第二幕
戯曲『ペネロペの十字架』(第二幕)
脚本 堀川士朗
演出 ????
登場人物
ボーヤ(男または女)
セシボン(女)
ユッケ(女)
マネージャー(男)
音無恵子(女)
若い店員(男。声のみ)
(登場人物は全員、フェイスシールドを着用して登場する。演技もそのまま外さない状態で続ける)
第二幕
暗転中。
ボーヤ(声のみ)「二週間後」
明転(フェードイン)。
場面は第一幕と同じく風俗店のタコ部屋。
この店のマネージャーと入店を希望する音無恵子が真向かいで椅子に座っている。
マネージャー、音無恵子の履歴書に目を通している。
マネージャー「えーと」
間。
マネージャー「はい、えーと」
間。
マネージャー「はーい。えーと」
間。
マネージャー「えーと音無さんは」
音無「はい」
マネージャー「火曜から木曜がオールで、金曜が17時からラストまで入れるんだね」
音無「はい」
マネージャー「ありがたいよ、こっちも」
音無「マッ!どうか御善処のほど宜しくお願い致します」
マネージャー「やる気次第だね」
音無「こちらのお店は実に雰囲気がようございますね。アタクシ大変気に入りましてございます」
マネージャー「そうなんだ」
音無「ええ。ヴェリー、ヴェリーグッ!でございます」
マネージャー「ふーん。じゃあ源氏名はどうしようか。なんかある?こっちで決めていい?ゴージャスな感じにしようか。エリザベスとかキャサリンとかオードリーとか」
音無「アタクシ、本名の、音無恵子(おとなしけいこ)で行きたいと思っている所の次第でございます」
マネージャー「え。うそっ?源氏名本名?いいの?あんまいないよ」
音無「はいでございます」
マネージャー「いいならいいけど……。あのさあ、あなたみたいなお金持ちの人がどうして風俗を希望したの?まあ答えたくなきゃいいけど。完全俺の興味本位なだけだから。やっぱり更にお金が欲しくなっちゃったのかな?」
音無「いえ。金銭目的ではなく、アタクシはただ純粋に殿方の男性自身を慈しみたいと思ったのでございます」
マネージャー「へー。頼もしいねー。うん。こういう業界で一番大事なのは常連さんをつかむ事。指名されるのが重要なんだ」
音無「ご指名頂けると酒池肉林でございます?」
マネージャー「いや、急に問いかけられても分かんない」
間。
音無「アタクシの口癖は酒池肉林でございます。アタクシ、最高点に達するとほら貝を吹いてしまうのでございます。ぷお~、ぷえ~」
マネージャー「いや今吹かなくていいから」
音無「マッ、アタクシ恥ずかしい。恥にまみれて。数に溺れて。そんなこんなで恐縮です」
マネージャー「ああ。まあ。あれかね。なんだかよく分からないけど、やる気はすごくあるみたいだから本決まりで採用でいいかな」
音無「わっわっわっ!アタクシ嬉しい!恐悦至極に存じます。アタクシ音無恵子、粉骨砕身、酒池肉林、頑張ります!」
マネージャー「それじゃ他に聞いておきたい事ないかな?ないよね。はい。じゃあ明日から頑張ってねー」
音無「マネィジャァァさま。本日は大変ありがとうございました」
マネージャー「はいー」
音無「では失礼をば致します。アデュー!アデュー!」
マネージャー「あ。そこまで送っていくんで」
音無「あ、はい」
マネージャーと音無、去る。
長い間。
照明が少し変化する。
ボーヤとセシボン登場。
第一幕と衣装が違う。
音無の面接から何日か経っている。
セシボン「牛丼美味しかったね」
ボーヤ「うん」
セシボン「毎日でもいいよ」
ボーヤ「うん」
セシボン「あーなんか面白い事ないかな」
ボーヤ「え」
セシボン「あー。なんかー。面白い事ー。ないんかいなー」
ボーヤ「ないよ。ここにいる限りは」
セシボン「今日臭くない?」
ボーヤ「え」
セシボン「違う今日暑くない?」
ボーヤ「どんな間違いなの」
セシボン「牛丼屋の匂いが服にうつったからだきっと」
ボーヤ「ああ。ボクもだ」
二人、椅子に座る。
セシボン「音無さん。新人の」
ボーヤ「ああ。入ったね先週」
セシボン「あの人。あのオバちゃん。新人ちゃん枠って事を差し引いても指名多くない?」
ボーヤ「うん」
セシボン「その内ユッケ抜かれるんじゃね?」
ボーヤ「ええと」
セシボン「別段テクが凄いわけじゃないよね。凄いの?知らないけど」
ボーヤ「お客さんの中には熟女が好きな人もいるんでしょ」
セシボン「あんたは?」
ボーヤ「だからボクは」
マネージャーのアナウンス「ただいまより音無恵子ちゃんおつきの1番ボックスではフラワータイムへと移ります。ビバ!ハッスルハッスル!恵子ちゃ~ん頑張って!お客さんも~頑張って!」
セシボン「音無さん今日苦戦しとるわ」
ボーヤ「うん」
セシボン、ボーヤにキスしようとする。
セシボン「ん」
ボーヤ「ちょ」
セシボン「んーむ」
ボーヤ「しない」
セシボン「しよ」
ボーヤ「女は好きじゃない」
セシボン「そこが面白いのにぃ。しようよ」
ボーヤ「しない。女は好きじゃない」
セシボン「そこが面白いのにぃ」
ボーヤ「人の性癖で面白がるな」
セシボン「あんたの性癖を当ててあげようか」
ボーヤ「え。いいよ。やめてよ」
セシボン「山からミサイル発射ー!って言いながらウンコする事」
ボーヤ「だとするとかなりレベルの高い馬鹿だよそれ」
マネージャーのアナウンス「ただいまよりユッケちゃんおつきの3番ボックスではフラワータイムへと移ります。ビバ!ハッスルハッスル!ユッケちゃ~ん頑張って!お客さんも~頑張って!」
間。
セシボン「ねぇ知ってる?」
ボーヤ「ん?」
セシボン「言ってみただけ。ねえ知ってる?って、そういうCM多いよね」
ボーヤ「テレビは観ない一切」
セシボン「しようよ~」
ボーヤ「離れて」
セシボン「好き好き大好き」
ボーヤ「やめて。うるさい」
セシボン「テレビ観ないの?」
ボーヤ「ニュース以外観ない。馬鹿になるから」
セシボン「ねえ恋だよ~火照(ほて)るよ~」
ボーヤ「幻覚。それ幻覚」
セシボン「これはもう恋愛だよ~」
ボーヤ「よるな」
セシボン「よる」
二人、キスの攻防戦になる。
ボーヤ「やめら」
セシボン「うんが」
ボーヤ「ぬら」
セシボン「はう」
ボーヤ「ぬろ」
セシボン「ちゅっいっちゅ」
ボーヤ「めら」
セシボン「はんね」
ボーヤ「くぬがん」
セシボン「えん」
ボーヤ「ぬんみ」
セシボン「んーむ」
ボーヤ「やんめ」
セシボン「ちゅいっちゅ」
ボーヤ「あんなん」
セシボン「かんば」
ボーヤ「はろ」
セシボン「ちゅっいっちゅ」
ボーヤ「めれ」
セシボン「んーむ」
ボーヤ「やんめれ」
セシボン「んろ」
ボーヤ「がい」
セシボン「ちゅいっ」
ボーヤ「やんぬ」
セシボン「ちゅっいっちゅ~」
ボーヤ「やめらぁ!」
ボーヤ、おもいきり振りほどく。
セシボン「……つまんねー奴」
セシボン、キスをあきらめる。
ボーヤ「は~あ、疲れた」
セシボン「なんもしてないじゃんあんた」
ボーヤ「や、今のこの瞬間じゃなくて、これまでの人生に疲れたんだよ」
セシボン「なにをしてきたの?」
ボーヤ「それは言えない」
セシボン「気色悪い」
ボーヤ「そうだよ。ボクは、気色悪いんだよ」
マネージャーのアナウンス「はーい!1番ボックスから3番ボックスでは音無恵子ちゃんとユッケちゃんフィニッシュでございます!音無恵子ちゃ~ん、お・つ・か・れ!ユッケちゃ~ん、お・つ・か・れ!お客さんも~、お・つ・か・れ!」
ボーヤ「売れてるよあの二人」
セシボン「うん」
ボーヤ「同時に終わったね」
セシボン「うん。二人帰ってきたらあたしたち結婚しまーすって言っていい?」
ボーヤ「なにが?なんで?なんのために?」
セシボン「へっへっへ」
ボーヤ「ムカつく笑い」
セシボン「ねえこれ(フェイスシールド)取っちゃ駄目?暑い」
ボーヤ「分かんない。駄目だよ。取ったら死ぬよ」
セシボン「死ぬの?ほんとに」
ボーヤ「だ、知らないよっ!」
しばらくして音無、ユッケ、おしぼりの入った百均の白いかごを持って登場。
音無は面接時とは違う服装。ユッケは相変わらずのガリ勉コスである。
二人、使用済みおしぼりを処理してかごを隅に置いて椅子に座る。
ボーヤ「おつかれ」
ユッケ「おつ」
音無「あれでございますわね。ここはいいお店です。フレンドリー。ジョイフリー。カインドネス。オーネスティー」
ボーヤ「ねえまともな人いないの」
ユッケ「え。いないよ。まともな子は。もういない」
セシボン「あー今日帰ったらまたコンビニ行って一万とか使っちゃいそうでこわいな」
ボーヤ「なに買うのそんなに」
セシボン「えーと。からあげと北海道産イクラのおにぎりとビールと化粧水とワインと。えーと。ビールと」
ユッケ「ビール二回言った」
セシボン「うるせーな。えーと。付録ついてる雑誌とオーガニックのクッキーと。まつエクと。えーと。からあげと」
ユッケ「からあげ二回言った」
ボーヤ「ふたつ買うんじゃない?」
セシボン「そうだよ何個でも買うよ。あたしの稼いだ金だからね。自由だよ。自由化だよ。オール自由化だよ。そういう人あたしは」
ユッケ「人じゃないよ」
セシボン「へ」
ユッケ「ただの消費者だよ」
セシボン「ん?」
ユッケ「ナチュラルボーンただの消費者」
セシボン「ん?ん?ん?ん?よく話し合お」
ユッケ「いいよいらない。深いとこでなんかあんたと関わりたくない」
セシボン「ん?ん?ん?ん?どゆ意味」
音無「ユッ」
ユッケ「そういう意味だよ」
音無「ユッケさま……」
長い間。
セシボン「終わったら飲み行く人ー!」
誰も手を挙げない。
ボーヤ「今日蒸すね」
ユッケ「天気予報だと今週来週ずっと猛暑日と熱帯夜らしいよ」
セシボン「マジか。あっづ」
ボーヤ「ニュースの天気予報だと、いつもこの夏は平年に比べとか言ってるけどさ、もう平年なんか永遠に来ないじゃんね。過去に縛られ過ぎてるよね。もうやって来ない過去に。いっそどんどん暑くなります地球はおしまいですクーラー今の内にガンガンにかけて下さいってクリアに言ってくれた方がいっそ正直でいいよね」
ユッケ「うん」
音無「外に出たら溶けます。みなさま、ここにいた方がよいですわ」
セシボン「はあ。でも早くこの仕事辞めたいな」
ボーヤ「セシボン」
セシボン「辞めたーい辞めたーい辞めたーい!」
いきなりM、トランス系のテクノが流れる。
派手な照明。
セシボン、ユッケ、音無の三人のダンス。
ボーヤはただそれを無表情にじいっと見ている。
M、カットアウト。
照明、平静に戻る。
三人、何もなかったかのように席に着く。
長い間。
ボーヤ「辞められないよ。ここは牢獄。一生出られない」
セシボン「え」
ボーヤ「店を変えても無駄。この世界からは一生出られない」
セシボン「なにそれケンカ売ってんの」
音無「聞き捨てなりませんの事よ」
セシボン「あいやそういう事じゃないんだ音無さん。あたしは辞めたい派だから」
音無「でも」
ボーヤ「だって真実だ」
セシボン「貯金貯めてこんなとこすぐに辞めてやるよ」
ボーヤ「ああ」
セシボン「こんなとこっ!」
ユッケ「そう言うけどさ」
セシボン「こんなん長く続けられないよ。続けたくないよ!」
ユッケ「もう二年いんじゃんセシボン」
セシボン「辞めてやるんだ」
ボーヤ「そうして。興味ない」
セシボン「ねえ」
ボーヤ「なに」
セシボン「ねーえ」
ボーヤ「だ、なに?」
セシボン「ねえ二人で暮らそうよ」
ボーヤ「どうだか」
セシボン「楽しいよ。かわいい猫とか飼って」
セシボン、エアで猫をかわいがる仕草。エアの猫をボーヤに渡す。ボーヤ受け取ってしばらく撫でる。
ボーヤ「かわいい猫。うん、ちょっとそれは楽しそうだね」
セシボン「でしょ」
ボーヤ「普通の暮らしか」
ユッケ「ねえそういうの二人だけの時にやってくれる?」
セシボン「そう普通の暮らし」
ボーヤ「興味がないな」
セシボン「なんで?」
ボーヤ「してきたから」
セシボン「誰と?どの女と?」
ボーヤ「別に」
ユッケ「お前いい気になんなよ」
ボーヤ「あ?」
音無「ボーヤさま!ユッケさまもまあまあ。やめましょう。メッ!」
ユッケ「メッ?」
音無「ドウドウ」
ボーヤ「ドウドウ?」
音無「あ、そうでございますわそうそう、このお菓子をみなさまで一緒にお召しましょう」
音無、置いてあったポテトチップスの缶を手に取る。
ボーヤ「やめた方がいいよ。このポテトチップスは三週間前からカメムシチップスになってるからね」
ユッケ「いい加減捨ててよ」
ボーヤ「記念に取ってあるんだ」
ユッケ「奇態な奴だ。奇天烈な奴だ」
セシボン「はーあー。ボーヤに振られたー。いいんだーあたしー。あたしにはー。あれがあるんだー。あれがー。ねえ音無ちゃん店ハねたら飲み付き合って」
音無「え、アタクシお断り致します」
セシボン「なんだよー音無おばさーん」
音無「と、年あんま変わんない」
ユッケ「二人ともクソ年寄りだ」
セシボン「にゃにおっ!」
ユッケ「にゃにおっがもう既に昭和だよ。平成とっくに過ぎて令和だよ令和?分かる?ユノラミーン?」
ボーヤ「HAHAHA。どうでもいいけど四人いるとここ狭いね。空気が薄い。一人消えて」
マネージャー登場。
スマホで電話している。ヘッドセットなので独り言のようにも見える。
マネージャー「あのねそれ言うけど、この不景気で一番あおり食うのはうちらみたいな店なのっ!」
ボーヤ「あ、増えた」
マネージャー「風俗業界は不景気に弱いんだよ。弱いの。小野塚雅子さんもこないだ言ってた。うんうん。それにただでさえ地廻りの中村組にアガリの三割上納しなきゃなんないからやりきれないんだよ正直」
ボーヤ「大変そーだ」
マネージャー「俺もう半年給料減らされてんだぞ。もう毎日発泡酒だよ。いい加減飽きたよ。あ?お前じゃねーよ発泡酒だよ!もう切るぞ。んじゃ」
ボーヤ「この店ほんとに大丈夫かな」
マネージャー「はーきいてんなクーラー」
音無、挙手する。
マネージャー「ん?」
音無「ねぇマネィジャァァさま。ここのお店って領収書出るんですか?」
マネージャー「え、出ないよ」
音無「先般、お客さまに領収書をば求められましたので」
マネージャー「馬鹿じゃねーの?性欲を会社の経費で落とすつもりかよ、いい度胸してんな」
セシボン「そいつ出禁にすれば?」
マネージャー「でもお客様はお客様なの」
セシボン「甘くね?」
マネージャー「あのなぁ。俺が外でこのあっついのに頭下げてペコペコしてようやく客引き出来てお前らは飯食えてんだよ。忘れるなそれを」
セシボン「うん。ごめん」
マネージャー「ところで地を這うスパゲティビースト見なかった?」
間。
ユッケ「え」
ボーヤ「見なかった、です」
マネージャー「ならひと安心だ」
ボーヤ「ええと」
ユッケ「うんぎょ」
セシボン「この後飲み行く人ー!」
間。
ボーヤ以外の人間の動きが全て止まっている。
ボーヤ「ねえまともな人いないの」
しばらくして他の人間、動き出す。
音無「それでは領収書の件はあきらめた方がよいですか?」
マネージャー「うん。何?太客(ふときゃく)なの?」
セシボン「この後飲み行く人ー!」
音無「はい。先般は延長して頂きまして」
マネージャー「う~ん。じゃあ」
セシボン「この後飲み行く人ー!」
マネージャー「特別に俺の方から領収書出そうかな。延長の客は太い。つかんどかなきゃいけないもんな、まだ新人だから」
セシボン「この後飲み行く人ー!」
音無「あ、ありがとうございます」
セシボン「あたしの事大好きな人ー!」
ボーヤ「ユッケさあ」
ユッケ「ん」
マネージャー「そういうの大切」
音無「はいでございますっ!」
セシボン「あたしの事抱きたい人ー!」
ボーヤ「デビッド・ジャガーとか聴く?」
セシボン「あたしの事好きな……」
ユッケ「聴かない」
ボーヤ「デビッド・ジャガーいいよ。凶暴な音楽性が」
セシボン「この後飲み行く人ー!」
ユッケ「そういうの聴かない」
セシボン「この後飲、誰も聞いてねえのかよっ!」
ボーヤ「あ、ボクらに言ってんの?」
セシボン「んだよ。他に誰がいるよ?」
ユッケ「ペネロペ」
マネージャー「へ」
奇妙な間。
マネージャー、胸ポケットからライターを出してタバコに火を点けようとする。
セシボン「禁煙だよ全室」
マネージャー「ファックかよ!」
マネージャー、外へ行こうとする。
セシボン「どこ行くか」
マネージャー「外で吸ってくるんだよ」
セシボン「新宿は路上喫煙禁止だよ。二千円取られるよ」
マネージャー「じゃどこで吸やぁいいんだよ」
セシボン「家で吸いな」
マネージャー「ば、嫁がいんだよあいつ吸わねぇ」
セシボン「知らないよあんたの嫁なんて」
マネージャー「うちの嫁知ってるだろ何度も会った事あんだろ」
セシボン「だ、ちがそうゆ事じゃねえよ」
ボーヤ「ヒューヒュー。仲いいねぇ。いい夫婦だねぇ」
音無「素敵。重畳」
