鍛冶のコロッセオ

カズサノスケ

第1話

「鍛冶のコロッセオ決勝戦。1人目は職人歴24年の名人、領主様に仕える騎士

  全ての武具を一手に請け負う工房の主にして鋼の申し子との異名を轟かす

  ボルドー!」


司会者の紹介が終わると、肌が赤銅色に焼けた大男が右手で鉄槌を頭上に掲げて

観客席からわいた歓声に応える。その様子を眺めながらオイラは使い慣れた革の

手袋を両手に装着して一つ深く呼吸する。


「続いては、今回初挑戦ながら決勝まで勝ち残った新星。領内の北の端にある

 デバルス村からはるばるやって来た鍛治少年マクシード!」


どっとわく歓声が背中に当たり押し上げられるかの様に舞台へ進む。予選を突破

して決勝トーナメントに入ってから何回か経験したものの中々慣れずに緊張感

だけが増してしまう。田舎の小さな村から来た者にはまぶし過ぎる舞台だ。


「決勝戦のお題となる冒険者はこの方です!」


この大会では対戦ごとにお題として冒険者が現れた。単純に強い武器や硬い防具を

造ればいいのではなく、実際に使う者がより欲しくなる物を造らないと勝利者に

選ばれない。トーナメントでは徐々に高位の冒険者が登場した様に思えた。


(疾風はやての剣士?それとも堅牢けんろうな重装騎士が来るかな?)


その冒険者はちょっとビクビクした様子で控えていた。司会者に呼ばれて舞台に

上がろうとした時、段差でつまずいて思いっきり転んだ…。脱げてしまった三角

帽子を被り直して杖を握った女性。と、言うかまだ少女に見える。


「みっ、皆さんこんにちは。魔術師見習いのメルトーナと申します。レベルは

 1です。まだ冒険に出た事はありませんけど、魔力は大きく成長する見込みが

 あると師匠に言われるほど魔法は得意です。よろしくお願いします!」


(完全に予想外れたー!でも、こっちの方が面白いかも!!)


