28、来栖由美の鼓音
「あー……、なんか豊臣君の近くにいると落ち着く……」
来栖さんが俺の腕に抱き付き、頬擦りをしながらにへらぁとした顔で呟く。
そういえば来栖さんってこんな顔で笑うっけ。
可愛くて彼女の頭を撫で撫でと触る。
「そんなに俺の近くは落ち着くかい?」
「うん!心臓がドキドキドキドキしてポワポワする」
「そっか。どれどれ?」
来栖さんのお腹の近くに耳を立てる。
彼女の心臓の鼓音が聞こえないかとちょっとした好奇心からだった。
──ドキドキッッ!
──ドギドギドギドギドギドギドギドギドギドギドギドギ!
──ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!ドキッ!
「大丈夫!?落ち着く鼓音なのこれ!?死にかけみたいに早くて凄まじい勢いがあるよ!?」
「ポワポワぁ……」
「目を覚まして来栖さん!?」
来栖さん化した円の身体を揺すっていると、ピクッと動き覚醒する。
どうやら復活したようで一安心である。
「あ、危ない危ない……。精神が由美化していて身体まで病弱な由美になってたかも!?」
「んなバカな……」
相変わらず来栖さんはユニークなギャグで和ませてくれる。
表情もコロコロ変わり見ていて飽きない。
「と、とりあえず死にかけるから円に戻る!」
「う、うん」
ブルーシートから起きて、シワになったスカートを叩きながら伸ばす。
その後、髪をくしゃと弄り前髪もいじってこちらに振り返る。
「あら、明智君じゃない。無様に屋上で寝そべってバカみたい」
「この円はちょっと戻り過ぎじゃない!?津軽時代だよ!?」
「年表みたいに言わないでよ。というか、なんでブルーシートなんか準備してるのよ?」
「あぁ、今度みんなで花見でも行く機会があったら役立つかなって」
「学校にブルーシートを持ち込んでいる理由には一切なってないけどね」
「ははは。おもしろっ!」
「なんの笑い?」
円の指摘に確かにブルーシート持ち込む理由ないじゃんと気付いたのである。
まあ、あるならええやんと上半身を起こし、円に隣に座るように促すとスカートを広がらないようにしながら座った。
「最近、原作のヒロインに会ったりしてる?」
「ヨル、理沙、三島、美月、永遠ちゃん!みんな会ってる!」
「そういうことじゃなくてセカンドヒロインよ!」
「あぁ、詠美とはクラス一緒だから会話はあんまりないけど会ってはいる。赤坂乙葉は去年1回会ったっきり。島咲碧は熱出る前に会った。五月雨茜は面識ないかな」
「結構会ってるのね」
「お前はセカンドだと誰推し?」
「詠美かな」
「へぇ」
なんか予想の斜め上の返答であった。
一応ゲームの展開はざっくりしか覚えていない円に対し、一通りの資料は渡してあるので情報は共有している。
「因みにセカンドヒロインってファイナルシーズンルートに行くと誰が亡くなるんだっけ?」
「乙葉と茜だね。あと、碧のギフトで現れるミドリも消滅するんだったかな」
「相変わらず死人出過ぎじゃない?」
「と言われても……。ファーストだって三島遥香も亡くなるし、こんなもんよ」
ヒロインではない絵美も出番が無くなるわけである。
「次は誰攻略してるのかしら?」
「攻略なんてしてません。俺はシナリオからフェードアウトするからタケルにお任せしてまーす」
「本当に?また新しい恋人増えない?」
「あるわけないよー」
もう誰ともフラグを立てていない。
むしろファーストシーズンがちょっと狂っただけである。
「そっ。なら近況報告終わり」
円はそう言って、手を叩く。
俺たち2人の原作作戦会議も話すことがなくなりつつある。
「あっけちくぅん!なら、デートしよっ!デート!」
「う、うん」
「今日は2人でデートしよっ!さっ、ブルーシート片付けよ!」
「はいはい。片付けますよ」
円を立たせて、ブルーシートを折り畳んでいく。
今日は良い日だ。
カバンを持ち歩きながら、2人で屋上を後にさたのであった。
─────
「こっち、こっち!明智君っ!」
「うんうん。はしゃがないはしゃがない」
学校を出てから、円は目を輝かせて俺に呼び掛ける。
ただ2人のデートでこんなに喜んでくれると彼氏冥利に尽きる。
校門から離れ、左腕に抱き着いた円と並びながら電車に乗り換えて、街の方へ繰り出す。
別に目的なんかなくても、ただブラブラっと歩くだけで目的は達している。
ただ、前世では実現出来なかったことをたくさんやり遂げたい。
「とりあえずあのデパートでも行こっか!」
「あぁ!前にみんなで行ったデパートだね」
いつぞやに水着を買うためにみんなで足を運んだデパートを指して円が行こうと誘う。
彼女に引っ張られながら、そのデパートに入店する。
入り口付近に置かれた服屋とかバッグ屋などは眼中にないらしく、そのまま奥へ歩いていく。
「服も良いんだけど、私熱くなっちゃうからなー。引かれるのも嫌だし、今日はスルーで」
「そっか……」
俺が彼女に対し、引くとかはないんだけど、そういう普段からキャラクターががらっと変わる場面とか見てみたいだけにちょっと残念。
円の色々な表情を見なかった……。
「あ!シュークリームあるよ!俺、シュークリーム好きなんだよ、食べよ」
「私もシュークリーム好きぃぃ。似た者同社ぃぃぃ」
「お互いシュークリーム好きなのは奇跡だね!ならシュークリームにしよう!」
出来立ての本格的シュークリームを売りにしているテナントに入ると、シュークリーム売りの姉ちゃんが出迎える。
「いらっしゃいませ…………。って、明智君に津軽さん!お久し振りですね!」
「あ!楓さんのお友達の!」
「灰原さん!シュークリーム屋でバイトしているんですね!」
楓さんらとはじめて出会ったバトルホテルの肝だめしの時に出会った灰原ノアさんが俺たちを出迎えてくれた。
『灰になる君へ』というホラーゲームの主人公であり、メインヒロインである。
その白髪のポニーテールは、まさにシュークリーム屋さんをするために生まれてきたといっても過言ではないくらいに輝いている。
「お2人でデートですか?楓ちゃんやみんなが嫉妬しないか気を付けないとダメですよ」
「……はい」
クスクスとからかうように灰原さんの優しい忠告をしてくる。
普段のがさつなヨル・ヒルというメインヒロインと比べるとまさに正統派!
