50、アリアの耳打ち

「はぁ……」


俺に死神の如く付きまとう死亡フラグがウォーミングアップをしながらジリジリと近付いて来ているのをひしひしと感じていた。

日常は続く。

俺のそんなセンチメンタルな気持ちなんかはお構い無しに授業は進む。

(今回は運が無かったな、大将)という中の人の慰めを受けながら燃え尽きたように机に突っ伏す。


「なっ!?授業大好き明智が勉強中に居眠りなんて!?うわぁぁぁ、僕の物理はなんて面白くないんだぁぁぁ!」

「石川先生!居眠りじゃないみたいです!」

「そもそも明智君寝てないよ!なんかやる気がないみたいです!」

「僕の物理はやる気出ないのかぁぁぁぁ!」

「…………」


騒がしい授業が遠く離れているように聞こえる。

多分そこに俺の居場所なんかなくて、みんなの日常だけが続いていくなんていう疎外感があった。

こんなに身が引き締まらない授業は初めてだった。

6時間目の物理が終わり、机と頬がくっついてしまった放課後。

タケル、絵美、円、ヨルの同じクラスの奴らが周りを囲っていた。


「秀頼君はどうしたの?体育でなんかあった?」

「あぁ。体育の授業を遅刻どころかサボりそうになったのが熱血基礎マッスル先生に咎められ、受け身なしでツッパリを受けてからこんな精気のない顔をしている」

「熱血基礎先生、体罰だね。秀頼君にそんなことして許せない!」

「あーあ、やっちゃったわね」

「悠久に報告してあの男子体育教師に罰を与えるようにあたしが進言しておくぜ」

「俺もあの先生のマジツッパリはどうかと憤慨したぜ」


4人が何やら怒っている雰囲気がする。

もしかして島咲さんとも付き合ったことと、決闘をもう1回することのどちらかを知ってしまったのかな。

正直人の会話が頭に入ってこなかった。


「あら、絵美にみんな。明智君の周りに集まってどうにかしたの?」

「あ、アリア」

「ッ……!?」


アリアの声に反応してガバッと顔を上げる。

クリーム色の美しい髪を揺らしたアリアと、金髪の無機質な仮面女が2人して絵美に近付いていた。


「どうした秀頼?アリアさんが何かしたのか?」

「い、いや。別に……」


タケルの疑問をぬらりとかわす。

ヨルが来た未来では、タケルと結ばれるアリアであるが、すんなりと交際していたし一体どうやったんだこいつ?

