13、瀧口雅也
「瀧口先生!相談があるんです!」
「うーん……、わかった。なら、放課後に生徒指導室に来て相談に乗ろう」
「あ!ありがとうございます!」
「いやいや。可愛い生徒の悩みも乗ってあげるのが先生って仕事だからね」
背が高く、白衣に身を包み、メガネをかけた優男の先生はそういってにこやかな笑顔を女子生徒に向ける。
彼はどんな先生や生徒の前でも、その外面は良く、よく慕われていた。
特に古今の教師に増えすぎてしまった怒鳴るしか指導の出来ない先生は無能との教示のある彼は、生徒から好かれやすく親しみやすいと評判も高かった。
「瀧口先生は熱心ですな!若くて熱血があって素晴らしい!」
「人生の先輩の熱血基礎先生の励み、ありがたいです。でも、私なんかまだまだですよ」
その女子生徒の相談に乗る光景を見ていた体育教師も素晴らしいと絶賛を贈ると、謙遜して小さく見せた。
何も知らない人であればなんてことはない、教師同士のリスペクト精神に溢れた光景であろう。
(熱血基礎マッスル。未だに体育では罰と称して熱血指導ツッパリをする昭和生まれの遺物が……。古いんだよ、そういうの)
メガネを動かしながら心の中で彼を軽蔑していた。
お互いが頭を下げあいながらすれ違う。
なんてことはない。
ただの日常だ。
そのまま職員室に入ると、目の前に学園長の席が視界に入る。
そこにパソコンを淡々と操作している女性の姿があった。
「おはようございます近城先生」
「あら瀧口先生。おはようございます。今日も壮大な心を持って授業に励んでくださいね」
「はい。いつもお言葉ありがとうございます」
第5ギフトアカデミーの学園長。
破天荒ながら壮大な人物。
全国のギフトアカデミーの学園長の中でも1番若いながらも1番の影響力がある大物であった。
ギフトの存在の中でも、かなりの重役を担っている存在である。
(ギフトの箱庭の主が。中々排除に手こずるなこいつ)
過去に何回かギフト狩りを差し向けているのだが、何故か毎回失敗している。
彼女を失脚させることで、大々的にギフトの悪影響をもっと世間に公表出来るのだが、彼女がギフト狩り活動の邪魔な壁になっていた。
「…………」
黙々とピアノの旋律を鳴らすが如くキーボードを叩く姿が瀧口の目に映る。
(可愛いギフトの生徒のために色々と手を打っているか。忌々しい女だ)
瀧口は自分の席に付くと、自分の担当であるギフト総合の教科書を手に取る。
常日頃から忌むべき存在のギフトの文字が彼に怒りを増幅させ、手に力が籠っていた。
(え!?嘘!?今週のヂェェンソォーメン最高じゃん!コメント掲載しとこ。わたくしもお金もらって椅子になりたい(*´ω`*))
尚、悠久はまだ始業時間ではないのでPCで私用を済ませていただけだったりする。
◆
(ギフトのアクアリウムは息が詰まりそうだね)
人工的にギフト所持者を集めたギフトアカデミー。
瀧口は普段から溜め込んだ不満を脳内でぶちまけながら廊下を歩いていた。
すると1人の生徒とすれ違い挨拶をされた。
それに対し、瀧口も愛想良く挨拶を返した。
「おはようございます」
「おはよう宮村君」
背筋がピンと伸ばした宮村永遠が彼の横を通り過ぎていく。
(宮村永遠。ギフト非所持者でありながら、文武両道の宮村君か。それでいて、誰にも陰口を言ったりなどもしなくて男子生徒の憧れのマドンナ的存在か。彼女は本当に素晴らしい。みんな彼女みたいな子だと手もかからないのに)
