49、明智秀頼のブラフ

体育の授業が始まる鐘が鳴り響く。

俺は、授業に遅刻したことになる。

そんな鐘を聞き届けながら右腕を背中に持っていかれながら拘束され、力をグイグイとかけられる。

彼女は、おそらく最小の力で俺が反撃を加われない絶妙なツボを抑えられている。


「クフ、クフフフ。どうした?ここから脱出してみせろ」

「いつも無機質で無口な仮面の騎士様が今日はやたら喋るじゃねぇか……。反抗期でも……、終わったのかい」


身体をモゾモゾと動かしながら、拘束を引き剥がそうとするが全部返される。

ギフトを使うか?

いや、俺のギフトは人に簡単に目撃されるわけにはいかない。

スマホはブレザーのポケットの中。

体操服の俺は誰かに助けを呼ぶ手段すらない。

地味に電流が流れるようにして痛みが走る腕が苦しく、油汗が浮いてくる。

そんな姿を晒している中、コツコツコツと俺に向かって歩いてくる1人の足音が教室に響く。


「あーあ。結構君のこと気に入ってたんだけどな……。残念だなぁ……」

「…………」


ブラと下着姿のアリアが冷たく冷酷な流し目を向ける。

出たな、裏アリア……。

普段こそは誰からも慕われる聖母のような優しさと慈愛に満ちた表情を浮かべる。

しかし、その裏では人を見下したような本性を隠し持つミステリアスなヒロインとして主人公のタケルに関わってくるメインキャラクター。

ファンの間ではアリア様、裏アリアと区別されていたのである。


「おいおい、あんなに悲鳴を上げていたのに着替えなくて良いのかい?目の保養になりますよアリア様」


目のやり場に困る場面かもしれないが、合法的に腋や生脚を鑑賞出来る機会だ。

凝視しまくる。

めっちゃキレイな身体付きに、芸術作品のような素晴らしさがある。

しかし、胸だけがそんなに大きくないのが残念ポイントだ。


「別に。1度この刻印を見られたのだから、今更隠す必要もないでしょ。というか、ジロジロ見すぎ」

「アリア様秘密の刻印を見られた以上は始末するべき対象になった。悪く思うなよ、明智秀頼」

「クソッ……」


仮面の騎士が俺の耳元に囁く。

彼女の顔が近く、背中に胸の当たる感触がある。

女2人に冷たくされる。

…………第3者視点のマンガなら好きなシチュエーションなんだけど。


「ははっ……。はははははは!」

「あら?頭おかしくなっちゃった?」

「ふんっ」


アリアが怪訝そうな表情を浮かべ、仮面の騎士がより圧力をかけてくる。

ここはなりきるしかない。

悪役に。

頭をまわしながら何かが変わる手を放つ。


「このままにしても良いのか?俺は今から体育に向かう時にタケル、山本、ターザンと向かっていた。俺が来なくて不審になったらこっちに来てくれとお願いしている。アリア様の秘密がよりみんなに見られるなぁ!」

「…………」


当然、ブラフ!

無能なタケル、能天気な山本、よくわかんないターザンが教室に引き返すわけがない。

ただ、そういう可能性があるぞという脅しである。


「あと、指笛を鳴らせばゆりかとヨルが来る。そういうやり取りをしている。左手はまだ使えるんだぜ?」


当然、ブラフ!!

目の前で指笛を鳴らそうが『何やってるのだ師匠?』『わけわかんねー奴』とか2人に言われるだけだろうがな。


「あと、俺の叔父はヤクザだぞ。俺に何かあったらお前ら小娘相手に報復しに来るぞ!」


当然、ブラフ!!!

あいつは俺に何かあろうが興味ないがな。


「そうなの?」

「明智吉継、43歳。明智奈々の夫で、明智秀頼の叔父にあたります。現在は缶詰工場で交代制をしています。因みに顔はヤクザみたいに厳ついです」

「ヤクザじゃないじゃん!」

「顔はヤクザだよ!」

「ただ、幼少期に明智秀頼は引き取られた叔父に虐待を受けていたようです」

「そうなの?」

「あの……、絵美やタケルも知らない家庭事情を暴露しないで……」


というか、仮面さんがなんでそんなことまで調べてるの……?

