ホタル

 ミズキと交流のあった友達やお世話になった教師、先輩や後輩と思い出話に花を咲かせていると、教室の窓から見える空の色が変わりはじめていた。


 手紙や色紙を鞄につめ校舎を後にする。もうここに戻ることはない。実感が沸いてくると、突如襲う寂しさに目頭が熱くなってきた。


 しかし、目の前に秀哉が現れて振ったであろう炭酸飲料のふたを開けて盛大にこぼしているのを目にした途端に、感動すら薄れて涙が引っ込んでしまった。


「待ちくたびれたぞ」


 半分ほどになってしまった炭酸飲料を残念そうに見ながら、秀哉はミズキに言った。


「お別れを言いあっていたんだからしかたないでしょ」


「早く行くぞ。海がいつ光るか分からないからな。日が沈んだ直後かもしれないし」


「じゃあ、早く行かないと」


 太陽は傾き、光を弱めて西の空へ沈む軌道へ入っている。どこに行くのか知らないが、日没まで時間がない。


 早足で進む秀哉の後方、ミズキはその背中を追いかけていく。

 既視感がある。小学三年生の夏、今と同じ季節のことだ。



 友達が、ホタルを捕まえたと自慢げに話していたので、ミズキに秀哉、他七人ほどの集団でその友達の家に押し寄せた。

 部屋を暗くし、取っ払ったカーテンを皆でかぶって、ホタルの入っている虫かごから光が漏れるのを今か今かと待ち望んだ。

 しかし、ホタルは光ることはなく、虫かごの隅の方ですでに動かなくなっていた。


 ホタルの光を見れずにうなだれるミズキの前を、秀哉は大股で歩いていく。当時はミズキよりも頭ひとつ分小さく細身だったが、今の秀哉の背中は大きくて広い。風に揺れる柔らかな髪は変わらないが、まくった夏服のワイシャツの袖からのぞく腕は頼りがいがあるほどたくましい。


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