スタヴァの姉ちゃん並みの存在感である。
「うっ……。や、やっぱり眩しい……。陽キャヒロインオーラが私を浄化させる」
そして、初対面時と同じく灰原ノアの顔を見ただけで謎のダメージを受ける円であった。
「どっちかと言うと陰キャ寄りなんだけどなぁ……」
「お、乙女ゲームとかしますか?」
「円……、君は何を聞いてんだよ」
「するする」
「えっ!?意外!」
「えっ!?するの!?」
「だから陰キャ寄りなんだってば……。最近はソシャゲの『イケメン戦国』にはまり中」
灰原ノアの謎の乙女ゲーマー設定が出てきて、『人は意外な趣味を持っているもんだ……』と驚愕してしまう。
あんな百合っぽいホラーゲー主人公らしくない設定である。
「い、『イケメン戦国』!私も大好きです!だ、誰推しですか!?」
「豊臣秀頼推し!」
「ど、同士!」
「千姫になりたい者同士だったとは!な、仲良くしよう円さん!」
推しが同じらしく、レジ越しで熱いオタクのリスペクト精神が詰まった握手が行われた。
よくわからないが拍手だけでもしておこう。
「でも、全然ガチャ当たらないですよ……。父親の猿ばっかり出てくる」
「あー、猿要らないよね。あるある」
「やっぱり茶々の血をひいた豊臣秀頼様が至高」
「儚き美少女の茶々も良いよねー」
「リアル歴史ではモンペ女をあんなに美化出来る『イケメン戦国』は神ね!」
ソシャゲあるあるまで語り合う仲になっていた。
豊臣秀吉を猿って呼ぶなよ……。
イケメン戦国を知らない俺ですら誰だかわかるわ……。
「あの灰原さん……。注文良いですか?」
「あっ!ごめんね明智君!どうぞどうぞ!」
「俺はクッキーカスタードシュークリーム」
「じゃあ、私はこの期間限定の沖縄パインシュークリームで」
「申し訳ありません。沖縄パインシュークリームは売り切れなんですよ……」
「えー、残念……。じゃあ私もクッキーカスタードシュークリームで」
「かしこまりました!ごめんね、最近やたらお客さん多くて……。普段は売り切れにならないんだけど、私がレジに立つとお客さんバンバン来ちゃうっていう呪いが発生してるんだよね……」
紙袋にシュークリームを詰めながら影のある渇いた笑みを浮かべた。
呪いというよりそれは主人公補正では……?
「いや、灰原さん立ってたら買うわ」
「ふふっ、ありがとう」
円の一言の感想をお世辞と認識した灰原さんが紙袋を差し出した。
円が受け取りながら、俺が財布からお金を出して支払う。
円も出そうとするが、「別にいい」と制止させてレシートを受け取った。
「また来てねー!」とシュークリーム屋の屋台から灰原さんが手を振る。
距離が開いても、存在感と輝きが感じられ、メインヒロイン補正をひしひしと感じた。
「まさか灰原さんがシュークリーム屋の姉ちゃんになってたなんてね……。驚いちゃったね明智君」
「シュークリーム屋の姉ちゃんって……」
どんな呼称だよと円のアダナに苦笑しながらフードコーナーの席を陣取り、紙袋からシュークリームを取り出した。
「うーん!美味しい!」
「うめぇなぁ。やっぱりスーパーのと全然違うよな!」
「クリームがトロトロぉ……。期間限定のパインも食べてみたかったなぁ」
「また来ようよ」
「行く!明智君とならどこにでも。たとえ、地獄でも、来世でも追いかけるよ!」
「っっっ!……うん!ありがとう!」
滅茶苦茶な理論だとしても、円のそんな決意が嬉しくなり、クリームの甘さが倍増した……。
「…………っ!?」
「明智君、顔赤い!照れてる!」
「う、うぜぇな……」
火照った顔がしばらく収まらない。
そんな締まらないデートになるのであった。
†
『戦国イケメン』についてはこちらを参照。
第16章 セカンドプロローグ
16、深森美鈴は距離を縮めたい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます