55、近城悠久は帰らせる

「おめでとう、秀頼。見事にあなたはアイリを倒してみせた。見直したわ!」

「…………」


アリアが表面上は笑顔を浮かべて拍手で祝福する。

俺にストッキングを渡してくる腹黒女だ。

心の中では『アイリ倒しやがってこの野郎。このゴミクズゲス男をどうやって処理してやろうか』とか想像しているに違いない。

裏アリアの中身をよく知っている俺は騙されるはずもない。


「そうだ。見事だ、明智秀頼。お前の剣の腕前に痺れた。こんなに清々しい敗北はない。これからは良き仲として親しくなろうではないか。アイリーンなんとかとかわけのわからない呼び方はやめてアイリと呼んで欲しい」

「…………」


アイリーンなんとかさんは、アリアに預けた仮面を受け取りながらこちらに目を向けながら、優しく宣言をする。

初対面時には銃刀法違反のあるジャパンで堂々と刀を持ち歩きながら、ヤクザみたいなSPを引き連れていた女だ。

心の中では報復する機会を伺っているに違いない。

アイリーンなんとかさんの本性を覚えている俺は騙されるはずもない。

というかこの姉妹、怖すぎるよ……。


「うんうん。これが決闘のあるべき姿。互いが互いを認め合いながら成長しておくれ、我が生徒たちよ」


悠久は決闘の決着に感動しているが、余裕で生徒の情報を売り渡す女だ。

この3人の中で、消去法で1番信用出来る女が悠久なのが、またたちが悪いところだ。


「1つだけ教えてくれ……。何故お前は立ち上がれた?この状況で、どうやって勝利への活路を開けた……?」

「…………」


アイリ……ーンなんとかさんが、俺に近寄りながら口に出しにくい疑問を叩き付ける。

まともにやりあったら49連続で負けてましたとか口に出してしまいそうであったが、星子が変にロックオンされてスタチャの正体がバレるのも困るので、妹抜きで返答を考える。


「俺には戦いのために胸に秘めた5つの言葉があるんだ」

「ほぅ。興味深い。ぜひ、その5つを教えて欲しいものだ」

「昔見てた特撮からなんだけど」

「構わん」

「あんまり特定とかしないでね。恥ずかしいから」


コホンと、照れながらわざと咳き込む。

前世で見ていた大好きなテレビ番組の言葉の引用である。

こういうことは口に出すべきではないんだけど、女の人に求められたら男は口が軽くなるのだ。


「1、エマージェンシー。2、デカレンジャー。3、アクション。4、パーフェクト。5、Get On」

「デカレンジャーのOPじゃん……。しかも、それ私世代だし……」

「だから特定すんなっての」

「2番目にデカレンジャーってあるじゃん!」


外野の悠久に指摘されてしまった。

いつでも俺の心にデカレンジャーは存在するのである。

そんなやり取りをしていると、静観していたアリアの「クスクス」とした笑い声が聞こえてきて振り返る。


「決めた!秀頼、あなたをあたしの婿に決めました」

「む、婿……?え、その話マジなの……?」

「どうして?殺す気満々だったのだから、こっちの話も本気よ?」

「…………」


あれ?

絶対に『こんな男と結婚なんかするわけないでしょ!?バッカじゃないの?』という裏アリアから責められるものとばかり思っていたのに、なんか本気で話が動いていて真顔になる。