宮村永遠の足音が離れていくのを感じつつ、自分の学校の生徒の評価を下していく。
彼の日常の1シーンであった。
「おは、……おはよぅござぃます」
「おはよう谷川君」
(谷川咲夜。ギフト非所持者であり、喫茶店サンクチュアリの店主の娘。コミュニティ能力は低く、勉学もイマイチ。授業中も居眠りが多い。手のかかる生徒だが、だからこそ手を焼きたい男子も多いという。好みは人それぞれか)
こそこそしながらも、欠伸をかみ殺す咲夜とすれ違うと、また1人の生徒とすれ違う。
「瀧口先生、おはよーございます」
「うん。おはよう十文字君」
(十文字理沙。ギフト所持者だが能力不明。だが、覚醒をしているのは確実か。遊んでばかりいる兄と比較しても優等生。大きい胸が思春期男子にドストライクな奴も多いとか)
今日はやたら女子生徒とすれ違う日だと瀧口が考えていると、ようやく男子生徒と出くわした。
「うっす先生!おはよっす」
「はい。おはよう」
(鹿野健太。ギフト非所持者。凡人)
特筆するべきこともないただの生徒であった。
こんなに中身がスカスカな奴もいるのかと感心していると、栗色のツインテールを揺らした少女が現れた。
「おはようございます」
「おはよう佐々木君」
(佐々木絵美。ギフト能力は確かバカ力だったか。こんなに細い腕をして中々ゴツいギフトだな。ギフト所持者というのは気にくわないが、積極的に授業やイベントにも取り組む生徒の見本のような子だ。宮村永遠君同様に、高嶺の花として憧れる男子も多い)
もう少し身長と胸があったら良かったのに、と小学生のような彼女を見送る。
すると、その後ろから7人ぶんくらいのカバンを持った怪しい生徒と目が合った。
「先生、おはようございます!」
「おはよう明智。どうした?そんなに荷物持って?」
「荷物チャレンジで何キロの荷物を教室まで運べるのか挑戦してます!すれ違うクラスメートの協力あってのことですよ。先生の荷物、なんかありますか?」
「プライベートなら、最近電子レンジを買おうとしていてね。その際の荷物持ちにならないか?」
「今限定っすよ」
「そりゃそうか。まぁ、ケガするなよ」
「はぁーい」
(明智秀頼。ギフト所持者だが能力不明。織田との決闘で相手を吹っ飛ばしたなんて証言もあるが、イマイチ具体性に欠ける。男からも女からも教師からも好かれるトラブルメイカー。でも、不思議と変なカリスマがある。見ていて飽きないおもしろい男)
瀧口が振り返ると明智秀頼が山本大悟と会って荷物を受け取っている。
それを見ていた何人かの男子が「頑張れ明智」と応援をしてカバンを渡していた。
明智秀頼の観察日記を取っていたらギフト狩りの活動なんか馬鹿馬鹿しくなりそうだなと視界を前に戻す。
すると、そこへ佐々木絵美よりも幼い見た目の容姿の子とすれ違う。
「おはっ、ようございます先生」
「おはよう赤坂君」
「は、はいっ」
「…………」
瀧口と挨拶を交わすなり、早歩きで廊下を駆け出していく。
入学してばかりの生徒で、何回か授業も担当した瀧口はある意味注目をしている女子生徒の1人でもあった。
(赤坂乙葉。ギフト所持者だが能力不明。だが、明らかによそよそしい態度。ギフト狩りのことがバレている?)