ユッケ「めおと漫才。おしどり外人部隊」
マネージャー「いやいやいやいや」
セシボン「いやいやいやいや」
マネージャー「はーめんどくせ。パッとサイ〇リアーでも行くか(セシボンに)」
セシボン「うん行く行くー、♪パッとサイ〇リア~」
ボーヤ「店は?」
マネージャー「客こねーじゃん」
ボーヤ「職場放棄」
マネージャー「どうしようかなー。難しいぞー。もうこの店潰れちゃってもいいかな、いいよね。潰しちゃおうかな俺。いいよね」
ボーヤ「え」
間。
マネージャー「外の空気吸ってくる。もうひとりいんだろ、アタマ悪い若い店員、名前忘れちゃったけど、ちんちくりんの。あいつに入店とアナウンスまかせてあっから」
ボーヤ「搾取する側だ」
マネージャー「そうだよ。いや、搾取される側だよ。全員。全員な」
セシボン「♪パッとサイ〇リア~」
マネージャーとセシボン去る。
ボーヤ「本当に仲良いね、あの二人」
ユッケ「爛(ただ)れてる。そういう関係を店に持ち込まないでほしい」
ボーヤ「え?」
ユッケ「あんたも」
ボーヤ「や。だから」
ユッケ「発作起きそう」
ボーヤ「発作?」
ユッケ「発作。イライラしたから」
ボーヤ「そっか。大変だな」
ユッケ「いいよ理解しようとしないで。あんたは友達でも何でもないし」
ボーヤ「でもそんなユッケを分かり合える日がボクにもいつか来るかもしれない」
ユッケ「分かり合える日なんて来なくていいよ」
ボーヤ「そっか」
ユッケ「そうだよ」
ボーヤ「そっかそっか」
ユッケ「だよ」
音無「思うのですが……分かり合えるのは、大変素晴らしき事ですわ。アタクシたちはもう、お互いの顔すらも忘れて、人間の顔すらも忘れてしまったのですから」
ボーヤ「音無さん」
音無「アタクシは真顔でありたい。素顔でありたい。そう思います。この世の中、もはや誰が誰だか分かりません。ボーヤさまのお顔、ユッケさまのお顔、みなさまのお顔、まるでまるでガラス越しに遠く感じられます。はるか百億光年遠くアタクシにはそう感じられるのでございます」
ボーヤ「……うん。ひどい時代に。なった。よね」
長い間。
ユッケ「ぐんぎょ~え~げんぎょ~」
ボーヤ「なにどした」
ユッケ「奇声」
ボーヤ「ああ」
ユッケ「ぐんぎょ。げんぎょ。腹の虫が何か語りかけている。ペネロペ、今はどこ?」
ボーヤ「なにそれ」
ユッケ「あたしの友達。ペネロペ」
ボーヤ「友達は大事だね」
ユッケ「うん。でもあたしはペネロペの事、大事に出来なかった」
ボーヤ「そっか」
間。
ボーヤ「ボク時間止められるんだよ」
ユッケ「ふーんそ」
ユッケと音無、動きが五秒止まる。
ユッケ「れすごいね」
ボーヤ「ユッケだけに話すけど」
音無「アタクシもおりますわよ」
ボーヤ「あ。忘れてた」
音無「も~う、忘れないで下さいの事ですわよ~う」
ユッケ「そういうのが世代間ギャップなんだよおばさん」
ボーヤ「あるねそれ」
音無「ひどい……ナミダチョチョギレ~ノ」
ボーヤ「いやこの人の場合は世代間ギャップだけじゃなくて本人の資質によるところもかなりあるよ」
ユッケ「だな」
音無「ナミダチョチョギレ~ノでございます」
ボーヤ「老人臭い」
ユッケ「あんたも老人臭いけどね」
ボーヤ「え」
ユッケ「老人特有の、あの臭いあるじゃない。ロウソクを煮詰めたような臭い。あれがするよ」
ボーヤ「そうか。自分じゃ分からないな」
音無「加齢臭でしょうか?」
ユッケ「とはまた違うんだなこれが。なんかね、老人特有のね、死を前提としたような臭いなんだよね。観念的になるけど」
ボーヤ「まあ。まあそれでいいやボクは」
ユッケ「いいんだ」
間。
ユッケ「そういえば音無さん今度連休取るよね。三連休」
音無「ええ」
ユッケ「なんで?」
音無「アタクシ定期的に横浜プリンセスダイヤホテルにてお歌のリサイタル公演をしておりまして」
ボーヤ「リサイタルすごいじゃん」
ユッケ「高級なオバサンだな」
ボーヤ「うん、高級なオバサンだからね」
音無「そちらのリサイタルの本番、マッ!本番!?マッ!本番?いやらしい!」
ユッケ「いいから」
音無「本番をするのでございます。そのためにお休みをば頂きました」
