【02】第1話 : リサー・トン硫黄鉱山〈1〉

「キサブローさん! そろそろ皆を休ませて昼飯ヒルメシにしましょう!」

 ローハイドさんは立派なツノを、カマえた大柄な男だが、気配りが良く出来て笑顔がえない。

「そうさなぁ! 先頭の掘削班クッサクハンにも、伝えてやってもらえねぇべか?」

 ここは、エデン皇国の中でも、不毛の大地とウワサされるノース・ビレッジ『リサー・トン硫黄鉱山イオウコウザン』じゃ。

 ワシゴブリン一族は、1年前から、ローハイド夫妻と一緒に、ここで働いている。

 夫妻は共に、優秀な鉱山の掘削技術者クッサクギジュツシャで、現場の総監督ソウカントクニナっておるんじゃ。

「ローハイドさん! また、そこら辺に生えとるを昼飯に持って来ただか?」

 このノース・ビレッジ、一帯の土地は硫黄イオウ侵食シンショクされていているタメ、まともに作物が育たん。だがどうした事か、この麦だけが土に順応して、何所ドコへ行っても生えているんじゃ。

「少々なら、まだしも、そう毎日じゃ…体をこわすべぇ…」

 ワシゴブリンも、麦は少なからず食べるが、村の麦はいけない。土地から多くの硫黄を吸収している分、毒性が強い為に誰も口にする者はいねぇ。

 加えて硫黄独特の、卵のクサった様な臭いだけは勘弁カンベンじゃ。

「キサブローさんには、カナわないなぁ…良く見ていらっしゃる」

 彼が、頭をカキきながら照れている。

「いやぁね。あと三ヶ月もすれば、初めての子供が生まれますでしょう…。そうすると随分ズイブンと、お金がかります。よく誤解ゴカイされがちなんですが、妻と私は、鉱山が生産する硫黄の量に対しての報酬ホウシュウを頂いている訳ですので…皆さんが思うほど、安定した給料では無いんですよ…」

「まぁ…オラ達ゴブリンは、日払いの給料だから、毎日夕方になれば、必ず今日一日分の賃金は、支払ってもらえるからのう…」

 ローハイド夫妻フサイには、硫黄の生産量拡大と、現場の安全管理責任が、重くのしかかっておるんじゃ。

「それに、この村の水には硫黄が流れ込んでいて飲めませんから、私達も皆さん同様に隣村トナリムラから、多額の費用を掛けて購入している訳でして…かなりの出費がぁ…」

「そんでもなぁ…いくら、牛眷族ウシケンゾクの主食が、麦などの牧草だと言っても、この村のは特に毒性が強いけんのう…」

「まぁ私は体が丈夫ジョウブですので、この麦で何とかなります。しかし、妻のは、新鮮で栄養価が高い、安全な牧草を食べてもらっているんですよ。値段は高いですが毒を含んだオッパイを、生まれて来る子供に飲ませる訳にはいかんですからね」

 ─自分の子供を思う親心は、どの一族も変わりは無いんじゃなぁ…。

 


 坑道コウドウの天井から水滴スイテキが、頭上へと2、3落ちた。

「そう言えば、ローハイドさん。鉱山坑道コウザンコウドウ内に染み出ている水…気のせいか、この4、5日多くなってないかのう?」

 ワシは好物の、ミミズのつくだおむすびを頬張ホウバる。

「実は、私もそこが気になっていた所なんです。コットンとも話をしていたのですが…」

 彼は、足元で、チョロチョロ流れる水に目をやった。

 ─ローハイドさんの美しい奥さんは、先頭の掘削班で現場指揮を取っている。周りの者が、美女と野獣などと、二人を揶揄カラカうのは、いつもの事じゃ。



 ワシの話しを横から聞いていたのだろう。

「いや~! しっかし、ローハイドさん夫妻フサイのおかげで、硫黄の採掘サイクツ量は拡大! オラッチ達の臨時リンジボーナスは、上がるいっぽうダニヨ! これからもジャンジャン掘り進んで、カセがして欲しいダニ! この通りタノむでヨウ!」

 お調子者のが、ローハイドさんの背中を強く叩いた。

 この小柄な男は、物事の利害に目聡メザトく、変わり身が早い。『アイツはサンキチじゃ無くてキチだ!』などと、日頃から陰口カゲグチを叩かれるほど、評判が悪い。

 ─我が一族の中でも油断のならないヤツだ。

「サンキチ! お前は坑柱班コウチュウハンじゃろがぁ! 掘削クッサク工程コウテイに、素人シロウトが口を出すもんじゃねぇ!」

「いやぁ…オサは、そう言うダニヨウ…。 硫黄採掘量拡大で、ゴブリン一族の生活も随分ズイブンウルオってるダニ。実際、最近は先頭の岩盤ガンバンが硬いせいで、工程も遅れがちダニ。 もっとも、坑道コウドウの安全管理は、天井をシッカリと支えるオラッチ達、坑柱班の仕事ダニヨ。ローハイドさんは、安心して掘り進んで欲しいダニ!」

 それを聞いたローハイドさんが、ワシに言いにくそうにウッタえる。

「キサブローさん。実は、この昼飯が終わったら、いったん掘削工事は停止して、地層チソウの安全調査を計画していました。ですが…サンキチが言う通り、工程期間が詰まっているだけに、もう半日だけ、掘り進んで見ようと思うのです」

 「ワシは、ローハイドさんが、そう言うんじゃぁ…仕方が無いけんのう…」

「そうこなくっちゃあ、ローハイドさん! 掘削が1m進むごとに、オラッチのボーナスがチャリン! チャリン! と上がる音が聞こえて来るダニヨウ! 頼りにしてるダニ~!」

 再び、サンキチがれ馴れしく、ローハイドさんの肩を叩いた。

「私達は今、入口から500m地点に居ます。先頭の掘削班は、ここから約1000m前方でしょう。つまり、1500mは地面と平行に進んで来た訳です」

「なるぼど…ローハイドさんは、そろそろ、坑道内の岩盤ガンバン圧力が強く、かかり始めると考えておるんじゃな?」

「その通りです。キサブローさん。貴重な硫黄鉱脈を、シッカリと辿タドったまま、進みたいのですが、これ以上は限界だと判断しています」

「何を、弱気な事を言ってるダニ! オラッチが坑柱班のと知っての考えダニかぁ? チッとやソッとで、天井が崩れる様な柱を立てて無いダニ! せっかく、お宝の硫黄鉱脈を発見して、みすみす、見捨てしまうなんて出来ないダニ!」

 ワシはその後、半日の間、掘削を続け、夕方には一日の仕事を終えた。

「誰か先頭の掘削班に、本日の仕事の終了を伝えて下さい」

「それなら坑道内の指示伝達は、坑柱班の仕事ダニ! オラッチから伝えておくダニ!」

 そう言うと、サンキチは仲間の一人にメモした紙を持たせ、先頭へと走らせた。






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