「制限時間は3時間、メルトーナさんがより装備したくなる品を造った方の勝ち

 とします。決勝戦始め!」


司会者は柄の長い鉄槌を取り出して地面に置かれた鉄の塊に向かって叩きつける。

鉄同士がぶつかり合う音が会場に響き渡る、勝負が始まった。


この大会では武具造りに使う基本的な資材は全て用意してくれる。凄いのは

周辺に特殊な魔法がかけられているらしく、本来なら何日もかかる武具造りを

大幅に速められる事だ。


ボルドーさんは早くもに資材を放り込んではふいごを使って炎の温度を上げていく。

手慣れた職人の無駄のない動き、同じ道を遅れて進む者として思わず見とれてしまう。


「さすが名人は鉄槌のいいリズムを刻む、師匠みたいだなー。オイラにはまだ

 ああいう音が出せないんだよなー。」


こちらも資材を選んでで溶かして鍛練に取り掛かる。司会者は造られるものの

おおよその見当がついたらしい。観客席に向かって説明を始める。


「ボルドーさんが打っているのは短剣の様です。腕力面に不安のある魔術師に

 とって最良の選択かもしれません。そしてマクシードくんですが、なんと長剣

 です!これはどういう事でしょう?」

「血迷ったか小僧!?魔術師に長剣なんて絶対にあり得ねー、鍛治をなめている

 としたら俺は許さんぞ。」


鍛えている物を打ち付ける鉄槌の動きをとめる事なく、ボルドーさんが睨めつけ

てくる。確かに魔術師の装備としては変な物を造っているのかもしれない。考え

が間違っているのかもしれない。でも、余計な事を考えるのをやめにして無心で

長剣を鍛える。



砂時計を気にしていた司会者が再び鉄槌で鉄の塊を打ち付ける、それが制限時間

いっぱいの合図だ。まずはボルドーさんの短剣から審査が始まる。


「いかつい見た目の割には軽くて扱いやすそうですね。何か特殊な効果は

 付いているんですか?」

「鋼の短剣には3つ付与した。切りつけた魔物から魔力を奪い取る【MP吸収】、

 パーティの中で魔物の攻撃対象になりづらくなる【庇護】。そして【異常刃】は

 刃先に毒や睡眠剤などを塗ったのと同じ効果を生む。柄を付け替える事で効果を

 変えられる仕組みだ!」


もうボルドーの勝ちじゃないのか、観客席からその様な言葉が飛ばされ始める。

さすがは名人と呼ばれる人の仕事、魔術師の戦闘立ち回りで有利に働きそうな

効果がコンパクトにまとまっている。メルトーナさんは目を輝かせながら短剣を

構えて使い勝手を調べている。


「色々出来てとても便利そうですね!でも、使いこなせるかな~。私なんかには

 もったいない気もします。」


続いてオイラの銅の長剣が審査される番だ。きっと剣を手にするのは初めてに

違いない、彼女は柄を握ると恐る恐ると言った様子で引き抜く。一応、それら

しく構えて見せたのだが腰が引けてどこか不恰好だ。


「これで精一杯です。とても振り回して戦えそうにないです…。」

「小僧!何か特殊効果は付けたのだろ!?早く説明しろ!!」


ボルドーさんが今にも頭頂から噴火してもおかしくない様子で詰め寄ってきた。


「そういうのは発動しないかな。」

「何だとっ!?魔物の前面に魔術師を立たせてただの長剣を使わせるのは死ねと

 言うのも同じだぞ。小僧、ふざけるのもいい加減にしろ!!」

「実はこれ剣じゃないんだ。だから振り回す必要はないっ!」


会場にどよめきが起こる。こいつは一体何を言っているのだろう?全ての人達

からそんな視線を向けられた気がする。オイラは長剣の様に見える装備の使い方

を説明する。


「剣に見えるのは自身の魔力を吸い出す道具で、吸わせた状態で鞘に収めると

 中に魔力を溜め込む事が出来るんだ。これを繰り返せば今の最大MP以上に予備の

 MPを蓄えて持ち運べる。MPが必要な時に柄を握って鞘から少しだけ抜けば、

 足りない分だけ体にMPが戻る仕組み。」

「なんだとぉ!?」

「だから、これに充分に溜め続けてから初めて冒険に出れば普通の5倍くらいは

 MPを多く抱えた状態で戦える。魔力充填器とでも呼べばいいかな?」


ボルドーさんはしばらく黙り込んでしまった。メルトーナさんは早速使い方を

試す、柄を掴んで詠唱すると刀身が青白く輝き始める。鞘に収めて再び抜くと

輝きは消えていたが、魔術師の彼女はちゃんとMP移動を感じ取ることが出来た

様子だ。その会心の笑みを見てボルドーさんが再び口を開いた。


「小僧、何故にその様なものを造った!?」

「彼女が1回も冒険に出た事がない初心者だからかな。魔物との初戦はとても

 緊張しているはず、そんな時一番頼れるのって自分が最も得意なものなんじゃ

 ないかなーと。メルトーナさん、体術は全然ダメなんじゃ?」

「はい、足がもつれて転んじゃいます。私が出来るのは魔法だけです!」

「でも、どんなに得意で消費量の少ない初級魔法だとしても、レベル1のMPでは

 数発分にしかならない。ところが数十発分の予備があるとしたら?」

「はいっ!バカスカ撃ちまくって総合火力を最上位魔法1発分出せるかもです。

 パーティに入れたら即キレキレのアタッカーですけど、入れなくとも当分は

 ソロでいけそうですね!!」


メルトーナさんの顔が笑みに満たされているのを見て、ふと師匠の言葉が頭に

浮かぶ。装備品は鍛えて磨き終わっても完成していない、使う人の顔に笑みの

灯った瞬間が出来上がりだ、と。その瞬間にボルドーさんと目が合った。

きっと似た様な言葉が頭の中を巡っている。


「こ、小僧。一体どうやって鍛治を学んだ!?」

「オイラの村は土地が荒れてる上に魔物がよく出るから無茶苦茶な注文が来る。

 作業中に魔物に襲われてもすぐに戦えるよう、すきくわを強化して戦闘用の

 特殊効果を付ける。戦える農具ってなかなか大変だけど毎日そんなのばかり

 造っていただけだよ。」

「そもそも鍛え方が違うのか…。俺の鍛治人生24年間は何だったんだーー!?」


ボルドーさんは大口は開けたわなわなと震え始めると両膝から地面に落ちて、

そのまま動かなくなってしまった…。そして、メルトーナさんがオイラの品を

選んでくれたところで大会は終わった。優勝商品らしい銀製の小さな領主像を

もらったけど後で溶かして何かにしよう、趣味が悪すぎる。



宿で荷物を整理してから街を出ようとした時、門の前にメルトーナさんと意識を

取り戻したボルドーさんがいた。


「小僧!いや、少年よ。俺は騎士たちの装備を大量生産する様になって大事な

 ものを見失っていたかもしれん。使う者はそれぞれ違う人間だ、装備も生き物

 のつもりで扱うという基本を思い出した。感謝する!」

「マクシードさん、私にぴったりの素敵過ぎる装備をありがとうございます!

 一生大事にさせて頂きますね。」


たまたま趣味の悪い銀の像が目に入る。これと同じだ、彼女にとってそれは

すぐにいらなくなるもののはず。


「んー。それは序盤のちょっとしか役に立たないから、もし弟子が出来たら譲って

 やるといいよ。」

「えっ?MPをストック出来るなら高位魔法を使える様なレベルになっても出番が

 ありそうですけど。」

「壊れた時に初心者の稼ぎでも直せる様に安い銅にしちゃったからさー。レベルが

 低い頃のMP5倍分くらいまでしか鞘の容量がないんだよねー。」

「がっはっはっ!いいじゃねーか。メルトーナちゃんから弟子へ、そのまた

 弟子へ受け継いでいく宝にすればいい。いつか大賢者メルトーナの長剣と

 呼ばれる日が来るかもしれんぞ!」

「んー。だから、ただの銅製の道具でしかないんだって。」



こうして、とある領内で開かれた鍛治のコロッセオ決勝戦の日は暮れていった。

それは大陸全土の各地で開かれる地方大会のほんの一つ、帝都で行われる帝国

決勝トーナメントの幕開けとなるものでしかなかった。

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鍛冶のコロッセオ カズサノスケ @oniwaban

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