ボーヤ「ふーん。すごいね。観に行かないけど」
音無「シュン……」
ユッケ「お金かかるんでしょ?結構。横浜プリンセスダイヤっつったら相当だよ。いくらかかるの?」
音無「これですみます」
音無、指を三本立てる。
間。
ユッケ「詰めるの?」
間。
音無「いえ。そういう事ではなく……」
M、ありがちな90年代トランスミュージックが流れる。アナウンス終わると自動的にブツッと切れる。
若い店員のアナウンス「はーい!……はーい!……え~と。はーい!えーとなんだっけ……。なんだったっけ……。なんだっけってなんだったっけ……。あ、そうだ!音無恵子さーん音無恵子さん音無さん。音無の所の恵子さーん聞こえてますかー。元気ですかー。一番シート、ニッコリさんでお願いしまーす。ハッスルハッスル!え~とあれー、あれだ、なんだっけ。あ、音無さんだ、音無恵子さん音無恵子さーん音無さん音無の所の恵子さーん聞こえてますかー。元気ですかー。ハッスルハッスル!あ言ったか。言ったわ。え~とそれでは今日も張り切って頑張ってスタートー!」
ユッケ「良かった。アタマ悪い割りにちゃんと言えてる。少なくとも要点は押さえてる」
ボーヤ「ニッコリさんじゃん。頑張ってね」
音無「はい。こうしてまたご指名頂けますのは大変、大変ありがたいお話でございます。では失礼をば致します。アタクシ行ってまいります!粉骨砕身、酒池肉林、頑張ってまいります。ハッスルハッスル!アデュー!」
ボーヤ「うん。今日も張り切って頑張って」
音無、白い百均のかごにおしぼり数本を入れて持って去る。
ユッケ「元気だな」
ボーヤ「うん」
ユッケ「年取るとみんなああなるのかな」
ボーヤ「ええっと。あの人はボクらより世界が見えているんじゃないの」
ユッケ「だとしたら」
ボーヤ「うん」
ユッケ「見てやるわ。世界の全てを見てやるわ」
間。
ボーヤ「見えてんの?世界の全て」
ユッケ「見えてない。まだ。全然。まだ全然足りないのよ」
ボーヤ「そう。気になってたんだ」
ユッケ「見てやるわ。世界の全てを見てやるわ」
間。
ユッケ「前から思ってたんだけど」
ボーヤ「うん」
ユッケ「ねえ。ボーヤはさあ。なんでここにいるの?誰にも指名されないのに」
ボーヤ「うん」
ユッケ「楽しいの?」
ボーヤ「楽しいよ」
ユッケ「ほんとに?」
ボーヤ「知らない」
ユッケ「よくクビにならないよね」
ユッケ「ボクは能力を買われているから」
ユッケ「時」
ユッケ動きが止まる。
ユッケ「間止」
ユッケ動きが止まる。
ユッケ「めら」
ユッケ動きが止まる。
ユッケ「れるの?」
ボーヤ「うん。だから社長自らボクを雇ったんだよ、何かあった時用の為に」
ユッケ「なにものなの?」
間。
ユッケ「あんたなにものなの?」
ボーヤ「惚れた?」
ユッケ「惚れない」
ボーヤ「終わりか。この話題」
間。
ボーヤ「ユッケの事好きだよ」
ユッケ「……気味が悪い」
ボーヤ「そうだよ。ボクは気味が悪い人間なんだよ」
ユッケ「ぐんぎょ。げんぎょ。人間。人間魚雷」
ボーヤ「HAHAHA」
ユッケ「馬鹿にしてんの」
ボーヤ「ボクはもっと優しくなりたいな。他人に対して。世界に対して。自分に対して」
ユッケ「やめろよ。よっぽどうるさいよ」
ボーヤ「じゃあやめる」
ユッケ「プロジェクトオブザ誤嚥性肺炎。バベル2LDK。空。二つで十分ですよ。桜田ファミリア。パラダイムシフト。時計ワニ。田所さん。二時間百円。メイドの飛脚。旧体制。ネクロマンティック」
ボーヤ「ユッケ?」
ユッケ「誰でもないどこにもいないあたし。遣欧使節トライアングル。陰獣。チリ紙鑑定士。ソドム座頭市。篭手。よほどやらかしたのだろう。行雲流水。召しあげられた特産品。ノイマン効果弾。喜寿の赤ちゃん。流氷ファイナンス。地震です火事です納税して下さい。ゾクゾクするわ。光明。馬鹿が戦車でドライブスルー。フランチャイズの犬」
ボーヤ「ユッケ」
ユッケ「逃げ得最新情報。褒められて自殺するタイプ。鼻。幅をきかせる魚たち。仲間。外人忍者AKA影。曹達(ソーダ)水」
ボーヤ「発作?」
ユッケ「名も無い石黒。そうは行くか双子の婚前交渉。起爆剤。徴兵懲役一字の違い腰にサーベル鉄鎖。お前物流を支えそうだな。固まる塊。山ランド海ランド空ランド。足しては引いてく賽(さい)の河原協同組合。撃ち抜いてアレックス」
