54、アイリーン・ファン・レースト
「こ、これよりぃ……無観客試合で決闘を始めます」
「ヘナヘナですわね……」
「ぅぅ……。親にも頭グリグリされたことなかったのに……」
弱々しい悠久が情けなく頭を抑える。
彼女のこの姿を見れただけで、ギフト流出の件は水に流しているのだから我ながら甘ちゃんだと思う。
「詳細なルールはこっちで決めて良いか?」
「構わん。好きにしろ」
何もかも決定権が仮面側にあるのも理不尽なわけであり、数少ない俺が介入出来るところは介入させてもらう。
しかし、詳細なルールと言われても正直なんでも良かった。
どうしようか考えているとダメージを受けている悠久を支えているアリアの姿があった。
「よし、アリア」
「?」
「アイリーンなんとかさんを俺が圧勝するのと、ジワジワと追い詰めていく様。好きな方を選ばせてやるよ」
「そう。なら、アイリ。ジワジワと秀頼をなぶってあげなさい」
「承知」
「じゃあ、俺は圧勝させてもらうよ」
仮面の騎士がムッとしたようにこっちを振り向く。
仮面越しに、一瞬だけ凄まじい殺気を受けるが、怯まずにルールブックの悠久に向き合った。
「ルールは1回勝負だ。1回で決める」
「だ、大丈夫秀頼?1回勝負では君が不利な気はするけど」
「1回つってんだろ!」
「な、なんで私にだけ当たり強いの……」
「ギフトもなしで充分だ」
「だ、大丈夫なの秀頼!?」
「あぁ。それ以外は好きにして良い。純粋に剣で語り合おうじゃないか」
悠久が「わかりましたぁ!」と許可を出す。
仮面の騎士が「ギフトも縛って大丈夫か?」と仮面を外しながら聞いてくる。
「俺は自分のギフトが嫌いなんだよ」
「何をしてくるかはわからないがそれは楽しみだ。──アリアっ!」
ピッと仮面を投げ捨てると、アリアがキャッチする。
両手で仮面を握りながら「やりなさい、アイリ」と指示を出す。
「では、正々堂々と」
「あぁ」
織田よりは卑怯な手は使わない保証があるのは戦いやすいかもしれない。
竹刀を構えると「はじめっ!」と悠久の合図が武道館内に広がる。
俺も彼女も、防具類は一切なく、竹刀を握りながらにらみ合いの牽制からはじめる。
ルール無用の剣での殴り合いが始まった。
「…………」
「…………ッ!?」
無言で10秒ほどにらみ合うが、彼女の圧倒的な存在感に汗がにじみ出る。
星子のコピーとは違う、仮面という制約を外した彼女はただ目の前に立つだけでこちらを不安にさせる。
「どうした?不安な顔ではないか」
「不安?」
「もし貴様が負ければ、秘密裏にお前は処分される。そんな不安とプレッシャーを抱えながら私の目の前に立つお前を私は尊敬するよ」
「…………」
戦いになると誰もが性格が悪くなる。
言葉で俺の緊張を刺激してくる。
絶妙にプレッシャーをつつくような発言に耐えながら、振り切る。
「ふぅ……」
「戦士として相応しい目ではないか。では行こうか」
「来い」
「遅いっ!」
「ッ……!?」
瞬間、ガードした竹刀に激しい衝撃が走る。
手を離してしまいそうになるくらいに強烈な一撃に、歯を食い縛る。
初見殺しもいい加減にしろっての……!
星子との特訓でも5回はこの攻撃で竹刀を弾かれたり、顔面ぶっ叩かれたりして敗北している。
「よく耐えたわね。アイリのあの一撃で8割決着が付くのに」
「達裄さんに数年間しごかれている秀頼はこの程度では負けるはずないわ」
「よくあの後で味方面出来るわね……」
アリアと悠久の呑気な実況に耳を傾ける間もなく、2撃目の竹刀が縦に振り回される。
「そりゃあ」
「ぐっ……、なんなんだよ。マジでっ……」
金属バットで殴られているような感触に、竹刀がへし折られるんじゃないかという衝撃で手を離しそうになる。
振るう1撃が必殺技級なんて相手に出来るかよ……!