いや、まだもう一手何か打てる!


「あと、俺が『敵は本能寺にあり!』と言った瞬間にお前らの家が燃える」


当然、ブラフ!!!!


「ダウト」

「痛い!」


仮面の騎士から顔面を教室の床に叩き付けられた。


「この男をどうするアリア?人が来られるのもまずいぞ」

「そうね。でもちょっとこの男を気に入ったかな」

「お、おい!?アリア……」

「?」


仮面の騎士がアリアを呼び捨てにしている?

そんなシーンは、原作にない。

それにアリアは当たり前の様子。

どういうことだ……?

筆記用具を取りに来ただけなのに、なんでこんな憂き目にあうのか……。

とりあえずハッタリのブラフが牽制の役割は果たしているらしい。

「来ちゃうなー、タケルとか来ちゃうなー。ゆりかとか指笛するとすぐに駆け付けるなー」と煽るだけ煽っておく。


「明智秀頼に言っておく。アリア様の身体に刻まれた刻印は、この国──ジャパンを継ぐ後継者の証。当然、赤の他人に見せるわけにはいかない秘匿な情報だ」

「…………」

「つまり、十文字らが教室に来られるのは非常に困る」


原作をやりこんだ以上、前世では秘匿な秘密を全国のギャルゲーマーに暴かれているのだから滑稽だな……、とゲームの情報を思い出す。

アリアはこの国の姫ということになる。

腹黒姫である。


「そして、その刻印を見せても良い対象は伴侶のみ。つまり、明智秀頼はアリア様の婚約者になるか、死ぬかの2択しかない」

「…………?」


え?

何その設定?

ライターの桜祭が明かしていない設定がポンと出るわけで、本気で俺の人生が詰んでいるのを痛感する。

なら、いっそ『命令支配』でこの2人の記憶を操作するか。

今日の出来事を忘れさせれば、俺のやらかしも消える。

わーい、大団円!


「因みに、明智秀頼のギフトの存在はこちらも把握している。『人に命令を下せる』ギフト。クズの極みみたいなギフトだな。記憶を消そうとした瞬間に首を飛ばす」

「す、す、す、す、するわけないじゃないっすか!?」

「めっちゃ動揺してるわね。可愛いわぁ、この男」


どこでそんな情報が漏れてる……?

おかしい、学校のデータでもギフト未覚醒で提出しているはずなのに……。

そんな俺の気なんか知らず、アリアがにたらぁと嗤いながら、俺の頬に右手の人差し指でツンと突っつく。


「あなたと将来、結婚してあげても良いわよ。あたしは国王に、あなたは王婿にしてあげても良いわよ……。クスクス。あなたを死ぬまで利用して、哀れんであげる」

「…………」


俺の頬にある人差し指でぐるぐるぐると渦巻き状に落書きを始める。

この女……、俺を下僕にする目で見下している。


「あたしがあなたのギフトをうまーく扱ってあげる」

「ぐっ……、このゲスがぁぁぁぁ!」

「自分の叔父をヤクザと言い張るあなたも十分ゲスでは?」

「すいませんでしたぁ!」

「論破されてて草」


アリアの抗議が至極まともであり、謝罪を申し立てた。

仮面の騎士は無口な演技は終わりとばかりに素でやりたい放題である。


「どうするアイリ?この男、消しとく?あたしと婚約させる?」

「私は始末する方に賛成だ。こんな男とアリアの婚約を認めるわけがない。……が、慈悲くらいはくれてやろう」

「慈悲……、だと?」

「私と決闘か、死か。選べ」

「…………」

「決闘を選べば、拘束を剥がす。死を選べば腕の骨を折る。……まぁ、決闘で負けたら殺すわけだが」

「…………」


だ、代理とかダメかなぁ?