「ちょ、ちょっと待て!アリア!考え直せ!」

「どうしたのアイリ?」


アイリーンなんとかさんがアリアを静止させるように鋭い言葉を投げ掛ける。

こちらからも慌てているのが伝わってくる。

やはり、アリアに秀頼は相応しくないという待ったをかけるつもりで安心する。


「や、やっぱりアリアと庶民の結婚は私たちが許しても世間のバッシングが強くなるはずだ。仮にもお前は姫なのだ」


アリアと秀頼の結婚という異常さを解いてくれて安心する。

いや、原作のアリアとタケルも充分おかしいカップリングではあるが。


「そこで、丸く収めるために私の婿にこの男を迎える」

「…………は?ちょっと!?アイリ……ぃぃンなんとかさん!?」

「アイリで照れるなバカ者。アイリだ」

「と、年上の愛称を呼び捨てで呼ぶなんてそんな失礼なこと、俺には出来ないっすよ」


達裄さんみたいに自然にアイリなんて呼べないよ……。


「年上である教師の名前を呼び捨てで呼んでるクセにねぇ……」

「あ、悠久モバイル」

「とうとう壮大なる私の名前で弄りだしたわね……」


すぐ近くに失礼をしている年上がいたのを完全に忘却していた。


「私にはアリアとは違いこの国の継承権はない。これなら誰に咎められることもないだろう」

「待って、アイリ。なんで、あたしがアイリと秀頼の結婚を認めないといけないの!大体、秀頼は私の刻印を見たのにアイリに渡すのはおかしいわよ」

「アリアが着替えているのを止められなかったのだから私が責任を取る」

「それを言うなら着替えを見られてしまったあたしが責任を取るわ」


なんか俺という癌をめぐって姉妹喧嘩が勃発してしまった。

しかし、俺を姉か妹に押し付けるわけでもなく、何故姉も妹を俺を引き取ろうとしているのかがわからない。


「あんたモテモテね」

「モテモテなのか、これ?」


他人事の悠久が弄るように突っついてくる。


「というか、あんた俺のギフト知ってたんだな」

「ヨルちゃんに明智秀頼は気を付けろと釘を刺されていたし、織田君との決闘でギフトの実物見てたしね」

「よく、ヨルの話を聞いて俺と普通に接することが出来るな……」


狂犬ヨルのことだ。

明智秀頼の悪役っぷりを色付けて語ったに違いない。

本人にナイフを差し向ける程度には敵意があった相手である。


「生徒に対して、そんな差別的なことはしないわよ」

「そうか」


原作の悠久は秀頼のことが大嫌いな設定だったはずだ。

どんどんと原作の悠久とも剥離が浮き出てきてしまっている。

口元に指を置きながら、本来の彼女がどんな人だったのか思いだそうとするも、記憶にもやが掛かっている。

古い記憶過ぎて忘却しているところが多くなってきている。

転生したばかりのショタ頼君時代ならきちんと覚えていたのだろうけど……。

アリアたち姉妹はまだ何か2人で打ち合わせをしている。

見兼ねた悠久が『帰りなさい』とジェスチャーで伝えてくる。

申し訳ないと思いつつ、面倒ごとから逃げるように武道館を後にした。






─────





「いらっしゃいませ、明智さん!」

「こんにちは、スタヴァの姉ちゃん」


おっちょこちょいな天然娘でえくぼが似合うスタヴァの姉ちゃんがレジをしているスタヴァに来店した。

決闘の後始末を悠久に押し付けて、スタヴァ豪遊を決め込んだ俺は真っ先に行きつけのスタヴァに癒されに来た。

時間も時間で、かなり暇そうで客もまばらだった。


「なんか嬉しそうじゃない?」

「あ、わかりますか明智さん!」


スタヴァの姉ちゃんは親しみやすいニコニコ笑顔で口を開いた。


「このお店は私がバイトする前の評価が4.0だったんですけど、最近4.2になったんですよ。私のおかげじゃないかって店長に褒められました!」

「す、すげぇ……。もう天職じゃん!」

「いやぁ、照れますよー!もう!」


カフェオレにチョコケーキを受け取りながら、裏表のない笑顔に心が和やかになる。

なんか穢れがなくて安心する。

裏アリアはあれど、裏スタヴァの姉ちゃんは無さそうである。


「スタヴァの姉ちゃんが喫茶店作ったら通うなー」

「またまたー!」

「行きつけの喫茶店あるんだけど、スタヴァの姉ちゃんが店作ったら乗り換えるよ」

「もう!褒めることばっかり覚えて!いやぁ、でも店持ちたいなー。店持つの夢なんです!私の友達に学生で独立して占い師している子がいて憧れなんですよ」

「へぇ。凄い!友達関係多いんだね!」


そんなサーヤみたいな子がいるのか。


「友達多い女の子はイケメン彼氏いる率高いけど、スタヴァの姉ちゃんの彼氏もイケメンなのかなー」

「いませんったら!もう!でも、私の好きな人はイケメンで、よく店に通ってくれて、優しくて、褒めることばっかりしてくれて、友達多くて、よく私を笑顔にしてくれて、トラブル起こした時に助けてくれて、私がレジしている時だけやたら払いが良くて、年下なのに対等に話してくれて、ちょっぴり他の同僚より贔屓してくれる人なの!」

「へぇ……」


スタヴァの姉ちゃんに好きな人がいると断言されたのが軽いショックを受けた……。

もしかしたらそれがタケルが電車で見かけたスタヴァの姉ちゃんの彼氏かもしれない。

赤の他人(男)に対する甘すぎる惚気ほど聞きたくない話はない。

まだ俺を殺そうとするアリアたちの方が嫉妬しないだけマシかもしれない。


「じゃ、じゃあね……」

「なんでそんなにテンション下がってるんですか、明智さん!?明智さーん!?」


こんなテンション下がるなら、さっき決闘に負けて殺されてた方が良かったかも……、なんて考えさせられる出来事であった。

良くも悪くも、日常は続いていくのであった。

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