【07】第1話 : ノース・ビレッジ〈2〉

『オギュウ! オギュウ! オギュウ!』

「ローハイドさん…。きっと、お腹をかして泣いているに違いねぇだよ!」

 広い背の真ん中で、赤ん坊が泣いている。

「先ほど、温めた粉ミルクを飲ましたばかりのなのですが…ホトンど、口から戻してしまって受け付けてくれないのです…」

「うぅぅん…。やはり、イカンかぁ…。じゃけん…この村には、チチが出る婦人フジンらんけんのう…」

 ローハイドさんの娘は、母乳ボニュウしか飲めない体質のタメ、日に日にせ細ってしまっていただ。

 そこで、近所の村まで訪ね歩き、乳が出る者を探してはみたが、トウの婦人達は彼の風貌フウボウを見たとたん悲鳴を上げて、話さえ聞いてもらえん始末シマツじゃった。

「なぁ! この村…ノース・ビレッジのハズれに、ウイスキー蒸留所ジョウリュウジョるのを知っとるだかぁ?」

「えぇ…レンガヅクりの小さな建物ですよねぇ…ゾンじ上げています」

「うぅぅん…村の者が言うには、そこの御婦人が、乳飲チノみ子を抱いている姿を見たとの話じゃ…ここは一つ、ワシも同行してタノんでみるけん、近い内に、どうじゃろか?」

「ありがとうございます。そうして頂けると、助かります。私一人では、どうも心細くて…」

 ─数日後、早速サッソク、お願いに上がる為にウカガっただ。



〈 スモーキー&カンパニー 〉

 レンガカベに、ちょこんと木の看板カンバンがぶら下がっちょる。

「『ゴホン!』ワシが、まず話してみるだよ!」

「キサブローさん。お…お願いイタします!」

 緊張する彼の代わりに、ワシが馬蹄バテイのドアノッカーを打ちタタく。

『ゴン! ゴン! ゴン!』

「ごめん下され~。こちらの御婦人に、おタノモウしたく、ごあいさつにマイりましただ!」

 しばらくして内側から、ドカドカと足音が近づき、勢いよくトビラが開いた。

「あ~れ! 何かぁ用かねぇ?」

 エプロンを胸から掛けた、ピンクハダが現れただ。

 加えて、ソプラノ調チョウの通る声じゃ。

「こちらの奥様は、貴方様アナタサマでごぜぇますか?」

「えぇ…。私ですがぁ…? 貴男方アナタガタは?」

 彼女は、左肩にカカえていた、大きなウィスキーダルを、ひょいと下ろした。

手前テマエは、ゴブリン一族のオサツトめております、キサブローと申しますだ。そしてコチラ側の友人が、ローハイドと申しまして…」

 ワシが、ダメ元で短く用件を伝えると、ローハイドさんの風貌フウボウに恐れもせず、意外にも、あっさりと承知ショウチしてくれただ。

「どうれ! 背中にぶっている赤ん坊を、見せて下さいなぁ!」

 ローハイドさんは窮屈キュウクツそうに、おんぶヒモをき、彼女にワタした。

「あんれぇまぁ…メンコイムスメっ子じゃないかぁ! 名前は何て言うんだい?」

「シ…シルク…と申します」

(綿ワタ) : コットンさんに思いを重ねて、娘に(キヌ) : シルクと名付けたと聞いておる。

「本当に、シルクの様に、ハダが白くてキメめの細かい赤ん坊だねぇ…きっと、くなった、お母さんにて、ベッピンさんなんだねぇ!」

 彼女は、シルクにホウずりをしながら、ワシマネき入れた。

 しばらく、テーブルで談笑ダンショウをしていると、奥から赤ん坊の泣く声がする。

「あらぁ…内のも、お腹をかして、起きてしまったようだぁ。うぅぅん…ちょうどいい。シルクちゃんと一緒に、オッパイをあげてこようかねぇ。お二人は、少しばかり待ってておくれよ」

