【13】第1話 : 太古の森〈1〉

 天国のトビラは開かれた。

 石段を昇り切ったのだ。

 俺達は、今、天国に一番近い場所に居る。

 翼を持たない天使が、大空を駆けているのだ。

「私達、飛んでるぅ~!」

 ブリオが、両手でかくした目を指の隙間スキマからノゾかせる。

 大広場では、観光客達が突然現れた空飛ぶバイクに大騒ぎだ。

 白鳥の翼をした美しい大聖堂も、今は目に入らない。

「アイランド・リバーにかる、セブン・ブリッジが、あんなに小さく見えるぜ!」

 ゼンが歓声を上げる。

 このまま、本当に俺達は天国まで行ける気がした…。

 1分間のブースターが終了する。

 もちろん…。

 落ちた。



「うぁ~! 落ちる! ゼン! パラシュート!パラシュート、あんだろ!」

「そんな器用なモン、このバイクには搭載トウサイされてねぇよ!」

「じゃ! じゃ! どうすんだ! ゼン!」

 後ろから問い詰め様とした時。

「わあ~! アタシの体がぁ!」

 無重力になったゼンの張りの良い尻がフワリと浮き上がり、そのままアゴにアッパー・カットをり出して来た。

「グハッ…!」

 俺は、思わずゾる。

 クリーンヒットだ!

 一瞬、目まいを起こす。

 彼女の両手はハンドルをニギったまま、丁度チョウドこちらを向いて逆立サカダちをしている格好だ。

「ゼン! 手を離すな! 足をコッチに!」

 俺は、ゼンの浮いた両足をツカもうとするが、バタつかせている為に簡単にはいかない。

「ヤブザキ! テメー! パンツ見んなー!」

 生々しく尻に食いんだ、レースがセワしくノゾくが、今は気になどしてられ無い。

 彼女の太股フトモモが必死で、俺の首をトラえると、そのまま頚動脈ケイドウミャクをガッシリめ付けた。

 見た目は肩車カタグルマだ。

「くっ…苦しい…」

 ようやくゼンの両足が、バイクに帰ってきた。



「大地が見えて来たぜ!」

 彼女は、黒髪クロカミを大空いっぱいにナビかせている。

 眼下に、緑の森が広がった。

 俺達はどうやら、アイランド・リバーを大きく越える事に成功した様だ。

 が、この方角の大地は…。

 ─太古タイコの森じゃないか!

 いや! 今は、そんな事より着地方法だ!

 鬱蒼ウッソウとした森の木々が、ドンドン近づいて来る。

 かなりの落下速度だ。

「大木に衝突ショウトツするぞ! ゼン!」

 彼女は、サッと両方の手のひらを合わせてから、前に突き出す。

 すると、そこから、状の綺麗キレイなネットが、飛び出し、森の木々の間に引っかる。

 ─そのド真ん中へ、バイクが突っ込んだ。

『ボォ~ン!』

 まるで、トランポリンの様にハジく。

「それ-! もうイッチョ-ウ!」

『ボォ~ン!』

 これを数回、繰り返して、やっと大地に着地した。

『ガガッシャーン!!』

 それでも、2度強くバウンドをして、大きなソテツの木に激突する。

『ドガドガガーン』

 ゼンは、見た目は普通のアラサー女子だが、手のひらから、蜘蛛クモトルゴアヤツる、蜘蛛眷族クモケンゾクである。

「ッてぇ~! 皆…ケガねぇかぁ!」

 ゼンが、声を掛ける。

「多少、衝突の痛みもあるが…とりあえずケガ無く着地できた様だ! ブリオも、ケンボーも無事だ」

「ブースターは、今回が初めてだったがよ…どうやら、上手ウマく行ったな! 何だって、初めての事は痛みをトモナうもんだ! アタシも女だから、随分ズイブンに経験済みだよ!」