主人公補正というやつであろうか。


「なんか秀頼君、元気ないんだよね……」

「あら?大丈夫?」

「…………」


無言でアリアの問いに頷きまくる。

そして、チラッとアリアの脚に視線を送ると、午前中に履いていたストッキングが白い靴下に変わっている。

それに気付くとドキッとして、体操服の中身を頭に思い浮かべてしまい、アリアの顔を見ることが出来なくなる。

結果、机に視線を落として材木模様を見ながら興奮を冷ます努力をする。


「クックック……」

「こーら、仮面の騎士」

「す、すまん……」


その俺の心境を読み取ったように仮面の騎士は堪えきれない笑みを浮かべた。

咎めるご主人のアリアも地声よりやや高いトーンであり、こいつも内心爆笑していることを察する。


「珍しいな、仮面さんが笑ってる。そんな人間味あるんだな」

「あたしの騎士だって人間だもの。プライベートでは漫才やコントの動画とかよく視聴してるもの」

「そのキャラクターでお笑い好きなのか……」


ヨルが仮面の騎士の意外な一面に「へぇ……」と観察するような目で関心している。


「ところでヨルの気になっているところがあるのだけれど」

「お?どうしたアリア?」

「ヨルの胸にあるペンダントだけど」

「…………」


胸という単語が頭に入ってくる。

すると連想ゲームのようにアリアが身に付けていた水色と灰色の水玉模様がプリントされた下着がモヤモヤと頭に浮かべてしまう。

顔の体温が上がるのを感じて、口元に手を置いてニヤつきを隠す。


「そのペンダ──くふっ……」

「クフッ、クヒヒヒ」

「うわっ!?秀頼君、顔真っ赤だよ!?」


心配する絵美を他所に、アリアと仮面の騎士はツボに入ったように吹き出していた。

円も慌てながら「大丈夫!?」と大声を出してくるが、口元を抑えながら大丈夫とジェスチャーを送る。


「ちょ、ちょっと明智!?お前、アリアの言葉であたしの胸を想像したか!?」

「い、いやっ!?ち、違う……」

「でも、秀頼。お前、『胸』って単語に過剰に反応したよな」

「し、思春期だから」

「プフフフフ……」

「クスクスクス……」


サディスト姉妹が本気でツボに入ったようだ。

もう最悪だ……。

原作のアリア様は大好きだったのに、リアルアリアは俺とは色々と合わない人物なのが伝わってきた。

タケル目線で見るアリアと、秀頼おれ目線で見るアリアが違い過ぎる。


「あ、アリア様!か、帰る時間です」

「あら。せっかく楽しんでいたのに残念」


仮面の騎士が左腕に身に付けた高級そうな腕時計に目を向けると、退場の時間を次げる。

原作で描写されたアリアのプライベートの時間は、彼女が健気に努力をしたりジャパンの平和のために調律の役割をしている。

苦労人が故に不満を溜め込みまくった末、腹黒になったという背景を知ると見る目が変わる人物である。


「じゃあ絵美、円、ヨル、タケル、またね。あ、あと……」


ツンとオデコに彼女の人差し指が触れられる。

妖艶にニヤっと俺にだけ見える角度で微笑してみせた。


「君もね。思春期君」

「う、うん……」


指先から冷たい彼女の体温が流れてくる。

彼女の声がやたら脳内に反響し、脳を揺らされた衝撃が走る。


『あたしは君に期待してるから』

「……!?」


小さい声で俺に耳打ちをして、俺の横を遮った。

ハッとしながらアリアを振り返ると、絵美たちに「またねー」と明るい声で手を振っていた。

その隣を黙って仮面の騎士が護衛するように同じペースで歩いて廊下に消えていった。


「…………」


もっと素直に俺にアリアを嫌いにさせてくれねぇかな……。

飴と鞭の使い方に振り回されっぱなしだ。


「やっぱりアリアは素敵だよねー」

「まさにヒロイン属性モリモリ過ぎ」

「アリアさんの裏表ない態度が俺も憧れるな」

「お?なんだぁ、タケル?もしかしてアリアに興味津々かぁ?」

「ち、ちげぇし」


未来の父親を、煽るように肘で弄るヨル。

なんとなくヨルはタケルとアリアを結ばれるようにしたいのかな?なんて勘ぐる。

まぁ、それが正史だしね。

大人のタケルも、アリアに未練タラタラだった。


「あ!十文字君って女性にそんな反応するんだ!?」

「普段、どんな目で俺を見てんだよ!?」

「そりゃあ、ねぇ……」


絵美と円が俺とタケルを見比べながらニヤニヤしている。

「ち、ちげぇから!」と、やけにタケルがムキになっている。


「でも、さっきのアリアは女のわたしもドキドキしちゃった」

「わかるー」

「ちょっと真似したくなっちゃった」


絵美がきゃっきゃっしながらアリアに熱を上げている。

なんやかんや絵美はアリアと意気投合しているのだ。

前世の豊臣光秀に『絵美とアリアは仲良しだぞ』と教えても、『嘘付け』と言いながら淡白な態度をしていただろう。


「君もね。思春期君」

「え、絵美ちゃん……?」


絵美がアリアを真似しながら、俺の額に優しく触ってきた。

彼女の表情と、左目下にある泣き黒子のおかげなのかいつもより大人びて見える。


「あははは!秀頼君をいつもと違う角度で見れて新鮮!」

「か、勘弁してくれ……」


ドキドキで心臓が止まりそうなくらいに緊張したのであった。

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