星子の練習では3回負けている。
「しっ!」
「ぐっ……」
6回負け。
「まだまだっ!」
「ぎっ……」
3回負け。
こと剣においては達裄さんと同等レベルかもしれない。
なんでこんな理不尽な奴と戦わなきゃいけないんだっ!
そんな何度後悔したのかわからない剣を4回ともガードする。
正直攻める隙すら与えてくれない。
「じり貧ね。もう心がへし折れているわね」
「いや」
「ん?」
「まだ、彼の得意技が1度も放たれてない」
「得意技?そんなのアイリの前に出す暇すらないだけなのでは?」
「いや、彼の剣は攻撃よりも護ることに特化した──」
アリアの幻滅するような声がする。
こんな周りが見えない試合は前世含めても始めてだ。
自分が始めて竹刀を握った時の、場違いな弱さっぷりに絶望した日が嫌でも重なる。
「正直、ここまで出来るとは思わなかった。だから、次で決める」
「!?」
「粉砕するっ!」
「…………」
彼女の大振りの竹刀が俺の脳天目掛けて放たれる。
星子と戦って14敗した敗因の一撃。
彼女の癖は理解していた。
4回攻撃の後に大振りの攻撃を放つ確率は8割。
必殺技にして、最大の隙に向かって竹刀を振り上げる。
勝ったと思った瞬間こそが最大の弱点。
「なっ……、んだと?」
「勝った」
アイリーンなんとかさんの竹刀を弾く。
ゴーストキング、織田といつも頼ってしまう巻き上げで今回も彼女の武器を手から離すことに大成功した。
生きた心地がしなかった……。
「ま、負けたのか?私が……?」
武道館の天井近くに竹刀が回転しながら舞っている。
もう取りに行くのも不可能だ。
俺が勝てるとすれば1回勝負にかけるしかなかったのだ。
対戦相手が力抜けたように脚が地面に着く。
俺は姑息なんだ。
昨日の夜だけで50回も戦った対戦相手に負けるはずがない。
ただ、それでも最後の1回しか勝つことが出来なかった。
49回はアイドルやってる実の妹にフルボッコにされたのだから。
ただ、1回だけでも勝つパターンが見えれば負けることはないんだ。
ごめんね、俺はアイリーンなんとかさん相手に51回目の戦いだったんだ。
「あ……?」
俺はヤバいと思い、焦りながら走り出した。
俺が空中に飛ばした竹刀がアリアの方向に向かって落ちてきていた。
「きゃっ!?」
アリアの小さい悲鳴が下から聞こえる。
それと同時にジャンプをしながら俺が巻き上げた竹刀をキャッチする。
着地と共に彼女の横に立っていた悠久の目の前に落ちた。
「あ、明智……君……?」
「ごめん。驚かせたね。周りに気を配ってなかった俺のミスだね」
「あ、ありがとう」
「う、うん……」
いや、ミスに謝られても……。
ちょっと複雑な心境であった。
「あ、明智君……。つ、強いね……。ラストの剣を打ち上げるところ……格好良かったよ」
「そ、そうかな……」
「誇りに思っていいよ!…………そ、それによろしく」
「?」
アリア様状態?
裏アリア状態?
アリアの気持ちがわからなくて、警戒する。
とにかく、どうにかこうにか生き残ることに成功したようだ。
「勝者、明智秀頼!」という悠久の勝鬨が狭い武道館に響き渡る。
よし、今日はもう帰ってスタヴァで宴する!
スタヴァの姉ちゃんに金貢ぎに行く!
「ま、まさか……。はじめてだ……。こんな敗北……。…………くっ、敗北したのに!敗北したのにこのドキドキはなんだ!?」
「武者震いでしょ。わかるわかる」
「いや、違う!このドキドキのときめきはなんだ、明智秀頼っ!?」
「いや、武者震いだよ」
アイリーンなんとかさんのドキドキは武者震いという感情ということを教育しておく。
そんなわけで、2度目の決闘はあっさりと幕を降ろすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます