【05】第1話 : リサー・トン硫黄鉱山〈4〉

『ゴゴゴゴゴゴゴゴズーン!!』

 「あぁっ! 落下が止まっただ! たっ…助かっただか?」

 周りの連中と顔を見合わせる。

「うぅぅ…皆さん! はっ…早くっ…出口へ急いで下さい!」

「見ろっ! ローハイドさんが、天井を受け止めてるだよ!」

 彼は、両腕をカカげ、仁王ニオウ立ちに成っていた。

『ガグンガッ!!』

「うわっ! 天井が、また沈んだぁ!」

 ワシは思わず、へたりんじまった。

「 うぐぐぐぐぅぅぅ! いけない! アシ…脚をやられたっ! もう…時間がありません!!」

 ローハイドさんの脚は太股フトモモから、へしれ、右脚はひざまずく姿勢となった。

 ─そこへ。

「ぐぅあっ! 皆さん! 私から離れてぇぇ!」

 サラに両腕が使えねぇ彼の全身に、赤毛と水モグラが容赦ヨウシャなく喰らいつく!

 ユカ一面に広がる血潮チシオ

「キ…キサブローさん! お願いです! 仲間の命を! 私の妻を…子供の命を! どうか…どうか助けて下さい!!」

 凄絶ソウゼツな姿に、ワシは目で答えるのがやっとだった。

 目礼モクイチレイする彼の優しいヒトミは、何かと決別した様にウツったんじゃ。

『ググゥゥゥゥゥゥウ!!』

 地響ジヒビきの様な、低いウナり声を上げると、ローハイドさんの全身の筋肉が、みるみるうちに2倍、3倍と巨大化する。

 目は赤く染まり、青白いキバムキき出しになった。

 ワシは、あまりの恐ろしさから、

「サッ…サタン…地獄の…サタンじゃ…」

 と、心ならずも口走ってしもうた。

「ウオォォォォォオオ!!」

 雄叫オタケびを上げた彼は、片角を頭上の天井岩に突き刺し、右脚一本で、再び立ち上がった。

 ─ワシタメに、ける坑柱コウチュウと成ったんじゃ。

「皆の衆! ローハイドさんは、命にえてオラ達を守ろうとして下さっておる! その御心オココロ無駄ムダにする訳にはいかねぇだ!」

 「だがオサよっ! 仲間を置き去りにする事だけは、出来んです!!」

 ゴブリンの皆が、躊躇チュウチョした。

「いいか! この決断は、全て一人の責任じゃ! 皆は、ゴブリン一族のオサたる、このキサブローの指示にシタガってもらうだっ!」

 そう強く叫び、号令ゴウレイする。

 直ぐに、意識の無いコットンさんを数人で運びあげ、ようやく硫黄鉱山から脱出する事が出来た。

 きっと、坑道内から見ておったのじゃろう…。

 皆が脱出したのを確認したかの様に岩盤ガンバンが崩れ、鉱山入り口がフサがった。

「若い衆は、手分けをして周りの村に、協力を願い出るだ!」

 ゴブリン数人がサッと走り出した。

「残りのモンは、コットンさんをワシの家に搬送ハンソウして、隣町トナリマチの、お医者様に救急キュウキュウ連絡じゃ!」



 ローハイドさんの救助活動は、近隣キンリンの村総出で、深夜をテッして続けられた。しかし、彼の安否アンピ確認はイマダ、出来んかった。

 その頃、奥さんの意識は回復したものの、残酷ザンコクな選択を余儀ヨギなくされていたんじゃ…。

「子供の命を優先で、お願いします」

 彼女は一切、マヨいの無い声で医者に伝えた。

「コットンさん! 待ってくれろ…。ローハイドさんは、必ずワシが救出して見せるけん、赤ん坊の事は、考え直してもらえんじゃろか…」

 坑柱コウチュウの落下による、強い圧迫を腹に受けたタメ、彼女の子宮内シキュウナイは、大量出血にオチイり、タダちに母子ボシどちらか一方の命を選択しなければ、成らなかったんじゃ。

「キサブローさん…。実は、私達夫婦は共に、モトエデン皇国軍コウコクグン兵士ヘイシです…。夫は小隊長で、私は隊員でした。

 お互いに多くの戦場をくぐり抜けて、今こうして生きていられる事自体が不思議なくらいなんです…」

 彼女は、自分の腹をイトおしそうにでる。

「今から5年前の、タイ獅皇兵団ヴァンセント攻略作戦をサカイに、夫は除隊ジョタイと成り、私も彼に続いて軍を離れました。

 口にするのもハバカられるホド陰惨インサンな事件でした…。 皇国軍コウコクグン指揮シキ命令による戦闘セントウでしたが、罪の無い多くの命を、私達はウバってしまったのです」

 涙を浮かべながらウッタえる。

「戦争は悲惨ヒサンです。勝っても、負けても悲惨です。キレイな言葉でごまかしてみても、現実には勝者なんて存在しません…」

 彼女は、美しい顔を両手でオオった。

「私達は逃げる様にして安住アンジュウの地を探し、このノース・ビレッジに辿タドり着きました。

 また村の皆さんには、今まで本当の家族の様に接して頂き感謝の言葉が見つかりません…。加えて、子供をサズかる幸運にもメグり会えました。過去、何度も流産をり返したスエの妊娠だったのです」

「コットンさんの気持ちは、よう理解出来るんじゃが…子供は、今後またつくったらええ…。奥さんが死んじまったら、ローハイドさんの悲しみは幾何イクバクの事じゃか…」

「再び妊娠をココロみるには、年配の私達にとって最後の子供でしょう。

 それに…もう…二度とツミ無き命を、この手でウバ行為コウイはしたく無いのです…」

 彼女がワシの手をニギり、優しく続ける。

「夫は…ローハイドは、生きています。妻である私には、ハッキリと感じます…」

「じゃったら…よけいに、コットンさんの命の方を…」

 言いかけたワシをサトす様に、彼女は微笑んだ。

「私は、精一杯生きました。この運命を受け入れた今は、不思議なくらい幸福に包まれた心持ちなんです。それに、もう直ぐ、私達夫婦にとって待ち望んだ、大切な命が誕生すると思うと、むしろ希望がいて来ます」

 再び、ワシの手を強くニギる。

「ローハイドも、必ず分かってくれます。彼が今ここに居たとしても、私は同じ選択をしたでしょう」

「じゃが、ローハイドさんとの幸せの日々を、終わらせる事にも成るだよ」

「キサブローさん…。私は、決まった幸せの形など、世の中に無いと常々ツネヅネ思っています…。

 ただ在るのは、自分の現実を受け入れるゴトに、幸せの在り方が変わって行くものだと…今の私には、夫婦にサズかった大切な命が、そのものなんです」

 彼女の覚悟した瞳に向かい、これ以上、ワシは何も返す事が出来んかったんじゃ…。



 コットンさんの意志を尊重ソンチョウした医師は、帝王切開テイオウセッカイ手術により、赤子を無事に取り上げた。

 可愛い女の子じゃった。

 もうろうとする彼女は、スデに目が見えていなかったかもしれん…。

 優しく赤子を抱くと、満足そうに深く安堵アンドの息をいた。

 それが、ワシが覚えている、コットンさんの最期サイゴの姿じゃった…。





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