星空の下

 真夜中を過ぎた頃、ふたりは終電に乗って自宅の最寄り駅まで向かった。その間一言も話すことはなく、ミズキは先ほどまで見ていた青い光の美しい光景を脳裏に焼きつけ物思いに耽っていた。

 秀哉はどこか落ち着きなく、暗くて何も見えない窓の外や特に目新しくもない吊り広告など、視線をせわしなく動かしていた。


 下車してもお互いに距離を保ち、家路を重い足取りで歩いていく。

 足を止めたミズキに気づき、秀哉はうつむくミズキの顔を覗きこんだ。


「どうした?」


「……まだ家に帰りたくないな、って」


「何で?」


「特に理由はなくて。ただ、帰りたくないだけ」


「帰りたくなるまで付き合うよ」


 ふたりが向かったのは、近所の公園。小学生の秀哉がまぶしいくらいの光を見たと言ってふたりで空を眺めていた場所だ。

 柵の近くにベンチが置かれていて、自販機で買った飲み物を手に腰かけた。あの日と変わらない町並みが広がり、穏やかな海までもが見えた。


「ありがとう、秀哉。付き合わせてごめんね」


「いいよ、俺も帰ったところで寝るだけだし」


 それより、と秀哉は言って話を続ける。


「家に帰りたくないのは、この町を出ていきたくないからなんじゃないのか?」


「……どうして?」


「外国に行きたくないって顔にはっきり書いてある。幼なじみなんだからそれくらいお見通しだ」


 秀哉はミズキの目を見つめたまま言った。ミズキの瞳は揺れて顔を背ける。そうしていないと、秀哉に心の内を全て見透かされそうだったからだ。本当はここにいたいという気持ちと、渦巻く数々の思いの全てを。


「行くなよ」


 ぶっきらぼうに秀哉が呟く。その言葉は、ふたりの間を吹くそよ風にかき消されるほどのか弱さはなく、荒れ狂う風の中をも貫くほどの強さがあった。


 驚きのあまり、ミズキは秀哉の顔を見ていた。秀哉はミズキの瞳を真正面にとらえている。双眸は真剣で、ミズキは思わず口をつぐんでしまう。


「行くな」


 今度は耳に入るどの音よりも強い声音だった。


「何言って――」


「この町を出たら、もう二度と会えないような気がするんだ」


「でも、私に決定権はない。もう決まったことで……」


 膝の上にのせた手に力が入り、わなわなと震え始めた。その手を、秀哉の大きい手が触れる。あまりの温かさに驚いたが、強く握られることを拒めなかった。

 向き直って見た秀哉の顔は、真剣さはそのままだったが強張って落ち着きがない。何度か深く呼吸をしてから、口を開いた。


「俺達は未成年だし、決定権はないかもしれない。でも、選ぶ権利くらいあってもいいはずだ。行きたくないなら行かなくてもいい。俺は、ミズキに後悔してほしくない。もし、外国に行きたくないなら、俺と一緒に逃げよう。誰も俺たちのことを知らない町まで逃げるんだ」


「どうしてそこまで……」


「俺はミズキのことが好きだ」


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