【08】第1話 : ノース・ビレッジ〈3〉

『プシュー! プシュッ! プシュッ!』

 トナリの建物から、ハゲしく蒸気ジョウキの吹き出す音がする。

「あぁ…に使う赤兎セキトの葉っぱが、そろそろイブされた様だねぇ!」

 サンゴさんが、ワシの驚いた表情を見て、笑いながら説明する。

 しばらくすると、赤兎セキトの香りが、鼻腔ビクウを優しくでた。

亭主テイシュのフシミは、そもそも細菌サイキン学者でね、お酒造りにはかせない、酵素菌コウソキンだの酵母菌コウボキンだのを研究してたんだよ」

「じゃあ…サンゴさんも、そのスジの研究者だっただか?」

「イヤァ…アタシの前職は、幼稚園ヨウチエンの先生なもんだから、全くの畑違ハタケチガいでさぁ…あのヒトに先立たれてからは、ウイスキー造りに随分ズイブンと苦労したもんさぁ…」

 彼女は天井をアオぎ、大きくめ息を付く。

「フシミが残していったものは、スデけ込んでいた、この五つのウイスキーダルと、山の様に積まれた研究ノートだけさっ! 金目カネメの物は一つも、置いていかなかったんだ! まったく…気の利かない亭主だよ!」

 と本気で愚痴グチってみせた。

「それに…ウイスキーは、最低でも10年、ゆっくりと熟成ジュクセイさせないといけないからねぇ…これから先は、無収入で借金生活さっ!

 って言う事は…貧乏ビンボウも、ご丁寧テイネイに残してっちまった訳だ!」

 このアッケラカンとした言い草には、ワシも、顔を見合わせ笑ってしもうた。

「もっとも…アタシのお腹に、ルージュを残してくれたのが、何より有難アリガタ土産ミヤゲだったよ…」

 今日初めて、お会いしたサンゴさんじゃったが、古い友達の様に、打ち解けた時間を過ごせて大満足じゃった。

「ローハイドさんさえ良ければ、毎日おいでよ! 内のは、オッパイの吸いが悪くてね、その分、胸が張ってしまって、痛くてしょうが無いんだ。シルクちゃんは、元気よくオッパイを飲んくれるから、アタシも助かるのさぁ!」

「あぁ…そんな風に言って頂けると、私も御好意に甘えさせて頂き、娘とウカガう事が出来ます。ありがとうございます!」

 その日から、ローハイドさん親子は毎日、授乳ジュニュウの為に通う事となっただ。

 おタガいに、伴侶ハンリョくしたばかりで、遠慮エンリョウ気味じゃったが、男女の愛情を確認するには、そう長くはからなかった様じゃ。

 半年程すると、二人から結婚の報告があっただ。

 それを聞いたワシも、大変喜んだ記憶がある。

 ─本当にウレしかっただ。

 ワシは、結婚式の当日、ゴールド・ヒルズの頂上に在る、セント・スワン大聖堂に招待ショウタイされた。

 少し早めに、待合室で席に着いていた所に、少し大きめなんじゃろうか? 胸が広くいたウエディングドレスを、両手でさえながら、の女性が入って来た。

 ─とても綺麗キレイ新婦シンプさんじゃった。

「あぁ…イケナイ! 部屋を間違えましただ!

 ごめん下さいませ」

 ワシが、アワてて部屋を出ようとすると

「なぁに言ってるのさっ! キサブローさん!

 アタシだよ! サンゴだよ! 」

「えぇ…確かに…はサンゴさんじゃけんども…こりゃあいったい…?」

「キサブローさんもびっくりしたでしょう! 私も、初めての時は、オドロきました! 」

 彼女の後ろから、燕尾服エンビフクを着た、笑顔のローハイドさんが現れた。

 彼の胸には、まだ寝ている二人の娘が、大事にカカえられていただ。

「アタシ達、ウィザードリーの女性は、12歳頃から、月に一回、一週間程を掛けて脱皮するんだよ…。この期間は、肌はウスく、チロくなってしまって、オマケにチカラ人間並ニンゲンナみに低下でしょう…。娘を抱いているだけで息が上がってしまうのさぁ。全く仕事にも成らないから弱っちまうよう」

