48、泡沫の夢
「確かに、島咲さんとミドリちゃんで喧嘩とか衝突とかもあるかもしれない。でも、そんなの人間関係じゃ当たり前なんだから」
「そ、そうですね」
「辛いことがあったらいつでも相談に乗る。それに、最低でも部活メンバーは絶対に裏切らない。だから、そんな夢なんて忘れてしまえば良い」
「は、はい!」
「所詮、夢なんだから」
何故こうも連続で原作の夢が色々な人に行き渡るのか。
もしかしたら、俺が知らないだけで永遠ちゃんや三島とかヒロインたちもそんな夢を見ているのか?
わからない。
ただ、俺にはどうしても偶然とは思えない。
コーヒーを一口、一気に頬張る。
苦い味が口全体に広がり、モヤモヤして血が登った脳内をクールダウンさせる。
近くにいたスマホを淡々と使い続けるサラリーマンを視界に入れると、人の目があることを思い出させた。
「ありがとうございます……。本当に感謝しています……。私、どこかで起こり得る出来事と認識して胸が張り裂けそうでした。……でも、明智さんに否定された途端……うぅ……。ミドリ……、ミドリぃぃ……」
「ほら、泣かないで」
辛い気持ちよくわかるよ。
妹を失った島咲碧は、脱け殻みたいに明るさが消える。
助ける
俺だけがそれを泡沫の夢と理解出来る。
泣いている彼女の為にハンカチを取り出す。
「あ……」
これは1度、島咲さんに貸して返された青いハンカチだ。
他にも4枚はハンカチを所持しているのに、この柄のハンカチしか持っていないと勘違いされるのは恥ずかしいが仕方ない。
「島咲さん、使って」と不甲斐ない衝動に駆られながらハンカチを渡した。
「こ、これは……、ちがっ……」
「あ……」
絶対に『こいつハンカチもロクに買えない貧乏人』って思われた……!
違うんだよ!?
もっとおしゃれなハンカチがタンスには締まっているんだよ!と大声で叫びたくなるが、スタヴァの新人ちゃんたちの店員さんに迷惑がかかるので口がへの字になり圧し殺す。
もし、これがギャルゲーだったら好感度が爆下がりだろう……。
えっと、えっと……!
島咲さんが泣きながら黙ってハンカチを凝視しているこの状況が気まずすぎる。
穴があったら落ち着くまで掘り進めたい!と、チキンハートな童貞心臓はバクバクでビートを刻んでいた。
「う、運命だね!」
「…………」
達裄流女への言い訳ワードベスト10にランクインしている『運命』というワードを使ったが、より空気が気まずくなった。
女への言い訳ワードベスト10(イケメンに限る)過ぎて、死にたくなってきた……。
「う……運命ですね!」
「……」
痛い、痛い、痛い……。
フォローが痛すぎて、心臓が破裂しそうであった……。
しかも赤面のフォローである。
あまりにもやらかしてしまったようだ……。
「…………明智さんに言わないといけないことがあるんです」
「え?」
渋々ながら涙を拭うためにハンカチは受け取ってくれたようだ。
しかし、何を言われるのか……。
『運命とかマジきっしょ』とか『明智秀頼に生きる人権とかマジナッシング』とか暴言を下されるのだろうと身構えながら彼女の言葉を待つ。
俺が島咲さんの立場の頼子なら多分言ってた。
「このハンカチ……、私が買ったハンカチなんです……」
「…………?」
暴言じゃなくて、なんか変なカミングアウトをされた。
というか、なんのことだろう?
「こ、これ半年ぐらい前に買ったハンカチだよ?」
「いえ、そうではなくて……。明智さんからハンカチを借りた時に、記念品として欲しくなっちゃって新品を買ってあなたに渡したんです」
「…………」
そういえば凄いフカフカハンカチだったな。
高級柔軟剤の力ではなくて、単に新品の物とすり替えられていたのか……。
全然気付かなかった……。
「お、怒ってますよね!?ご、ごめんなさい!」
「え?全然怒ってないよ」
「…………ふぇ?」
「むしろ新品に変えてくれてありがとう。そんなに俺のハンカチが気に入ったんなら別に返さなくても文句言わなかっただろうし」
島咲さんがポカーンとした口で面くらっている。
三つ編みにしている髪を弄り、自分で自分の頬を引っ張る彼女。
「痛い……」と、また違う意味で涙目になった。
「可愛いなぁ」
「えっ!?そ、そんな可愛いなんて……」
謙遜しながら慌てて頭を下げる。
やっぱり原作ヒロインは可愛いなぁ、なんて思いながら紙ストローでコーヒーを吸った。
「明智さん……」
「ん?」
「好きですっ!付き合ってください!」
「んんんんんっ!?」
コーヒーを吹きだしそうになりながら口を抑えて、無理矢理飲み干した。
ゲホゲホとコーヒーが変なところに入っていた咳が出て、ナプキンで口元を拭く。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」と何度めになるのかわからない謝罪が聞こえてくる。
ま、周りに誰か見ていないかとか視線をキョロキョロする。
特に誰も気にしている素振りもないので、安心してまた1口コーヒーを飲んだ。
「つ、付き合っている人……いますか?」
「付き合っている人います……」
「え?いるんですか……?私は、恋愛対象になりませんか…………?」
めっちゃなります、彼女がいないのであれば即答していたと思う。
「…………その、恋人はいるんだけど。キスとか肉体関係は無しという条件で恋人が複数いて……。その、学校卒業までに本命を決めるという条件付きでの彼女がいるよ……」
「な、なら!私にもチャンスありますか!?」
「…………う、うん」
「なら、私も彼女になりたいです!」
「あ、ありがとう……」
た、ただでさえ楓さんが恋人になった時に騒然となったのに島咲さんも追加するとか胃が痛い……。
現状維持という、問題の投げっぱなしに島咲さんまで巻き込んでしまった。
「あ、ちょっ!?待って!ミドッ」
「秀頼ちゃん!」
「……ん!?」
突然島咲さんの姿が、幼い顔のミドリちゃんに変わる。
怒涛の展開に、頭が追い付かない……。
「お姉ちゃんと付き合うってことは、ミドリとも恋人ってことだよね!?」
「…………?」
「よろしく、秀頼ちゃん!ミドリも秀頼ちゃん大好きっ!」
「!?」
俺は実質2人の恋人を増やしてしまったのではないだろうか……。
喜ぶミドリちゃんは俺の手を握り続けた。
い、一応原作の島咲碧とミドリの別れという不幸は回避したのだ。
結果だけ見ればハッピーエンド!
