12、深森美月は追いかける
「え?お母様、マスターと知り合いなのですか?」
「お母さん、美月が敬語で悲しい……」
「いや、いちいちそこに反応しないでくださいよ……」
深森母親は悲しそうな目を向けると、美月は良心がズキズキと痛んでくる。
「あらあら」と、美鈴は母と姉の反応を楽しそうに眺めていた。
「マスター、知り合いなのか?」
「知り合いというか……、幼馴染?いや、そんな礼儀正しい仲でもないか。腐れ縁かな……」
「ほぅ、マスターの腐れ縁」
「そう、あんな感じ!美月にもあの親子を見習って欲しい」
「諦めてくださいお母様」
マスターは『何に揉めてんだ』と親子の会話には割り込まずに心で突っ込んだ。
美鈴は谷川親子の会話を聞き取っていたらしく「お母様と腐れ縁だったんだ」とマスターの新たな一面に興味を持った。
「じゃあ、流君の娘か。サクヤちゃん?」
「あぁ。谷川咲夜だ。花が咲くに深夜の夜で咲夜だ。名前が覚えにくいならシスターと呼んでくれ」
「わかったわ。よろしく、シスター」
「ウチの名前は覚えにくいのか……」
「こら!お母様に何を言わせているんだ!」
美月に叱られ、ビューンと逃げ出す咲夜。
「あ、待て!」と、突然逃げ出して咲夜を追うように美月は足を走らす。
狭い店内では知らぬ間に鬼ごっこが始まっていた。
「へぇ。娘さんに私の漢字付けたんだ」
「他意はないっての。僕が綺麗な響きだと認めたから咲夜ってしただけだよ。美咲ちゃんの名前は関係ないから」
「僕って……。ウケるんですけど!イキッてた金髪ライダー喧嘩番長も娘が生まれて角が取れちゃって」
「うるさいな!まったく……。なんで僕の知り合いの女はすぐ弄る奴しかいないんだよ……」
「…………」
黙って2人のやり取りを見ていた美鈴は、マスターからは秀頼のように女に振り回される運命のようなものが見えてしまい苦笑いを浮かべていた。
好きな人との変な共通点であった。
一方、鬼ごっこをしていた美月は、見事に咲夜を捕まえて、ズルズルとカウンターに引きずっていく。
「とりあえず流君のコーヒーちょうだい。狭いながらも老舗のコーヒーで私を唸らせられるかしら?」
「成金女の口には合わないかもしれないけどね」
「うわっ、仲悪っ!?」
バチバチとしたものを感じ、冷や汗をかく美鈴。
「本気でどんな仲だ?」「さぁ?」と、咲夜と美月は疑問を口にする。
全員の疑問には答えられることもなく、「とりあえず座らせて」と美咲がマスターにお願いをした。
彼女は、4人がけのテーブル席を指定したので、母親の隣に美月が座り、母親の向かいの席に美鈴が座った。
「え?この状態で秀頼君が来るの?」
「娘に相応しい男かどうか、母の目で直接確かめます」
「母親が娘の恋愛に口出すものじゃないでしょ」
「1番口出しそうな父親がなんか言ってる」
マスターがムッとしながら不愉快な顔を向けるも、美咲は涼しい顔をしてシカトする。
心の中で舌打ちをしているとカランコロンと来客を告げるベルが鳴った。
─────
「オッス、マスター。こんちは」
「今来るんかい」
「今来たんだい」
美月との電話でマスターの喫茶店に集まることになったわけだが、そのマスターは俺と顔を合わせるなり不機嫌な態度を隠さなかった。
達裄さんと殴りあいの修行の後は、ちょっとしんどい態度である。
(お前、そりゃあ約束破ったらキレるだろ)
中の人の客観的で的確で冷静な指摘にハッとなる。
確かに、俺はマスターに酷いことをした。
頭を下げながら謝罪の誠意を見せた。
「もしかしてラインに沢村ヤマの新しい写真集出るソースの記事送る約束すっぽかしたの怒ってる?ご、ごめんよぉ。マスターの顔見るまで完全に忘れてたんだよぉ!」
「怒ってないよ。他の常連さんから教えてもらったし」
「……じゃあ、なんでそんなにおこなの?」
じゃあ、マスターが機嫌が悪い理由がわからない。
もう、マスターを怒らせる材料が俺には思い付かなかった。
「マスターは秀頼に美月と美鈴をここに呼び出したことに不機嫌なんだ」
「咲夜!?いたのか」
「ずっと居たが」
出迎えてくれたマスター以外視界に入っていなかった。
「え?なんでそんなことで?俺、マスターのコーヒー飲みたくてこの店にしたのに……」
「大丈夫、秀頼は悪くない。ウチが保証する。マスターの日頃の行いが悪いせいなんだ」
「さくやぁ……」
「うわっ、僕の味方ゼロだ」
天使に見えた咲夜に抱き付くと、彼女はなでなでと頭を撫でてくれた。
じっとマスターを見ると観念したように「はぁ……」とため息を漏らす。
「待ち合わせしてんだけど」
「もういるよ」
「あ、カウンターじゃなくてテーブル席にいるのね」
いつもカウンターでコーヒー飲んでるからテーブル席には目を付けていなかった。
指定された角に目を向けると、ソファー型の椅子に座る美鈴と美月が見える。
美月の隣に誰かが座っているようだが、あの人は誰だろうか?