ボーヤ「発作か。ユッケ。とても。とてもつらそうだよ」
ユッケ「へ、平気…」
ボーヤ「帰った方がいいんじゃないか」
ユッケ「帰らない…。時給制だから」
ボーヤ「そうじゃなくて」
長い間。その間にユッケは呼吸を整える。
ユッケ「ペネロペはどこに眠っているんだろう?」
ボーヤ「へ」
ユッケ「前にさあこの店にペネロペって子がいたんだよ」
ボーヤ「ああ、さっき言ってた子ね」
ユッケ「けどいなくなっちゃったんだよ急に。誰にも告げずに」
ボーヤ「へえ」
ユッケ「かわいい子。指名もダントツのナンバーワンだったんだ。色が白くて髪の長い子。あんた入る前。急に消えた。ニュースにもならなかった」
ボーヤ「ふうん」
ユッケ「性格もよくてあたしにも普通に話しかけてくれた。マウスウォッシュとかも貸してくれた。二人であんま面白くない映画とか観に行った」
間。
ユッケ「まともな子は、あの子だけだった」
SE、地の底から何かが這い出てくるような音が響く。音は徐々に大きくなる。それは無数の虫の羽音のようでもある。
ユッケ「あんたペネロペがどこ行ったか知らない?」
ボーヤ「知らない」
ユッケ「そう」
ボーヤ「……」
ユッケ「ほんとに?」
ボーヤ「……」
ユッケ「ほんとに?」
ボーヤ「……」
ユッケ「ホントオォォォニィィィ?」
ボーヤ「カメムシチップス!」
ユッケ「ん?」
ボーヤ「HAHAHA。この中にペネロペが入ってるとしたら?」
ユッケ「開けるよ」
ボーヤ「いや。開けない方がいい」
ユッケ「なんでよ?」
ボーヤ「それは」
SE、音やむ。(カットアウト)
ボーヤ「ボクは。ただね。ただ純粋に。ユッケの事が好きなんだ」
ユッケ「違う。そういうんじゃない」
ボーヤ「じゃあ、どれなの?」
セシボン登場。
セシボン「ただいまー。外あっづ」
ボーヤ「あれ?早いね」
セシボン「さっき牛丼食ったからアイスティーだけ飲んできた」
ボーヤ「そう。マネージャーは?一緒だったんじゃないの?」
セシボン「あーなんかガソリンスタンドよるとか言ってたよ」
ボーヤ「ふーん」
セシボン「外あっづ」
ユッケ「セシボンは前頭葉が溶けてなくなってるからあんま暑さとか感じないはずなんだけどな」
ボーヤ「HAHAHA、ひでえ」
セシボン「あっづ。残り香、残り湯、違う残り熱」
ボーヤ「ここだと暑いの分かんないね」
セシボン「まるでこんな気分だよ、あれだよ、あったじゃん、あるじゃん過去に。言葉」
ボーヤ「はい?」
セシボン「過去の。言葉。あるじゃん」
ユッケ「ことわざ」
セシボン「そう、ことわざ。なんか、暑い時には熱いお茶をどうぞみたいなことわざ。暑い時には熱いお茶をさあどうぞみたいな。あるじゃん。あったじゃん。過去に。ことわざ。暑い時にはあえて、あえて熱いお茶をはいどうぞみたいな。さあ今まさに淹れたてだから熱いけどちょっと飲んでいって下さいよお客さんみたいな言葉。過去に。ことわざ。あえて熱い」
ボーヤ「暑い時にはあえて熱いお茶をさあどうぞお客さん?ことわざで?」
セシボン「うん」
間。
ユッケ「喉元過ぎれば熱さ忘れる」
セシボン「それだ!」
ボーヤ「全然違うじゃん」
セシボン「意味は同じだべ」
ボーヤ「意味」
ユッケ「百年経てば。意味わかんじゃん」
ボーヤ「百年たったらか。確かに」
セシボン「百年。人生百年時代~」
ユッケ「それウソだから」
セシボン「え」
ユッケ「人生百年時代なんて、それウソっぱちだから。百歳まで生きるのは昔のタフな老人だけだよ。ある意味ラッキーな奴ら。戦後生まれとかは割とバタバタ死んでるよ。もっと若い世代なんて六十ぐらいでみんな死ぬよ。調味料でごまかした外国産味付け牛肉とかホルモン剤たっぷりのろくなもんしか食ってないし、みんなすごく貧しいから。学生なんか奨学金ローン組まされて社会に出る前から借金まみれで返済にその後の人生全て費やすからストレスでバタバタ死んでいくよ。一生納税と借金返済に明け暮れてまともに人生送れないまま還暦前にみんな死ぬよ搾取されまくりで」
セシボン「そうなの?」
