21、山本大悟は勝負したい

島咲碧からハンカチを返してもらった次の数学の授業を終えて、昼前の体育の授業が始まった。

新学期すぐの体育って体力テストばっかりで面白くないんだよなぁ……。


50メートル走、走り幅跳び、長座体前屈、20メートルシャトルラン、握力検査、反復横飛び……。

つ、つまんねぇ……。


体力テストの用紙とにらめっこをしながら、手が震えていた。


サッカーとか、フットサルしてぇ……。

やる気が起きなく、退屈な体育の授業は数回続きそうである。

俺以外のクラスメートも、一緒に授業を受けている隣のクラスメートもみんなが嫌そうな顔で体力テストの用紙にテンションが下がっている。


「露骨に嫌な顔をするなぁお前らぁ!ワイルドな人間になるには基礎が大事!筋肉には基礎が大事!ウサイン・ボルトになるには基礎が大事!熱血基礎マッスルだ!」


体育の担当である熱血基礎マッスル先生は暑苦しく生徒に教育を叩き込む。

『えー』と男子のほとんどから否定の言葉が上がる。


「先生!」

「どうした!?川本!?」


今年、隣のクラスになってしまった剣道部の川本武蔵は熱血基礎マッスル先生に意見するように挙手をする。


「俺はボルトより、もこみちになりたいっす!」

「もこみちになりたいのならば基礎が大事!熱血基礎マッスルだ!」


ボディービルダーのようなポージングをしながら熱血基礎マッスル先生は川本武蔵に説く。


「ギフトアカデミーの生徒はギフトに頼る癖がある軟弱者ばかり……。嘆かわしい。33対4で惨敗するウチの野球部を見るのは先生悲しい」

「なんでや!野球部関係ないやろ!」

「そうだ!そうだ!弱いのは去年の先輩であり、俺たちは弱くねぇぞ!」

「マッスル引っ込めー!」


授業を受けている野球部連中からヘイトを買った熱血基礎マッスル先生は大ブーイングを受けていた。

因みに熱血基礎が名字であり、マッスルが名前である。


「軟弱者がっ!ギフトアカデミーには熱血が足りん!基礎が足りん!マッスルが足りん!だから悠久学園長から男子体育を任されたのが私だ!先生はリーフチャイルドの為なら12時間だってペンライトを振り続けられる筋肉がある!さぁ、体力テストだ!動け若人よ!ギフトに頼らないで一人前の恐れを知らない戦士のように振る舞うのだ!」

「いえ、恐れを知らない戦士ではなく俺らは男子校生です……」


誰かがぼそっと先生に突っ込んだ。

我が第5ギフトアカデミーの男子連中はみんなこの教師から体育を学ぶことになっているらしい。


「では、ルール無用の体力テスト開始だ!散れっ、テスト開始ぃぃぃぃぃ!」


ウチの学校の教師陣の半分は変人である。

因みに悠久は「マッスル暑苦しくてちょっと……」と苦手なタイプらしいのをポロッとヨルに漏らしたことがあるとかなんとか……。


「よし、明智。久し振りにガチ勝負をしようじゃないか!」

「ま、マイケル山本!?」

「山本だよ。マイケル言うな。ていうか、お前からマイケル習ったんだよ」


ギフト非所持者であるサッカー部体育会系代表、山本大悟は珍しく俺に戦いを挑んできた。


「ちょ、待てよ」

「十文字?」

「俺もガチ勝負混ぜろよ」

「大丈夫っしょ」


いつものバカ3人が合流し、体力テストの勝負をすることになる。

普段駄弁っているだけなので、こうやって競い合うというのも珍しい。

最初は無難に50メートル走から測ろうと決めて、グランドの端へ移動する。


「てか4人同時に走ってるな」

「そうだな」

「1人足りねぇな」


他の生徒が50メートル走を全力疾走しているのを見学して、このメンバーでは1人足りないことに気付いた。

「近く通りかかった奴スカウトするしかねぇな」と山本が気合いの入ったことを宣言するが、誰が好き好んで次期サッカー部部長予定と体力テストをするんだよという客観的な意見をぐっと堪えた。