 そう言うと、やはりドカドカと足音をみならして、奥の部屋へと入って行った。

 先ほどの談笑から、彼女の名前はさんと言い、と名付けた娘が、四ヶ月前に生まれたそうな。

 しばらくすると、大きな花かごの中に、スヤスヤと寝息ネイキを立てる、二人の可愛カワイい娘が運ばれて来た。

 ルージュちゃんは、コチラもピンク色の鱗肌ウロコハダで親指をしゃぶり、片やシルクちゃんの方は、両手を上げて大の字で寝ている。

「お腹いっぱいに成ったようだね…しばらく寝かせておいたらいいからさぁ」

 彼女は、そう言うと、お茶の準備の為に、再び席を離れた。

人柄ヒトガラの良さそうな、御夫人じゃないかぁ…ローハイドさん! 安心しただぁ…」

「えぇ…本当に親切な方で、ありがたいです」

 家の中は、ウイスキーの香りがカスかに流れ、ケヤキ椅子イスに体をアズけているだけで夢心地ユメゴコチじゃ。

 そんな素敵な客間でクツロいで居ると、フッと暖炉ダンロ上の、一枚の写真に目が止まった。

 緑色の鱗肌ウロコハダを持った、モンスターじゃ。

「登山家の格好をしておるがのう…」

「えぇ…男性のですねぇ…」

 ローハイドさんと、顔を見合わせる。

「ああ! その写真は、アタシの亭主テイシュだった魔物ヒトだよ!」

 サンゴさんが奥から、声をける。ワシの話が聞こえていたんじゃろう。

 彼女が静かにテーブルに着くと、の卵を贅沢ゼイタクに使った甘くコウばしい、シフォンケーキを切り分けてくれた。

「う…ウマい! しっとり、フンワ、フワじゃあ!」

「本当ですねぇ…グリフォンの卵が、こんなに濃厚ノウコウで、味わい深いなんて…全く知りませんでしたよ…」

「今日の朝に新鮮なのが手に入ったんで、久しぶりに、お菓子でもと思ってさぁ。ちょうど、さっき焼き上がったんだ! いくらでも有るから、遠慮エンリョウせずに食べていきなよ!」

 加えて、たいへん有難アリガタかったのは、一緒に出してくれた魔法葉マホウバのハーブティーが、ワシツカれた体をイチジルしく回復してくれた事じゃった。

 この魔法葉マホウバは『赤兎セキト』と言う、回復魔法樹カイフクマホウジュの葉っぱである。本来はイブしたノチ、ウイスキーの香り付け工程コウテイに使用するそうな。

 再び、ワシは、お茶を楽しみながらタガいの身の上話などを語り合った。

 話によると、サンゴさん夫妻は、ウイスキー造りに適した土地を探して、6年前この村に移り住んだと言う。

 じゃが、不動産フドウサン会社『 G・G : ファミリー 』にダマされ、麦も水も、ウイスキー造りには適さない、現在の土地を購入コウニュウさせられた。

 当時のサンゴさんは、詐欺サギに見まわれた事を大いに消沈ショウチンしていたが、片やオットさんは、むしろ『負けてなるものか!』と奮起フンキし、ウイスキー造りに最適な水と麦を探して、危険な森や、深い山麓サンロクにも分け入ると、ネバり強く調査を続けた。

 ─じゃが、その中で不運がオソう。

 ここに、ノース・ビレッジを一望イチボウする『ゴブリン・フジ』と呼ばれる小高くも、ケワしい山が存在する。

 この山には整備された登山ルートが無く、切り立った岩壁イワカベを特別な装備ソウビをして登らなくてはならん為に、村の者で、登頂トウチョウしたモンはおらん。

 サンゴさんの話によると、フシミさんは、何度も、この山頂に上り、研究調査をしていた様子じゃったが、半年前の、ある下山中ゲザンチュウ、落石に会い、結婚して間もない新妻ニイヅマだ見ぬ最愛の子供を残して、そのまま帰らぬ魔物ヒトとなってしまっただ。









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