絵美や円になんて説明しようかという地獄が頭に引っ掛かりながら島咲姉妹とのお出かけ──デートを楽しむのであった。
─────
いや、色々あった。
昨日の島咲さんの告白を誰にも相談出来ないまま、学校の授業を受けていた。
授業は、忘れたいことがある時に打ち込める最強の気分転換だね!
学校のカリキュラム承認してくれた悠久には感謝しかないよ。
そんなワクワク授業の中でも、頭を考えずに打ち込める体育の時間だ。
「今日はまた戦わせてもらうぜ」
「リベンジといこうぜ明智」
「死ぬ気で来い」
タケル、山本、ターザンの3人は前回の体育の授業内容であった体力テストの結果に納得してないらしく、今日も闘志の炎をメラメラ燃やしていた。
心を燃やせ、俺もまた殺意を研いでこの機会を待っていた。
3人でグラウンドに向かう為に廊下を歩いていると、ふと忘れ物に気付く。
「あ、やべ。筆記用具ないじゃん」
「おいおい、やべぇぞ明智。忘れると熱血基礎マッスルに熱血指導ツッパリされるぞ」
「熱血基礎は男女平等にツッパリするらしいからな」
「残念ながらターザンらはシャープペン1本しかない。貸し出しは不可能だ」
真の男女平等を吟う熱血基礎マッスル先生から相撲の技を喰らうくらいなら教室へ引き返すしか道は無さそうだ。
3人に先にグラウンドへ行っていくように促し、俺は身体を180度回転して廊下を引き返していく。
何人かが、一緒に体育を受ける男子とすれ違っていくことで遅刻の焦りがする。
「ふー、ヤバいヤバい。焦れ焦れ!」
教室が見えてきて、少し余裕が出てきた。
中の人からは(バカだなご主人)と笑われてしまっていた。
悪口ならいつでも聞いてやると軽口を叩いていると、無機質な仮面を被った長身な女がいたが目的とは一切関係なかったので教室の出入口に視線を向けた。
「筆記用具はー……、どこ!?」
「ま、待て明智秀頼!?」
「あぁ、ごめん。放課後なったら遊んであげるから後でね」
「いや、そうじゃなくて教室に──」
やたら慌てている珍しい仮面の騎士の姿が見えた。
しかも体操服というミスマッチな格好である。
いつかは仮面の騎士さんと遊んでみたかったが、体育の授業に遅れないようにするという意思が勝り教室のドアを開けた。
「俺の席は……えっと」
「うわっ!?あ、あ、明智君!?」
「…………え?え?ええっ!?な、なんでお前……!?」
女が小さい声で俺の名前を呼んだので振り返る。
そこには、ブレザーを脱いでまさに体操服を着ようとしていて上半身がブラ1枚になっているアリアの姿があった。
「…………」
アリアがほぼ裸の状態だ。
そして視界に広がる素晴らしい胸、腋、肌。
彼女の身体全体に何かの刻印らしきものが掘り込まれている。
美鈴の顔にあった嫌悪感を周りに撒き散らすようなおぞましい紋章ではなく、見るものを圧倒させるような存在感がある刻印だ。
あっ、これ……!?
『悲しみの連鎖を断ち切り』ファイナルシーズンのアリアの情報が脳内に流れてきた時だ。
「……がっ!?な、なに……?」
いきなり俺の首元に、床に叩き付けるような衝撃が走り、拘束される。
アリアが……?
違う、彼女にこんな強い力出せるはずがない。
こいつは……。
「仮面の騎士か……?」
「アリア様の秘密を見た以上、貴様は始末する。明智秀頼、残念だ……」
「こ、この野郎……」
これが俺の死亡フラグか!?
いやこんなルート、俺は知らない。
アリアの秘密。
仮面の騎士の攻撃。
動けない俺。
──最悪の事態が始まった。
†
第16章 セカンドプロローグ
1、セカンドプロローグ
ようやく追い付きました。
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