【11】第1話 : 伏見12年・ウイスキー〈1〉

「ヤマザキ~! 出てコイ! ヤブ医者~!」

 午前中から、我が診療所はサワがしい。

「ちょ! ちょっと…ローハイドさん! 先生は今、患者さんを診察中なので困ります!」

 ルージュが、彼をサトしている様子だが、全くオサまりが着かない。

「キサマは、ヤブ医者どころか、ボッタクリ医者かぁっ!」

 そろそろ、ローハイドさんが来る頃だと思っていたが…

 ─こんなにも早々の来院とは…。

 俺は、いったん診察の手を止めて、受付へと足を運んだ。

 すると、待合室から小さな受付窓口いっぱいに顔を突き出し、口から炎を吹き出さんばかりに怒鳴っている。

随分ズイブンと、興奮気味コウフンギミの御様子で…ローハイドさん。お待ち申し上げておりました」

 丁寧テイネイ挨拶アイサツを返した。

「なっ! 何のツモリだ! この治療費の請求書わぁ! 2000:GOLDなんて、とんでもなく高額じゃないかっ! ボッタクリ医者め! ウッタえてやるからな!」

 もはや、小窓ごと壁をぶち破りそうな剣幕ケンマクだ。

「まあまあ、落ち着いて聞いて下さい。ローハイドさん…。 そもそも、治療費は診察した医師が、独自に決められるのを御存知ですよね」

「そんな事は、ワシだって知っておる! しかしだなぁ! この治療費の金額は、いくら何でも高すぎ…」

 と、彼が言いかけた所を、俺が手で制した。

「もちろん、患者さんに、御納得ゴナットクが行く様に説明させて頂きます」

「では…聞こうじゃないかっ! そのボッタクリ医者の説明とやらを!」



 俺は、当然と言った態度で話し出す。

「まずは、先日の緊急手術費に1000:GOLDを頂きます。 エデン皇国でも指折り企業の会長さんの命が、この程度の端金ハシタガネとは、イササ拍子抜ヒョウシヌけの気がしますが、決して高くは無いと思います」

「フン! それが妥当ダトウな金額だとしても、後の、1000:GOLDは何だ! つじつまが合わないじゃないかっ!」

 太い首が窮屈キュウクツそうに、小窓の中をれ動く。

「後の1000:GOLDは、特許料トッキョリョウですよ」

「ナニ? 特許料だぁ! 何で、キサマなんかにワシが、そんな大金を払わなくてはならんのだ!」

 赤く大きな目が、ギロリとニラむ。

「ローハイドさん。貴方アナタは、2週間程前に、ノース・ビレッジのゴブリン・フジに登頂したサイ、その井戸の白濁ハクダクした水を飲まれていますね」

「ああ…確かに。何でキサマが、その事を…」

 自分は、キサブローさんの主治医である事をげる。

 加えて、スデに彼から、ローハイドさんとの浅からぬエンを聞きオヨんでいるとも率直に伝えた。

「他でも無い、キサブローさんが話したのならカマわない…彼が語った事は全て事実だ」

 そう言いハナったローハイドさんから、気まずそうな気配は少しも感じ取れない。

 むしろ、その事実をホコりともトラえ、堂々たる態度だ。

「また、その登頂の帰りギワに、村に群生しているショクされたとか…?」

「そっそうだ…! だが、その二つの行為コウイが、特許トッキョと、どんな関係があるんだ!」

 彼は苛立イラダチちのあまり、怒鳴ドナった。

「問題はそこなんですよ!

 ローハイドさん!」

 俺は、順を追って説明する。



 まず、白濁ハクダクした水を、俺が映像解析エイゾウカイセキした結果、三日月型の赤色菌セキショクキン検出ケンシュツした事を伝える。

「それは…つ…つまり…『R-1:35-O酵母菌コウボキン』という訳かぁ…」

「ええ。どうやら、ゴブリン・フジ頂上の井戸の底に生息する、特有のキンの様です」

 その菌の大きな特徴トクチョウは、井戸の湧き水に混入コンニュウする硫黄成分を栄養源エイヨウゲンとする。そのタメカタパシから水を分解し、無毒化してしまう。

 と同時に、水は白く混濁コンダクし、ほのかなハナつのだった。

「元、旦那ダンナさんであるさんは、伏見フシミ12年・ウイスキーを醸造するに当たって、この菌を熱心に調査されていたに違いありません」

「なるほど…。

 だが…もう一つ、ウイスキー醸造ジョウゾウに欠かせない『酵素菌コウソキン』の存在がイマナゾだ」

「ええ。その菌が今回、御請求ゴセイキユマウした特許料と関係しています」

 ローハイドさんがショクしたとされる村の麦を持ち帰ると、これも同様に映像解析エイゾウカイセキをした結果。

 俺が予想した通り、麦の実から青色セイショクした、星形ホシガタの酵菌を発見する。

「何だと! 硫黄が混入コンニュウした水から酵母菌。はたまた、硫黄に汚染オセンされた村の麦から酵素菌が検出されるとは…」

 ウイスキー醸造の研究者で有り、専門家であれば尚更ナオサラ、毒物である硫黄が混入した物から、これら二つの菌が発見されるとは、努々ユメユメ思わないはずである。

「と言う事は…ワシの体の中で…」

流石サスガに、おサッしがヨロしい様で、ローハイドさん!」

 俺は事前に、この二つの菌に臨床リンショウ検査を済ませてある。

 麦から検出された酵菌は、村の土壌ドジョウに生息する、これまた特有の菌で有る事が分かった。その酵素菌が、根っ子から吸収され、実の中に貯蔵チョゾウされるのだ。

 本来は、麦の中の硫黄が邪魔ジャマし、活性化をしないのだが、先の酵母菌とかけ合わせる事で、初めて硫黄が分解され、麦の酵素菌が活動し始める。

 これによって、酵素菌が麦のデンプン質を糖質に変化させ、続けて酵母菌が、その糖分をアルコールへと発酵ハッコウさせる。

 この酵母菌も、先の酵素菌が変化させた、糖質だけにしか反応しない。

 この二つの菌はマレな、男女のカップルの様な物だ。

 それだけに、この菌の組み合わせを発見する事が、困難コンナンな理由の一つに成っていた。

「私も手術時に、ローハイドさんから摘出テキシュツした物からタダヨう香りに、気づくベキだったと反省しています」

 つまり、ローハイドさんの胃の中で、このカップル菌は、偶然グウゼンにも出逢デアい、アルコールを誕生タンジョウさせていた訳である。

 もっとも、胃を七つ持つ牛眷族ウシケンゾクで有る彼だからこそ、起きてしまった事故であり、普通のモンスターが同じ行為コウイをしても麦の毒性が強いタメ嘔吐オウト下痢ゲリで、直ぐに体外に排出ハイシュツされてしまう。

 彼は自身の七つの胃を通し、一週間、時間をけ、アルコールを発酵ハッコウさせていた原因により、アナフィラキシー・ショックを起こしてしまったのだった。

「つまり、皮肉ヒニクにも、ローハイドさんの第七牛腑ダイナナキュウフの中で、探し求めていた伏見フシミ12年・ウイスキーのが出来上がっていた訳です」

「ワシの胃から、アルコールが摘出テキシュツされた話は、本当だったのかぁ…」

 彼は、自身の腹をゆっくりマサグった。





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