみを風呂から拾い上げる。

これから毎日サンドラの面倒を見ながら風呂に入るのを考慮すると、大変な気がする……。

猫や犬みたいな可愛げもない偉そうなぬいぐるみを拾ったのは悪手だったかもしれない……。






─────






「なんだよあの世界……」


とある場所から戻ってきた佐木茂は真っ青な顔になりながらトイレにいた。

気持ち悪い体験をし、一通りに吐瀉物をトイレにぶちまけて今は肩で息をしていた。

貧血になり、目の前が真っ白になりながら自分のギフトを使ったことを大きく後悔していた。


「明智先輩のおかげで、僕が死ぬ未来は変わった……。僕も未来で生きていた……。大人になっていた……。それなのになんで未来はあんなに……、狂って……」


『──明智先輩を死なせないで……』


未来の自分から告げられた言葉が、彼の脳に響く。

信じられないことがたくさん思い出されていく。


「っ……!?」


本当にあれがこの世界の未来なのか……?

今までも、佐木茂が死んだ後の世界はおかしな崩壊した世界であった。

そして、佐木茂が生きているこの世界の未来もまた、──変わらずに崩壊した世界であった……。




そんな簡単に未来は変わらない。

これは、人々が崩壊への選択に突き進んだ結果である。

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