【09】第1話 : サウス・シルバーナ〈2〉

「先生~!」

「どうした…ブリオちゃん?」

 俺は声の方へ視線を移した。

 ジュースを買うには少々時間が掛かってはいたが…。

「先生! この子が建物の中を迷ってたみたいだったから連れて来てあげたの」

「この子じゃナイヤイ! ケンタローって名前がチャンとあんだい!」

 背丈セタケはブリオをより少し低いが、ゴブリンの子供である。

「あぁ…ケンボーじゃないか!」

「先生! ヤマザキ先生だ!」

 緊張が解けたのか、大声で叫ぶ。

「ヤブザキ。お前、このガキンチョ知り合いか?」

「おお知ってるとも。ゴブリン村のオサ、キサブローさん所の、おマゴさんだよ」

「ゴブリン村からだと…ケンボーとか言う君は、随分ズイブンと遠くから来たんだなぁ。大人の人と一緒イッショかい?」

「違うヤイ! オイラ、一人で来たんだい! おとーちゃん、おかーちゃんは仕事で居なかったし、ジイちゃんは、1週間前から離れの部屋で床についたままなんだ…。だからオイラ、ローハイドさんが困っているだろうと思って直ぐに、コレを届けに来たんだ」

 黒いコードバンガワの立派な長財布である。

「どこで拾ったんだい?」

 ゼンが聞く。

「拾ったのは、今日の昼、村の入口だよ。それで中身を確認したら、ローハイドさんの名刺がたくさん入ってたから、きっと村に、二日間前に来た時に落としたんだよ。オイラ、前にローハイドさんから、お駄賃もらった事が有って、それでこの財布を覚えてたんだ」

 ─俺は確かに、二日間前ローハイド氏が、ゴブリン村に訪れていた話を聞いていた。

「ケンボーが言うとり、この財布はローハイドさんの物で間違い無いと思う。俺に心当たりがあるんだ」

「よし、分かった。ケンボー偉いぞ! あんな遠くから、一人でサウス・シルバーナにまで来るなんて! よし! アタシが、ご両親にケンボーをめてもらえる様に、お手紙を書いてやるから、ちょっと待ってな」

「おねぇさん、優しいなぁ! オイラ将来、おねぇさんみたいな、女の人と結婚出来たら、いいなぁ!」

 反応速度0.8で、ゼンが振り向く。

「てってめぇ~! 今、何て言った~っ!

 もう一度言ってみろ~っ!」

 ビビりながら、ケンボーが答える

「おねぇさんみたいな、女の人と結婚…」

「おい! おい! 聞いたか! ヤブザキ! 結婚だとよ、結婚! かぁ~あ! ませたガキンチョだねぇ…。 年上の女を口説こうとしてやがる!」

 ─別にそう言う意味じゃ無いと思うぞ。ゼン。

「バ…バッ…バッキャロー! 子供だからって大人をからかうんじゃねぇ~よ! ケンボー! ジュース飲むか? ホレ! 好きなの買ってきな!」

 顔を真っ赤にしながら、小銭を渡す。

 ─子供相手に、動揺ドウヨウし過ぎだろ。ゼン。



『カッカッカッ…カッ…カッ!』

 廊下ロウカから、小走りするヒール音が近づいて来る。

「おっ! 来やがった! 来やがった!」

 ゼンがアキれた様子で耳を立てる。

のヤツ。異常に時間だけは正確なんだよなぁ…毎日、夕方6時ピッタリに来やがんだよ」

「こ~んにぃ~ちわぁ~!」

 両手を前に出し、大きくテノヒラを向ける。

「『こんばんは』だろっ! いつも言ってんじゃねぇかぁ…」

「だって、! 私~ぃ。 日中の太陽の下に出たら、燃えて死んじゃうじゃないですかぁ~。 『こんにちは~とか、おはようございま~す』とか、アコガれなんですよぉ~ 」

 彼女の名前は『カク』。

 20代前半の可愛い女の子だ。左右の頭に作った御団子オダンゴヘァーが、とてもチャーミングである。

「それによう! 勝手に警察の制服を自分好みにリフォームすんなよな! ブリブリのプリーツスカートにしちまってんじゃねぇかぁ」

「だってぇ~パイセン~。制服のタイトスカート、全然、可愛くないじゃないですかぁ~。それにぃ、パンツのラインもけちゃうし~。あとぉ~前から私の将来の夢は、お洋服のデザイナーに成る事だって~パイセン知ってるじゃないじゃないですかぁ~」

「将来の夢だって? 何言ってんだよ! お前! 一度くせに、将来も何もあったもんじゃねぇよ!」

 カクは、ゼンの言う通り、屍眷族シカバネケンゾクなのだ。

「もう~パイセ~ン! 意地悪、言わないで下さいよう~。イケズ~イケズ~。イケズのパイセェ~ン!」

 カクは、ゼンの首にしがみつき、ホホをスリスリする。

「やっめろよ! カク! はっ…離れろよぉ~」

 ニクまれ口を叩き合う二人だが、要は仲が良いのだ。

「パイセン! パイセン! カクは、大好きなパイセンから離れませんよう~」

 まったく、座敷ザシキイヌの愛嬌アイキョウを振りまく、カクである。





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