そうして、また1グループが走り込んだ時であった。





「どうやらオコマリのヨーダナ」

「お、お前っ!?ターザン!?」

「ターザン!?」

「ターザン!?」


俺とタケルも会話したことがなかったクラスメートのターザンからこちらに声をかけてきた。

山本はいつかにターザンと知り合ったらしく、彼が仲裁に入っていた。


「面白そうだ。ターザンも混ぜろヨ」

「は?」


どうやら自分から体力テストの対戦に名乗りを上げたのであった。

俺が織田と決闘をしていた際、鹿野と戦っていたことを聞いたが、かなり強いとのこと。

なんでそんなおっかない奴と体力テストをすることになるのか……。


「ハーフデッドゲーム、織田家康との決闘。……ターザンは常々明智とガチ勝負をシテみたかった。良い機会なり」

「ハーフ……、何?」


わけわからんカタカナの単語には触れないでおいた。

ひぃぃ、ターザンはグラサンかけてるしヤクザみたいに見た目が怖いから積極的に絡まなかったのにどうして目を付けられてんだろ……?


叔父みたいな体格をしているし、ちょっと姿が似ているので結構敬遠していたところはある。

いや、人は見かけで判断してはいけない。

同じ年齢だ。

きっと大丈夫さ。


そう思いながら4人横並びで位置に付く。





「おい、見ろよ!明智先生とマイケル山本とワイルドターザンと十文字が同時に走るってよぉ!」

「うぉぉぉぉ!?5組の3英雄と凡人の十文字とかこいつらで50メートル走とかこれはどうなるんだよぉぉぉ!」

「道を開けろ!今日はスペシャルだ!スタチャのコンサート並みに注目なハイレベルな戦争が始まるぞ!」

「俺は明智先生にスタヴァのコーヒーを賭ける!」

「マイケルにジュース5本!」

「俺はターザンにカレーパン3個だ!」

「僕は大穴狙いで十文字君に消しゴム1個賭けます!」

「お前ら、騒ぐな!順番、順番!先生はターザンにプロテイン2キロだ!」

「ちょ!?マッスル先生!?割り込まないでくださいよ!?俺は明智にヒャーゲンダッツのリッチミルクを賭ける!負けんじゃねぇぞ明智ぃ!」


周囲がなんかすげぇざわつきだした……。

先生まで混ざって賭けが始まったようである。

どうせなら俺もそっちのギャラリーでいたかった……。


「あ、とりあえず君たち4人はまだ走る準備が出来ていないらしいので後ろの川本らから走らせるよ」

「は、はぁ……」


審判を引き受けていた体育委員の人から頭を下げられる。

俺たちの走る準備はとっくに出来ているのだが、周囲がそれをさせてくれないらしく、後ろに控えていた川本武蔵らのグループらから走らせていた。


「ふふーん。面白そうな話を聞かせてもらいましたわマッスル先生」

「ゆ、悠久学園長!?」

「壮大なわたくしがこんなこと、見過ごすわけがありませんわ!」


流石に生徒の徒競走をショーにしているのを注意しに来たのか、悠久がグランドに来ていた。

ようやく騒ぎが収まるなと、ほっと一安心だ。














「わたくしは壮大に明智君にロレックスの腕時計を賭けますわ!」

「うぉぉぉ!?悠久先生すげぇぇぇ!」

「一生着いていきます!UQ先生!」

「明智先生がUQからの指示を得たぁぁぁ!山本、ターザン人気も高い!十文字は!?十文字は大穴だぞぉ!」


俺と山本のガチ勝負をするだけが、無茶苦茶な大騒ぎになってしまったのであった……。


ふと何しに来たのかわからない悠久を見る。

すると彼女と目が合い、数秒間見つめ合う。

口がなんか動き出した。






『た・つ・ゆ・き・さ・ん・の・で・し・な・ら・か・て・る・よ・ね?』


あ、ただの脅迫だ……。

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