「秀頼、注文は?」
「エスプレッソとオムライス」
「マスター、エスプレッソとオムライス」
「ヨルさん、オムライス」
『オムライスいっちょおおおおおお!』
厨房の方から気合いの入ったヨルの叫びが響いてきた。
ヨルもいたんかい。
気配がなくてまったく気付かなかった。
あと、あの伝言ゲームは必要だったのだろうか……。
「やぁ、ごめんごめん。遅れちゃったか」
「全然大丈夫ですわ秀頼様!時間ぴったりです!」
「美鈴のワンピース新鮮で可愛いね。美月の服装に似合ってるよ」
「流石秀頼様です!」
「あ、ありがとう秀頼!」
率直な意見を述べる。
美鈴の髪型も下ろしていて中々印象が変わるコーディネートである。
とりあえず空いていた美鈴の隣に座ると、ギュッと腕を組ながら近付いてくる。
イチャイチャしてくるが、俺は知らないもう1人が誰なのかわからなくて身構える。
ただ、なんとなく美月の隣にいる人が深森姉妹と何か関係ある人なのは察した。
「えっと……、そちらの方は?美月と美鈴のお姉さんですか?」
「合格です!私は美月と美鈴の恋を応援します!」
「え?」
突然の大きい拍手に頭が真っ白になる。
何か祝福されているが、何に祝福されているのか。
情報が足りなすぎた。
「美鈴たちのお母様ですわ!」
「そ、そうなんだ。若くて美人で高校生の子持ちに見えませんでしたよ」
「あら、何この子!?素敵っ!美月、私ナンパされてる!?」
「絶対されてないですよ」
20代と言っても通じるくらいに若々しくパワーのある人だ。
娘に遺伝したであろう金髪もまだまだ艶やハリも残っていて、肌もキレイだ。
美月のように髪も伸ばしていて、お世辞じゃなくて本当に母親に見えなかった。
「因みに彼女、僕と同い年だから。昔、この辺に住んでたんだよ」
「あ、マスター」
4人ぶんのコーヒーを持ってきたマスターは各々に配りはじめる。
マスターも若々しい人だが、それ以上に美月と美鈴の母親も童顔な人であった。
「なるほど。私がイメージした美月の彼氏とはかけ離れているわね」
「どんなイメージをしていたのですか?」
「美月が将来に彼氏として紹介してきそうだと昔からシミュレーションしていたのは中性的で、ウブな感じのチェリーボーイだったわ」
「ち、チェリー?ボーイ?」
「童貞ってこと」
「ど、ど、ど、童貞!?」
この人は娘に何を言っているんだろうか?
いや、確かにチェリーボーイは間違っていないけど。
あと、多分母親像に当てはまるのはタケルで間違いない。
「お母様!美鈴は!?美鈴はどんな彼氏をイメージしてました!?」
「ワイルド系の肉食系男子。まんま、彼みたいなイメージね」
「いや、お姉様と美鈴のこの違いは何……?」
「でもお母様の予想ドンピシャです!」と嬉しがりながら、俺に寄りかかってくる。
めちゃくちゃ匂いと体温が俺に異性として意識させまくる行為であった。
「明智秀頼君ね!お母さん、気に入ったわ!」
「あ、どうも」
何故2人の母親が同伴してサンクチュアリにいるのか。
未だにその説明は俺にはなかった。
「因みに彼、僕の姉貴が保護者だから」
「え!?奈々さんの息子!?」
「おばさ……、奈々の実の息子ではないですけど……」
「朝伊先輩の息子だよ」
「智尋さんの息子!?もう合格!合格!なんなの、秀頼君!?どんだけお母さんを興奮させる気なの!?」
「え?俺何もしてないですけど」
ただただコーヒーを啜っていただけである。
かつてないほどに話の意図が見えない俺は、目の前に座る美月に顔を向けると、申し訳ない顔でこちらを向いていた。
「実は、お母様が秀頼の姿が見たいと言って聞かなくてな。迷惑をかけて申し訳ない」
「全然大丈夫だよ。着替え姿見ただけで、教室の床に頭を叩き付けてくるサディスト姉妹に比べたら迷惑の内に入らないからさ」
「流石秀頼様。器が大きすぎますわ……」
某仮面女と、ストッキング投げてきた女も美月くらいは申し訳ない顔で謝罪をするべきだと思うの。
「それに、俺。全然親とか知らないからさ。美月と美鈴みたいに微笑ましい家族とか羨ましいよ」
「秀頼……」
「秀頼様……」
「気っ、気が早いけどお母様って呼びます!?」
「いや、呼ばないっすよ」
気が早すぎる深森母の提案に拒否する。
気が早いとかそんなレベルではない。
「でも、いつかそうなりますから!美鈴のお母様が秀頼様のお母様になる日も来ますから!」
「み、美鈴……」
「待て美鈴。お前が結婚前提はおかしい!」
「でも美鈴と秀頼様が結婚したら、お姉様のお母様も秀頼様のお母様になりますよ」
「確かに。…………いや、騙されるか!詭弁じゃないか!」
「美月と美鈴の仲が元通りで嬉しいわ!」
深森母が楽しそうに笑った。
確かに紋章で拗れているよりは遥かに良い結末になったと思う。
俺の行動の結果が、この人の笑顔になれたなら間違った選択肢ではなかったんだと胸をはれる。
そして今日は、やたらこの深森母親にも気に入られてしまった1日であった。
「秀頼君は子供何人欲しい?」
「2人、多くて3人でしょうかね」
「ふふふ、6人も孫が見えるのを楽しめるのね!将来が楽しみだわ」
「?」
「子供なんか要らないなんて子じゃなくて、お母さん嬉しい……」
「は、はぁ……」
終始、こんなやり取りばかりであった。
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