80、サンドラ

収穫・しゃべる猫のぬいぐるみ。


それだけだった学校行事を終えて、帰路の道を絵美と歩いていた。

『あへぇー……』とバカそうな声を出しながら、ひょこっと俺の手に持つカバンから顔を出していた。


「みんなに紹介しなくて良かったの?」

「しなくて良いでしょ……。今夜にも燃やしてるかもしれないし……」

『すぐに燃やそうとすな!?過激派現代人!?』


結局サンドラの存在はタケル、山本、絵美、ヨル、アリアと俺の6人だけの中に留めることにした。

わざわざこんな布切れを円たちに紹介するのもわけわからんと思い、ついさっきみんなとお別れをしたのである。


『あへぇ!でも実際可愛いだろ?な、エミ?』

「しゃべらなければ……」

「ぬいぐるみの綿を引きちぎり声帯取るか……」

『だから!過激派現代人やめろ!?猫差別!』

「猫に差別しないよ。俺、猫好きだし……」


どちらかと言うと猫派の俺は街のチンピラと猫が死にかけてたらおそらく最初に猫、次にチンピラを助けるくらいには猫が好きである。


『あへっ!それがモテる男かっ!モテる男ならぬいぐるみにも優しくせいっ!』

「じゃあ別にモテないから優しくしなくて良いんじゃない?」

『キュートだろ猫?』

「キュートな存在はキュートを自称しないんだよ」


なんでぬいぐるみと漫才をしている気分になるのか……。

頭がおかしい人に見られてしまう……。

街の徘徊悪魔王チャイルドのユカちゃんが現れたらそれはもう親子で大騒ぎされる自信がある。


『あへっ。因みにヒデヨリとエミは付き合ってるカップルか?』

「え?わかる?」

「隠しきれないわたしと秀頼君のベストカップルオーラ」

『手を繋いでるからな。まぁ、お似合いな2人よな』

「いやぁ」

「良いとこあるじゃないですかサンドラ!わたし自慢の彼氏です!」


俺と絵美がサンドラのお似合い発言に照れてしまう。

彼女も嬉しさを隠しきれないのか、サンドラに若干優しくなった気がする。

それからすぐに自宅前に辿り着き、絵美とも別れる。

サンドラと2人っきり?になり、問題の時間になる。

おじさんはともかくおばさんには報告しておこう……。


黙っていて偶然しゃべるぬいぐるみを見たら腰を抜かすかもしれない。

そういう危険を回避するためにも、事前にサンドラのことは伝えておくべきだ。

おじさんは……まぁ強い人だし腰抜かしてもケガしないっしょ……。


面倒なことになり、ため息を吐く。

自分が高校卒業まで、後何百回ため息を吐くことになるのか……。

嫌になりながら自分の家のドアを開ける。


「ただいまー」


すでに家にいる家族に声を掛けるようにしてドアへ入る。

「おかえり」とおばさんの声が聞こえてきて、俺は居間に向かう。


「あら?どうしたの秀頼?」

「いやぁ……。実は山でちょっと猫?に懐かれちゃって……。俺が預かることになって……」

「猫……?ウチに?」

「う、うん……。その報告に……」

「あんたねぇ……。いきなりペット拾うってどんな神経してんのよ?動物の世話なんて大変なのよ?どうせあんたはいつも部屋に籠りっぱなしで私が世話することに……」


おばさんからグチグチした説教をされ、耳が痛くなる。

「うん、うん」と相づちをしながら、こうなるよぁと頭が痛くなる。

そもそも明智家に今まで動物はいなかったので、こうなる批判が起こるのも火を見るより明らかであった。


「それで!どんな猫なの?見せなさい」


とりあえず世話の掛からないたくましい猫だと証明する必要があるので、カバンを開けてぬいぐるみを取り出す。


「これ、猫」

『あへっ。猫です』

「それ、猫じゃない。猫は『猫』って言わないから」

「にゃあにゃあって言えよ」

『にゃあにゃあ。これで良い?』

「OK」

「OK、じゃないわよっ!なにこれっ!?」


どうやらおばさんもサンドラが普通の猫ではないことに気付いたらしく、珍しく慌てた口調である。


「ぬいぐるみ……?え?なんでしゃべってるの……?声が遅れて聞こえる的なアレ!?」

『失礼な人間共だ』

「失礼なのは初対面から偉そうなお前だよ」


洗濯の神らしいがここは人間の時代。

神だと称えられる存在は既に表れないという共通認識がある。

科学の発展で、既に神様は概念的なものに変わり風化していった。


『オレの名前はサンドラ!特別に名前で呼ぶ権利を与える』

「やたら偉そうな猫ちゃんね?」

「自称・洗濯の神なんだって」

「ご利益ありそうな神様ね……。まぁ、秀頼が世話するなら良いんじゃない?猫用のペットグッズは買わないからね?」

「別に要らないよ。なんか飯とかもソーセージ的なやつで良いから。猫用のおやつとか買わんでいいから」

『オレの好物は生ハムだ』

「別に生ハムとかも用意しなくて良いから」


しれっと食事の要求をしてきたのをやんわり断る。

おばさんの負担にならない感じでサンドラの飯も用意してあげて欲しいと思う。


「あとその猫?ちゃん、とても汚れているから洗濯した方が良いんじゃない?」

「そうだな。サンドラを洗濯機に入れるか」

『オレをなんだって?』


おばさんの勧めで洗濯機に放り投げて水を出すと暴れまわるサンドラの声がした。

『冷たい!風邪をひく!窒息する!』と聞いていられない断末魔がうるさくて洗濯を中断させてずぶ濡れのサンドラを拾い上げる。


『あへっ。寒いわっ!湯を張れ!お風呂に入らせろ!』

「洗濯の神なのに……」

『オレの嫌いなものに洗濯機が追加された瞬間なんだが……』


サンドラ【選択の神】

誕生日:1月1日

好きなもの:選択、生ハム

嫌いなもの:ミミズ、洗濯機←new

特技:奇声

笑い方:あへっ


「変な謎パワーでプロフィールを出すな。誰もぬいぐるみのプロフィール興味ねーよ。俺の知人でサンドラのプロフィールが1番興味ねーから!」


宙に浮かんでいる謎のプロフィールに突っ込むと、つまらなそうにサンドラはそのプロフィールを仕舞う。

しかも洗濯の神なのに、選択の神という誤字付きという突っ込みどころ満載である。


「うぅ……オレのあそこもびちゃびちゃじゃねぇか……』

「急にぬいぐるみから下ネタ発言されるのキツイんだけど……。あそこどころか全身びちゃびちゃじゃん」


おばさんから「今日は疲れただろうしお風呂沸いてるわよー」という声がする。

そういえば土とか砂とか触ったせいで今の俺もサンドラ並みに汚れていたのである。

ジャージを洗濯機に放り込みながら、俺もお風呂に入る準備を進めていく。

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