「ちょ…ちょっと離れなさいヨウ! モウ!」

 ブリオが、ケンボーに怒鳴る。

 二人ともいつの間にか、おタガいに抱き付いていたのだった。

「お前が先に、抱き付いてきたから、大目にみてやってたんだよ! オイラわさぁ!」

「何その言いぐさ! マセタ子供ね!」

「子供クセに、オッパイフクらんでる、お前こそ! マセてるじゃないか!」

 ケンボーの言葉に、ブリオの顔が真っ赤に成る。

 この時期の9歳の少女に変化をもたらす第二次性徴期ダイニジセイチョウキが当然、ブリオにも始まっている。大人の目からも、ブリオの成長は早めかもしれない。

 ─そうかぁ! ケンボーが、さっきから無言で、前屈マエカガみになっていたのは、自分の背中が、ブリオの胸に当たってしまうのを気にしていたからだ。

「アンタって、女の子に対してデリカシーってものが無いのね! 本当にガキンチョだわ! 失礼しちゃう! 」

 ブリオが、ヒステリックに声を上げる。

「デリ菓子カシ…って何だ? ウマいのか? その、お菓子カシ!」

「……」

「だいたい、オイラに向かって、エラそうにガキンチョって言うけど、お前は、何年生だよう!」

「アタシは、医学部4年生よ!」

「オイラも、小学校4年生だよ! ヘッ! 同じじゃんか! でも…イガクブって聞いた事ない小学校だなぁ?」

「……」

 この時期の男の子と女の子には、お互いに引くに引けない不思議な意地が存在する。

 男のロマンと、女のリアルとのぶつかり合いと、言いえてもいいだろう。

 もっとも、いい歳をした俺だが…

 未だに、この『女のリアル』とは、折り合いが着いていない。

 なるほど…

 俺が一向に、モテナイはずだ…。



『バスンバスン…バス…バ…』

「やべーな! エンジンがからねぇ!」

 ソテツのへの激突で、エンストを起こしてしまったのだ。

 この深い森は『太古の森』と呼ばれている。今や絶滅してしまった生き物達が、かつての姿で存在するである。その為に、エデン皇国の者は誰も、この大地に踏み込もうとしない。多くの調査隊が、無事に帰って来た試しがないのだ。

「チキショー…。この森をけ抜ければ、村までの道程ミチノリを、一気にショートカット出来ると思ったのによう…」

 湿気シッケが肌にマトわり付き、空気が重い。

 コケの臭いが辺りを包む。

 ゼンが、再び何度もキックスタートを試みるが、エンジンがカカかるキザしがない。

「まずいぞ…こんな物騒ブッソウな場所に長居ナガイは禁物だ。が出て来るか分かったもんじゃない! 歩いてでもこの森から出て行くぞ! 皆もそのつもりで…」

 と、俺がウナガすが誰も返答しない。その代わり、さっきから俺の背後に、皆がダマって視線を送っている。

 振り向いた俺の頭上スレスレで、恐竜がソテツの葉をムシャムシャ食べているではないか!

「ス…ステゴサウルス…。だっ…大丈夫ダイジョブ…だ。コイツは、草食恐竜だからオソっては…来ない。安心しろ」

 腹から、やっとシボり出す様にして、声を出した。

ナマは、やっぱりスゲ~なぁ…

 迫力満点だぁ。アタシは、化石博物館でしか見た事ねぇよう…」

「ブリオは、映画で…」

「オイラは、絵本で…」

 ─まぁ…普通はそうだよ。

「ヤブザキ。どうやら、さっきの激突でエンジンのプラグがユルんだらしい。すぐに直るはずだ。チッとばっかし、時間をくれ」

 ゼンが、テノヒラからトルゴをエンジンの中へとばし、プラグを探っている。

『ギャーガー! キキキキ!』

 始祖鳥シソチョウが不気味な鳴き声を上げて、ニ、三羽飛び去った。

『ズーン…ズーン…ズーン…』

 リズムの速い地鳴りがする。これは、の恐竜だ!

 ステゴサウルスが何かを感じたらしく、ゆっくりと顔を引っ込め、森の奥に消えてしまった。

「何か、ヤバイ雰囲気フンイキだぜ…コイツは…」

 俺がツブヤきながら薄暗い、森の奥に目をこらす。

 すると、夕日に照らされた木々が、大きく揺れ動き、なぎ倒される音がヒビく。

 ─王の帰還キカンだ…。

「おそらく、日中の狩りに出ていたに違いない! T-Rx つまり…恐竜の王様、ティラノサウルスだ!」

 こちら側に近づいて来る。俺達のニオイに引き寄せられているのだろう。

 まずいぞ! バイクは掛かりそうもない! 武器もない! どうする…うぅぁ…。










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