勝てる自信はないけど、達裄さんかエニアなら仮面の騎士に圧倒出来ると思うんだよ。

「代理は……」「なし!」と、俺の目算は瞬殺された。


「わ、わかった。決闘だ!決闘をする!」


究極の二択を俺が選んだことで、仮面の騎士が「そうか……」と言って、俺から離れる。

……柔らかい胸の感触が離れていくのが残念でならなかった。


「個人的にも、貴様には昔から興味があった。決闘を受け入れてくれて楽しみが増えたぞ」

「む、昔から?だ、誰だよあんた!?」


やたら今日はベラベラ会話をしまくる無機質仮面の言葉に驚いていると、原作ですら外さなかった鉄壁の仮面に手を付ける。


「なに。3、4年ほど前だったか。私を助けてくれたではないか」

「なっ……!?」


仮面が剥がされ、アリアに投げるとそのまま彼女がキャッチする。

俺は仮面の騎士の公開された素顔の衝撃に声が出なかった。

長い金髪に、ラベンダー色の眼の強気な顔をした大人の女性が立っていた。


「あ、あんたは…………!?」


それは確かに、俺の記憶に刻まれている。


「…………誰だっけ?」

「…………」

「…………」


──記憶に刻まれていたが、名前が出てこなかった……。


「アイリーン・ファン・レーストだ」

「…………あ、アイリーンなんとかさん!?え!?なんで!?」

「アイリーン・ファン・レーストだ」


俺が達裄さんに弟子入りした動機になった人物が目の前に立っていた。

ってことは……、アイリーンなんとかさんって原作キャラクターだったの!?


「ちょ、ちょっと待って!?アリアの本名って……」

「アリア・ファン・レースト。アイリとは腹違いの姉妹よ」

「あ、アリアなんとかだったのか……」

「アリア・ファン・レースト!なんとかじゃないから!」


確かにアイリーンとアリアって似てる!

口から変な乾いた笑いが出る。

あ、アイリーンなんとかさんに俺が勝てるのか……?


「じゃあ、よろしくね秀頼。ウチのアイリとの決闘を楽しみにしているわ」

「そろそろ着替えては……」

「そうね」


アリアが体操着に着替える生着替えがすぐそこに繰り広げられている。

頭が真っ白になりながら、アリアの着替えを眺めていた。


「気の毒で哀れな秀頼に決闘の参加賞をあげるわ」

「うわっ!?」


アリアが呆然と立ち尽くす俺に何かを落とす。

落ちないように、その何かをキャッチするとざらざらとした肌触りの黒い布だ。

こ、これストッキング!?


「もしかしたら未来の嫁になるかもしれないあたしがさっきまで履いていたストッキングよ。これでやる気でも上げなさい」

「は、はぁ……」


ちょっと生暖かい温度が体温だと気付くと固まる。

もう、これは現実ではないのではないのかとすら考える。


「遅刻しちゃったわ。体育に行きましょうアイリ」

「あぁ。決闘については後から詳細を送る。では、また」


アリアから返された仮面を身に付けたアイリーンなんとかさんは騎士に戻る。

そのまま俺を一瞥もしないまま教室から立ち去った……。


「あと、ブラフ合戦は楽しかったぞ」

「っ……!?」


最後にアイリーンなんとかさんの忠告が届く。

全部見透かされていた……?

俺はずっと彼女に踊らされていたというのか……。


「ははっ……、はは」


今日は完全敗北じゃないか……。

決闘?

また、俺は決闘をしなくてはならない?

前回の悲惨な織田との決闘を回想しながら動く気にもなれずに床に足を付く。

ストッキングだけがこれが現実だったということを証明していた。

こんな物を誰にも見られるわけにもいかないので、俺は渋々と立ち上がり、自分の席に戻り体操着入れのカバンに突っ込む。

アリアが女子更衣室じゃなくて、1人になってまで教室で着替えていたんだなと納得してしまった。


「シャーペンを取りに来ただけなのに……」

「秀頼!お前何やってんだよ!?熱血基礎マッスル先生が呼びに来いってぶちギレてるぞ!」

「た、タケル……」

「お前、サボりするような奴じゃないんだから授業出るぞ」

「はい」


お前10分来るの遅いって……。

文句を言いたい衝動を堪えながら、決闘のことで頭がいっぱいになっていた。

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