第1話 :〈後編〉スモーキー&カンパニー

【01】第1話 : ゴブリン村〈1〉

「かぁちゃあ~ん! 先生! ヤマザキ先生!

 連れて来たよー!」

 奥から、急ぎ足が近づく。

「遠い所を、ありがとうございま…先生…!」

 母親は玄関先へ立つ、血塗チマミれの医者を見ると一瞬、言葉をウシナう。

 たが、直ぐに気を取り直し、俺達を離れの隠居インキョ部屋へと案内した。

「キサブローさん! キサブローさん! ヤマザキです! 分かりますか!」

 肩を叩くが、全く反応が無い。

「奥さん! キサブローさんの意識が無くなってから時間は、どのくらい経ちますか?」

「えぇ…お義父トウさんの薬を持って来た時刻だから…かれこれ、1時間は経ちます」

 ブリオに、バイタルチェックを指示する。

「心拍数は、1分間に1回。血圧、上下共に測定不能。呼吸は0回。体温3度。この状態では…先生!」

 と、彼女は青ざめながら報告する。

 それはそうだ。普通なら死んでいても不思議ではないからだ。

「俺のカバンから、点滴用の生理食塩水とバッグ・バブルマスク( 手動型人工呼吸器 )を準備!」

「爺ちゃん…」

 心配で仕方が無いケンボーが、覗き込む。

「直ぐに、キサブローさんの、蘇生処置ソセイシヨチに入るぞ!」

 普通のなら、呼吸が停止して5分も経過すれば、脳に何かしらの障害が出ても不思議では無い。

 しかし、ゴブリン一族は違う。彼等は、先祖代々、空気の薄い地下住居を住まいとして来た。その為、もはや能力ジーニアと言っても良い特長を持っている。

 例えば、地下住居の落磐ラクバンなどで、生き埋めになると、空気が確保出来ない状態にオチイってしまう。すると彼等は、脳を守る為に、全ての生命活動を、ほぼ停止して体内の99%の酸素を、脳細胞に送り込む事が出来るのだ。つまりミズカ仮死カシ状態となる事で、命の確保をココロみる。

 ついては『皇医内経コウイナイケイ』と言う医学書に、3日の間、仮死状態にあったゴブリンが、後遺症コウイショウも全く無い状態で、蘇生ソセイした症例ショウレイっている。

 点滴を打ち、バッグ・バブルマスクを、ブリオの手動でホドコすと、30分ほど経過した頃であろう。キサブローさんの意識が回復した。

「爺ちゃん! 爺ちゃん! オイラだよー!」

「おぉ…ケンボーかぁ…。どうやら…あの世では無い様じゃのう…」

 ケンボーに向かい、ニッコリと笑う。

「キサブローさん。 ヤマザキです。ご気分は、いかがですか?」

「あぁ…これは先生!…ヤマザキ先生。こんな…遠くの村まで…本当に、ありがとうごぜぇま…」

 言いかけ、血に染まった三角巾をジッと見る。

「先生…まさか、ワシの為に、太古の森を越えていらしたのではないべか…?」

「なぁに私一人では、ありません。仲間達と一緒です。そして何よりも、ケンボーが居てくれて、窮地キュウチを救くわれましたよ! 本当に」

「爺ちゃんが、いつもオイラに言っていた事を、ちゃあ~んと守ったんだよ」

 ケンボーが、ホコらしげに胸を張る。と、それを聞いたキサブローさんは、目を細めて孫の頭を、何度も何度もでた。



 改めて、患者さんの症状を確認してから、俺が話しかける。

「では、病状の説明をさせて頂きます。

 まず1つ目は、現在、キサブローさんはに感染されています。実際に抗体検査をホドコした所、陽性反応が出ていました」

 彼が仮死状態の時、俺がアラカジめ検査しておいたのだ。

「2つ目は、そのコロットナの発熱の為に、大量の汗を放出してしまった事で、脱水症状が1週間以上続いていた様なのです」

「先週から近所の病院、数件に連絡していたんじゃがぁ…ノース・ビレッジまで足を運んで頂ける先生方は、中々、おらんのです…」

 キサブローさんが、ツラそうに天井を見上げる。

「そして最後の3つ目ですが、水分を大量に失った事により血液量が減少。その為に心臓のが続き、脳に酸素が運ばれ無い状態になりました」

「そこで、自ら仮死状態に成る事で脳を守り、命の確保をしたのね。あぁそう言えば…先日の病理各論の授業で、チタ助教授が講義されていたのよねぇ…ゴブリン族の特長の一つだって…」

 ブリオが一人で納得ナットクしている。

「今、ヤマザキ先生に、お話しした通り…ゴブリン村まで診察に来て頂ける先生は、おられないのが現状ですだ。この村は、作物が真面マトモに育たない不毛の土地の為に、村の大半の者は出稼ぎによる低賃金で働くしか、生きるすべが、ねぇんでごぜぇます。その挙げ句に、体をコワした者だけが、こうして村に帰ってトコせっておりやす。医者の先生方も、そんなワシに、キチンと治療費を払ってもらえるか、不安なんでごぜえますよ」

「だからと言って、近所の町医者達は、キサブローさんを見殺し…」

 俺が声をアラげると、さえぎる様に彼が話す。

「金銭に、困っているのは、ワシも、お医者様達も、変わり無い事じゃて、全くウラんではいねぇんでやす。

 ただ…このノース・ビレッジが、他のマチの者からウトまれ、言われ無きアザケりを受ける事が、村のオサとして、何よりもシノびがたいのでごぜいます」

 悲しそうに、ケンボーの頭をでる。

「そこで近年、ありがたい事に、ローハイドさん…先生も、ご存じでございましょう。スモーキー&カンパニーの…」

「はい。 まぁ…存じ上げています」

 ─実際は、あんな地獄のサタンなんかと知り合いたくも無いが。

「二日前に、そのローハイドさんが村に来た時に落としていった財布を、オイラが今日、サウス・シルバーナに届けたんだ! そこに偶然グウゼン、先生達が居たんだよ!」

「そうか、そうかエラかったぞ、ケンボー。実はその昔、ワシは、ローハイドさんとは、浅からぬエンがございまして、今は、この村の復興フッコウ事業の相談を、させて頂いておりますだ」

 ─へぇ~。あの金の亡者モウジャがぁ…よりによって、貧乏なゴブリン村に協力をねぇ…。なんかの間違いじゃないのか?

「つかぬ事を、おウカガいする様ですが、ローハイドさんとキサブローさんとは、どう言った、ご縁なのでしょう?」

 俺は、ぶしつけな質問をしてしまった。

『ちょと起こしてくれ』と言う仕草をケンボーにすると、一つ大きく深呼吸をしてから、コチラを向いた。

「キサブローさん、いいんですよ! まだ寝ていて下さい」

「なぁに…座っている方が話しヤスいし、気分も良くなって来たましたから…」

 布団フトンの上へと座る彼の顔に、赤みが差して来た。

「ごエンと言っても、かれこれ…このノース・ビレッジが、まだゴブリン村とあだ名されていない、30年以上前の事に成りますだ。ローハイドさんとは、現在の村では閉山となってしまった硫黄鉱山イオウコウザンで、同じカマの飯を食べたと申しますかぁ…共に現場で働かせて頂いた仲なんでごぜぇます」

 キサブローさんは、嫌な顔を一切見せず、むしろ、ナツかしそうに語り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る