谷川咲夜のようなコミュニケーション能力が低いわけではない。
むしろ人並み程度にはあるのだ。
しかし、教師の中でも明らかに瀧口にだけは挙動不審になるのに気付いていた。
むしろ、初対面時には普通だったというのにだ。
(そこから推測すると、人の隠し事を暴くギフトだったなら。…………悪さをしているわけではないが、それなら見過ごせないな。何か確信か欲しいな……)
黒髪おさげの小さい身体の乙葉を瀧口はキッとした目で睨む。
学年は1年だったなと彼女についての情報を頭に浮かべる。
(クラスは確か五月雨茜君と同じ1年5組……!そっか、なら都合が良い。ギフト狩りの障害になるようなら……。この娘を……)
テクテクテクと足音を立てながら逃げるように瀧口から離れていく乙葉を黙って見送っていた。
中々思い通りにはいかないものだと、右手にポケットを入れて、左手でメガネを上に上げる。
その後はまた温厚な人物という仮面を被りながら廊下を歩く。
また新たなすれ違い者が現れて、向こうから挨拶をされた。
「クハよう」
「おはよう黒幕君」
(黒幕概念。ギフト所持者……なのか?何考えているかわからないなんかやべぇ奴)
3年に1回、よくわからない奴がよく入学してくる基礎第5ギフトアカデミーであるが、それが去年入学してきた黒幕概念であった。
瀧口は知るはずもないが、エニアは何回も入学と卒業を繰り返しているのでその感性は間違っていないものである。
──その日の放課後。
瀧口は朝に約束した通りに生徒指導室に入る。
そこへ先に来ていた相談を持ちかけた女子生徒が椅子に座っていた。
出入り口が開き、瀧口の顔が見れたと同時のその生徒は早速とばかりに悩みを口にした。
「先生……。私、好きな人に告白したんですよ」
「ほう。なるほどね」
教師によっては恋愛禁止を吟う先生も少なくなかったが、瀧口は恋愛に対して寛容な教師であった。
だからこそ、こうやってたまに悩める思春期にアドバイスをしているのである。
「でもですね。彼、同じクラスの島咲碧が好きって断られて……。私、私……、嫉妬で心が焼ききれそうなんです」
「島咲碧……君か」
瀧口は名前を出された女子生徒の情報を思考する。
(島咲碧。ギフト所持者。妹?イマジナリーフレンド?に変身するギフト。それがきっかけでクラスからは白い目で見られがち。おとなしい生徒だが、客観的に見ると可愛らしい容姿をしていて、守ってあげたい庇護欲みたいなのがかきたてられそうだな。そんな彼女を好きな男子がいたとね。なるほどなるほど……)
彼は記憶力に対しては絶対の自信があった。
だからこそ、生徒がどんなギフトを持っているのか、頭に叩き込んでいるのだ。
「因みにその君が好きな彼とは?」
「か、か……鹿野君です」
「ほう」
今朝すれ違った凡人だった。
顔だけ見たらそこそこ良いのかもしれないと、意外な鹿野好き女子が現れて形容しがたい興味心が出てきた。
「そっか。ギフト所持者の島咲君が許せないか?」
「はい!許せないです……。なんであんな地味子が……」
「……『Αυξημένο μίσος』」
「え?」
「なら怒りなんか溜め込む必要はない。ギフト所持者に復讐を『Αυξημένο μίσος』」
瀧口の祈りのような呪いの洗脳ギフトを口にした。
突如、女子生徒の目がカッと開かれる。
「怒りの衝動が出たか?」
「はい。先生と話していたらもっともっともっと──イライラしてきました」
「ならやるべきことは、わかるね?」
「憎しみをぶつけること」
「
女子生徒の目が洗脳に取り憑かれたものに豹変する。
それで良いと、瀧口は満足げに頷いた。
(わざわざ僕が手を下すまでもなく、ギフトに不幸を──)
次の日から島咲碧の虐めが始まった。
─────
数日後。
瀧口は授業の準備のために廊下を歩いていると、こないだ相談をしてきて洗脳のギフトに当てた女子生徒が明智秀頼と会話をしている場面を目撃した。
何か進展でもあったのかと、自然を装いながら耳をたてる。
『ねぇ、明智君!見て、これ!島咲と私らでプリ撮ったんだよ!』
『あ、みんな可愛いじゃん。なんだよ、広末、島咲さんと仲良いんじゃん』
『意外と話が合っちゃったんだよねー。なんで虐めたのかわかんないや』
『こらこら、罪悪感は無くすなよ?』
『わかってまーす』
「…………ファッ!?」
聞き耳を立てていたがあまりにも斜め上な会話が聞こえてきて、柄にもなく変な声を出してしまっていた。
(え?なんでギフト使ったのに島咲と和解してるの……?悩みの根っこが切れたのか?というか鹿野から明智に乗り換えたのか!?そもそもお前は木瀬じゃん!なんで明智に広末って呼ばれてるの!?)
狂った情報の波が津波になって襲ってきて、瀧口を溺れさせてしまったのであった。
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