33、サーヤはスカウトする

「はぁぁぁ……、最近なんか人生が上手くいかねぇ……」

「ははは!そんな時もあるよ」


悠久のお叱りと愚痴のダブルコンボから一夜明けて、俺はマスターの店でコーヒーをすすっていた。

それを抜きにしても、こないだ風邪をひくなど悪いこと続き。

そんな気分が低浮上ではあるが、相変わらず人はまばらなのだけれど落ち着くという空間においてはちょうど良い。

ミャクドナルドやスタヴァはちょっと人が多すぎる。

ガラッガラな店で、暇暇星人なマスターと雑談する時間が楽しいのである。


「僕も人生が上手くいかないって時期があったよ」

「そうなん?」

「そうそう。店を閉店させてサラリーマンになろうとした時とかね。若い頃はいっぱいそんな苦労があったわけさ」

「はははは!なんじゃそりゃ?マスターがサラリーマンなったらマスターマンだよ」

「いや、意味わかんないから」


初耳なマスターのサラリーマン転向事件とか詳細を深く聞いてみたいものである。

「詳しく!」と詳細を喋らせようとしたが、「秀頼君だから言えない」と拒否された。

これは酒飲める年になったらガンガン酒飲ませて、酔っ払わせて聞き出すしかなさそうである。


「佐山さんだって店を閉店させようって時あるよね?」

「常にね」

「じゃあ閉めちまえよ」


偶然居合わせたのはピンクのドリルという目立つ以外の感想しかない佐山ゆり子という売れない占い師であった。

通称・サーヤはとあるゲームのラスボスで人を爆殺させようとする危険人物ではあるのだが、現在は記憶喪失をしており変なお姉さんと化している。


「趣味でやってるようなガラガラな店なのよ。だからノープロブレム」

「まぁ、サーヤがそう言うなら」

「あなたが高校卒業したら妾の店に雇われなさい愚民」

「やったじゃん!秀頼君にスカウトだよ」

「ちょっ!?俺、『暗黒真珠佐山』で進路確定なの!?」

「確定です」


冗談なのか、ガチなのか。

サーヤはコーヒーを飲みながら「従業員ゲット」と呟く。

マスターは「おめでとう」とニコニコ笑顔で拍手で祝福する。


「この愚民には占いの才能がある。それに筋肉質。スカウトしない理由がない」

「おい、筋肉フェチ!後者が理由だろ」

「聞いてマスター!この明智君の筋肉はまるで性器なの!」

「性器って店で大声で言わないで!娘に下ネタは聞かれたくない」

「ムッツリスケベが!」


因みに、娘が居ない場ではかなりオープンな人なマスター。

説得力は皆無だった。


「でもそうか。秀頼君の筋肉は性器なんだ……」

「何ちょっと引いてんだよ!?そんなんじゃないから!」

「さ、触って良い?」

「ダメ」


ヨダレを滴しながら、指をくねくねさせて息を『はあはあ』と荒げるサーヤの頼みを無下に断った。

ある意味では、最強である達裄さんやエニア並みに恐ろしい何かを彼女から察知してしまう。


「おっと、そろそろ千夏との約束時間ね。危ない危ない、遅刻する前に行かないと」

「サーヤの彼女?」

「フレンズ!てか妾にはレズ趣味はない!」


サーヤが俺に激しい突っ込みをしながら、レジに立つ。

「おつりは要らないわ」とお金を支払うが、「100円足りないよ」とマスターに注意される。

謝りながら財布から100円玉を取り出してそのまま店を出た。

結局おつりなんか発生しないらしい。


「まったく……、佐山さんは騒がしい人だね」

「面白いよね、あの占い師の人」

「しゃべるぶんにはね」


俺とマスターでサーヤを褒めていた。

中々あのタイプのユニークさを持っている人はいない。

大学生で暇があるとよく友達を連れてこの喫茶店に来るらしい。

…………そういえば千夏って聞いたことあるけど、誰だっけ?

よくラインで見る名前のような気がする。

誰だ?

ス、ス、…………ス?


「いやはや。筋肉があるなんて羨ましいね。最近僕は運動不足なのを痛感して、よく息切れ起こすのに」

「なに、年取ったおっさんみたいなこと言ってんのさ」

「もうおっさんなんだよ」


千夏さんが誰だったのかを思い返していたのだが、マスターの運動不足な話題を振られてしまい、そちらに脳内リソースを使うことになる。


「そういや、マスターと出会って5、6年くらいか?」

「長いような、まだそれくらいしか経ってないのか……。微妙なラインだよ」

「5年前と比べて5歳くらい老けたんじゃないか?」

「順当じゃん」


マスターが苦笑いを浮かべる。

家のおばさんや叔父と比べるとまだまだ若いっての。

それで俺と同い年の娘がいるんだから。


「何!?マスターは運動不足でおっさんなのか!?」

「うんうん。そうなの」


俺とマスターでのんびりとした雑談に混ざるかのように、プライベート空間のある階段から咲夜がズカズカ走るようにやってきた。

私服に着替えていた咲夜は、先ほどまでサーヤが座っていた席に腰かける。


「マスターには老けてもらいたくないものだ。ウチの世話が終わるまでは生きてもらわなくちゃいけないから」

「娘なんだから僕より長生きはして!?なんで咲夜より僕が長生きしないといけないのさ!?どう思うよ秀頼君!?」

「じゃあ、同時に死ねば良いんじゃね?」

「流石秀頼!それだ!」

「『それだ!』じゃないの!秀頼君も余計なことを吹きこまないで」


俺の提案は咲夜にはどはまりしたらしいが、マスターからは叱られる結果になる。

やれやれとマスターは困った顔をしながら、咲夜にもコーヒーを煎れて渡していた。


「大人の運動不足はプールが良いってこないだネットで見たな」

「あー、そういえば中学の時にマスターをプールに連れて行ったことあったな。久し振りに全員でプール行くか?」

「君たちの言う全員はあの頃より膨らんでいるだろ……。流石に僕にはもう混ざる勇気はないかなぁ……」


行きたくない言い訳にしか聞こえなかったが、確かにまたみんなでプール行くのも楽しいかもしれないな。

あの頃よりも成長したみんなの腋も見てみたい。


コーヒーを飲みながら、そんなもう少し後である夏に思いを馳せるのであった……。

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