14、悩む山本大悟

「ぅぅぅぅ……」

「どうした山本?」


珍しく山本大悟は朝から頭を抱えていた。

そのまま素通りするかと悩んでいたが、いつも彼にはお世話になりっぱなしである。

こないだも山本の荷物を俺が教室まで運んだり…………あれ?

逆だな。

…………とりあえず俺の暇を解消してくれるという意味では恩がある男だ。

だからなんとなく山本に声をかけてみた。


「あ、明智か……?」

「あ、明智だ」

「真似すんなよ」

「そんなに奇声を上げてどうした?腹壊したか?」

「お前の中の俺は腹壊すと奇声を上げるのかよ!ちげーよ!」


いつもの突っ込みに定評のある山本に戻ると、俺に向き合い「はぁ……」とため息を漏らす。

この山本の様子から気付いた俺は「なんか悩みだな」と突き付けると「そうなんだよ……」と聞いて欲しいかまってちゃんオーラの振りを見せられる。


「じゃあ、時間が解決するのを待つしかねーよ。じゃーな」

「なんで今日に限ってドライなんだよ!?」

「俺はいつだってクールでドライなハードボイルドキャラクターで間違ってないが」

「クールでドライなハードボイルドな人は自分で『クールでドライなハードボイルド』は自称しないのよ。こういうのは第三者から噂されるものなの!」

「あ、熱いなお前……」


クールでドライなハードボイルドに思い入れがありそうなくらいに熱く語る山本に圧倒されてしまった。


「クールでドライなハードボイルドってのは仮面の騎士さんみたいな人だろぉ!?断じてお気楽天然お人好し鈍感人間垂らしなお前ではない」

「お気楽天然お人好し鈍感人間垂らし?ははは、ウケるー」

「いや、お前だからお前!そういうのが天然なんだよ」


意味不明な単語を並べただけのワードを称号のように例えられてもピンとは来なかった。

第三者である山本から見た俺の姿はなんだか情けなかった……。

そんないつもの山本との雑談が始まった時だ。


「呼んだか?」

「え?」

「え?」


仮面の騎士という乱入者が俺たちの前に現れた。


「仮面の騎士という名前を呼ばれたのでな。どうした?同じクラスメートだろ、山本大悟」

「あ、あ……。えと、その」

「んじゃ、ごゆっくり」

「待てやお前」

「離せ山本!」

「あぁ、ゆっくり俺らでじゃないか」

「はなせの意味が違う!」


クラスで1番関わり合いになりたくない奴ランキングベスト1位の仮面の騎士さんがやたらフランクに現れた。

『呼んだか?』とか、完全に素のアイリーン以下略さんではないか……。


「何か悩み事があるんだろう。私と明智に話してみるが良い」

「で、でもしょうもない相談ですよ……?」

「しょうもないかどうかは私が自分で判断する。さぁ、どうぞ」

「……」


数秒間頭を悩ませた山本だが、埒が開かない「え、えっと……」と意を決して口を開く。


「さ、最近彼女と……、上手くいってない気がして……。女?である仮面の騎士さんの意見も聞きたいです」

「上手くいってないと思うなら上手くいってないだろう。別れなさい」

「決断早くね!?上手くいってないわけじゃなくて、上手くいってない気がするだけっすよ!?気ですよ、気!?」

「惑わされるな!上手くいってないのを誤魔化したいだけなのが伝わってくる!」

「そ、そうなん!?」


漢らしい即断即決の仮面の騎士は机を叩きながら力説する。

あまりにも強い力は俺と山本をビクッとさせ、震わせるには充分であった。

有無を言わさないという仮面の騎士の圧迫は、耐性がないと過呼吸を起こしそうだ。


「はぁ、はぁはぁ……。はぁ……」


実際隣の山本は額からの汗を腕で拭いながら息切れになっている。


「コラ、アイリ。秀頼と山本君を驚かせないの」

「アリア……」


仮面の騎士が着込んだ女子ブレザーのネクタイをくいっくいっと引っ張りながら注意を指摘してきたのは、彼女のご主人様のアリア様であった。

艶とハリがあり、サラッとした髪をなびかせた彼女は俺たちにとってはまさに救世主であった。


「て、天使だ……」


アリアが現れた途端に息切れが治り、顔色を良くした山本がアリア拝みながら天使と呼んでいた。

「はぁーい、こんにちは。秀頼に山本君」と親しみやすい笑顔を浮かべながら手を振り、こちらに混ざってきた。

因みに彼女は物理的な仮面ではなく、内面的な仮面を被る少女だ。

裏アリアを生で見た俺は、表のアリア様相手でも心臓がバクバクして緊張してしまう。

すべてにおいて、明智秀頼おれの弱点の塊のアリア様であった。


「それで、アイリ。どうかしたの?」

「山本が彼女と別れるらしい」

「別れないよ!?結論急かさないで!?明智からも説明してくれよ!?」

「倦怠期」

「なら山本君、別れるべきだわ」

「判断が早い」


仮面とアリア様の姉妹は山本に下す審判もまた大体同じものであった。

山本が「そういうんじゃなくて……」と頭を抱えてしまう。


「そりゃあ、お前アレじゃねぇの?」

「あ、アレ?」

「好きって普段から言ってないんじゃねぇの」

「!?」

「別れたくないなら山本走らないと。好きって伝えないと」

「た、確かに……。明智にわからせを喰らうとは」

「バカにしてる?」

「今からちょっとラインするわ、ありがとうな3人とも!」


山本が廊下に駆け出していく。

教室にいると邪魔をされると判断をされたのなら悲しいものである。


「ん?」

「…………」

「…………」

「な、何か?」

「……………………」

「……………………」


アリアたち姉妹がじーっと何かを訴えているようはジト目でこちらを威圧している。

仮面さんはその表情はわからないが、間違いなくアリアと同じ表情を浮かべているのは察してしまう。


「秀頼」

「明智」

「うわっ!?」


アリアが左、仮面の騎士が右に寄ると耳元でそっと呟く。


「好きだよ」

「好き」

「っ……!?」


心臓が破裂しそうになる。

なんで今、ここでそんなカミングアウトするんだよ……!?


「っ!?」

「あれぇ?なんで怒ってるの?」

「なあ?なんで怒っているんだ?」

「ムカつくこいつら!」


歯を食い縛りながら怒りがじわじわと込み上がってくる。

ドキドキの羞恥心と、ムカムカの憤怒が同時に込み上げてくる。


「わぁ、リンゴみたいに顔が真っ赤だよ秀頼」

「アンパンのマンみたいだぞ」

「あぁ!もう!やだ!」


アリア姉妹を拒絶するように机に顔が吸い込まれていく。

それはもう、磁石のようにスムーズな動きであった。

それを2人は鼻で笑いながら「行きましょ」とアリアがからかいながら机から遠ざかっていく。

「あいつ弄るのおもろいなアリア」「ねー、アイリ」と仲良しな姉妹の評議がわざと聞こえるようなトーンを出していた。

もうちょっと仮面の騎士みたいなクールでドライなハードボイルドになりたいと心の底から願った。


「ありがとう明智!俺、今日彼女と会うことになった!アドバイス通り『好き』って伝えてみ…………る?なんで倒れてんの?」


山本が戻ってきた時には机に突っ伏していて誰にも顔を見られないようにしていた。




──後日、山本カップルは無事復縁出来たとの報告をもらい『恋愛相談は明智先生に任せろ』との噂が飛び交うのはまた別の話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る