「彼女の月一の脱皮が昨晩サクバンに始まったタメに、準備しておいたドレスはブカブカに成ってしまい、急遽キュウキョ、知人に借りて来たワケなんです」

 あくびを、大きくした娘達が、次々に泣き出した。

「おぉう…眠り姫が、お目覚めじゃあ!」

 サンゴさんがシルクちゃんを、ローハイドさんがルージュちゃんを、あやしている。

 ─夫婦共に、分けヘダて無く、娘を愛しているんじゃなぁ。

 式が始まると、ワシとサンゴさんが、娘達を抱いて待つ新郎シンロウに向かい、バージンロードを歩いただ。

 夫妻の意向イコウで、村の代表としてワシだけが列席しているタメ静寂セイジャクとしてオゴソかな空気が、二人の結婚を祝福していた。

 何よりも新郎新婦の幸せそうな表情が、強く印象に残ったんじゃ…。

 それからのローハイドさんは、ワシの勝手な言いブンじゃが、彼の人生で一番幸せで、オダやかな日々を送っていたんじゃなかろうか…。

 決して豊かな生活では無かったはずじゃが、清貧セイヒンの中に、互いに思いやり、イツクシしみ合う姿は、村の誰もがウラヤむほど、仲の良い夫婦じゃった。



 ─しかし、そんな幸せなローハイド一家にも、暗雲アンウンが立ちこむ。

 結婚して数年がったコロの話じゃ。

 自社のウィスキーが熟成ジュクセイし、販売出来るまで、当面の生活費を銀行から借用していた彼等カレラじゃったが、何と、その銀行が、事も有ろうに悪徳不動産会社、G・Gファミリーに、債権サイケンを高値で売り渡してしもうただ。

 つまり、借金の相手が、銀行からG・Gファミリーに移ってしまったという事なんじゃ。

 どうやら、ヤツ2社の目的は、ノース・ビレッジに、硫黄温泉イオウオンセンき出ている事を確認したタメ、半年前から互いに協力し、地上げによる土地買収をしていたんじゃ。

 土地が安い今の内に、村民ソンミンタタき出し、ここに一大温泉リゾート地を建設する魂胆コンタンなのだ。

 ローハイド一家にも、魔の手がびる。

 ヤツは違法な手口で、借金返済日をり上げ、連日、執拗シツヨウ催促サイソクを始めた。

『借金を全額返済出来なければ、土地を代償ダイショウとして支払い、即刻ソッコク、この村を引き払う様に』

 と一方的にセマり、一夜の内に、彼等を村から追い出してしもうた。

 ワシが事のてんまつを聞いたのは、数日経スウジツタってからであり、手をくしたが、ローハイド一家の行方は、それから何年も分からずじまいじゃった。

 あれから10年は、過ぎたんじゃなかろうか…。一通の手紙がワシに届いた。

 送り主は、ローハイドさん。

 久しぶり、是非ゼヒとも再会いたいとの内容。

 ウレしさとナツかしさを胸に、後日、指定された『ウエスト・キングダム』駅に着くと、ワシを出迎えたのは、大きな高級車と礼儀正しい執事シツジじゃった。

 30分、車にられ『ローハイド家』とキザまれた家の門をクグルると 、そこからサラに、1時間はかったはずじゃ…立派リッパ御殿ゴテンに到着した。

 玄関前の階段には、二人の娘達とローハイドさんが、笑顔で待っていただ。

「わぁ~! オジ様~!」

「キサブロー、おじ様~!」

 シルクとルージュが、勢い良く飛び付いて来た。

「可愛い、おジョウさんに成ったもんじゃぁ…二人共、イクつになっただ?」

「私達! 16歳に成りました!」

 利発そうなルージュが、お姉さんらしくハツラツと答える。

「もう! お姉ちゃんズルイ! アタシが、答えようとしたのに…。 オジ様! 今日はゆっくりと、成されるのでしょう? お話ししたい事が沢山あるの!」

 シルクが、割って入る。

「じゃが…二人共、当時は、まだ小さかったから、ワシの事は多くは覚えておらんじゃろうて?」

「何を、おっしゃるの! キサブローおじ様は、私達姉妹には、特別な方でしたわ。とっても優しくて、いつも気に掛けて下さっていてくれたもの! 忘れる訳がありません! ねえ! シルク!」

「本当よ! 村を離れた後も、お姉ちゃんと、ノース・ビレッジに居た時の話をするタビに、オジ様に会いたいって、お互い泣いていたもの…」

「そうか…そうか…この老いぼれのワシに、まだそんな風にウレしい事を言ってくれるんじゃなぁ…有難アリガタいのう…。分かった、今日は、ゆっくりと、お話を聞かせて頂くよ」

「そらそら、ルージュ! シルク! もる話は、後にして、乗馬の稽古ケイコに行って来なさい! 時間に遅れるぞ! キサブローさんは、逃げたりしないのだから!」

 ローハイドさんの言葉に、背中を押された娘達は、名残惜ナゴリオしそうに、車に乗り込んだ。

「お久しぶりです。キサブローさん…。本当に、お会いしたかったです。遠い所、ご足労ありがとうございます。どうぞ家の中へ」

 彼が、礼儀正しく手をかざしてウナガす。

「こちらこそ、長い間、お会いしたかっただ…。本日は、おマネきにあずかって、大変嬉しく思っておりますじゃ」

 そう互いに再会をみしめると、重厚ジュウコウな石階段をゆっくりと登った。

 少し腰が引ける…。

 先ほど、娘達に飛び付かれた時に、痛めた様じゃ。

 ─娘達が、美しく大人に成って行くのは、良いのだか…

 ワシの様に、ムダにトシばかり、取りたくないもんじゃて。







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