ユッケ「そうだよ。還暦前にみんな。みんな死ぬよ六十手前で」
セシボン「やだ~!」
ボーヤ「ボクはそれでいいや。やり残した事あんまりないから」
セシボン「お前枯れてんな」
ボーヤ「うん。こんな世の中長生きしてどうなるんだよ。無間(むげん)地獄を長生きしたくはないよ」
セシボン「地獄」
ボーヤ「この世は地獄さ」
ユッケ「ナーバス太郎」
ボーヤ「ナーバスで結構」
セシボン「ナーバスってなに?」
ユッケ「都内走ってるバス」
セシボン「ああ。走ってるね」
ユッケ「走ってきなよ。外。ダッシュで」
ボーヤ「それにボクは元々備わってる能力のせいで寿命が他人より全然短いしね」
ユッケ「はあ?さっきっから。言ってろよ中二病」
セシボン「なんの事?」
ユッケ「この人時間止められるそうです」
セシボン「タイムスリップ!」
間。
ユッケ「違うから」
ボーヤ「いやタイムスリップの能力はない。でも時間を止められる能力ゆえに他の人には理解出来ない苦悩もあるにはあるんだ」
セシボン「くのうってなに?」
ユッケ「苦しむ事」
セシボン「苦しむ」
ユッケ「人は苦しむ。葛藤する。すると人は若くなるのよ」
セシボン「アンチエイジング?」
ユッケ「みたいなもんだよ」
セシボン「やるやるー。苦しむー」
ユッケ「やって。レコメンドするよ」
セシボン「レコメンドってなに?」
ユッケ「あ?あれ、レコード聴くのが面倒になる事」
セシボン「レコードってなに?」
ユッケ「だ、もういいよもう!」
ボーヤ「ほんとかよ、まるで赤ちゃんみたいだよセシボン知識のなさが」
ユッケ「とにかく苦しめば若くなれるんだからいいからやってみ?」
セシボン「うんやるやるー。苦しむー。化粧水ヒタヒタ級。贅沢な化粧水の風呂に入った級の苦しみー」
ユッケ「だよ」
セシボン「アンチエイズィィィンンングッ!やるやるー。苦しむー。悩むー」
ユッケ「苦しめ、悩め!」
セシボン「うん!苦しみー」
ボーヤ「HAHAHA。セシボンは後ろ向きに対して前向きだなぁ」
間。
ユッケ「ユーガッタ釈尊。ティツィアーノ。落款(らっかん)。私の腹持ち。ドキッ大人だらけの水牛大会。即席麺。プッペの大冒険。色慾ムーランルージュ。悩み悩ませどぶ板横丁」
セシボン「なにこれ?」
ユッケ「オイラト部クドカ・ベキ王家。良い人かどうか分かるスカウター。朝とマルチ。魔人。ヒババンゴお代わり。ドッケン。喜ばせたい蒸発。命名ありおりはべりいまそかり。棚に置いた生い立ち。奏でよウルスラ学園。探検女の子。紅一点と黒一点。株式会社最底辺」
セシボン「ねえなにこれ?」
ボーヤ「発作だよ。さっきも急になった。しばらく止まらないみたいだよ」
ユッケ「みだれ髪。租界ローション。あなどるなかれ人の常。カーテンのアクセントがおかしい。玉のような夜ちゃん」
セシボン「泣きそうだよユッケ」
ボーヤ「過呼吸起こさないかな」
ユッケ「狡猾リーベンデール。他界他界。肩で息する五番町。カバンに入れた棚橋。撃ち抜いてアレックス。あたしの。あたしの。あたしの世界の全てを!」
間。ユッケはとても苦しそうに息を整える。
ユッケ「た。たまになるんだ……」
ボーヤ「うん」
セシボン「ユッケ。病院に行こうよ」
ユッケ「行かない。行っても意味がない。薬も効果ない」
セシボン「行こうよ病院」
ユッケ「あたしの中にこれまで見てきた世界の全てが潜んでいるんだ!フタしてもフタしても結局は出て来て暴れまわっちゃう!でもほっといてほしい。それでも世界を見てやるわ。あたしは人間。生きている。見てやるわ。世界の全てを見てやるわ!」
セシボン「ユッケ」
マネージャー、赤いポリタンクを手に登場。
目は虚ろ。
マネージャー「どうしようかなー。難しいぞー」
セシボン「マネージャー、ユッケが!」
マネージャー「うん、それは後で。どうしようかなー。地を這うスパゲティビーストやってきちゃうなこんなんじゃ。小野塚雅子さんにも怒られちゃうなー。どうしようかなー。難しいぞー」
ボーヤ「その赤いの持ってどしたんですか?」
マネージャー「うん赤いよー。色に意味があるんだー。難しいなー。どうしようかなー。ああー俺の目に映る全てが相対的西鉄近隣住民に対してのまっ赤っかーな、まっ赤っかーな俺の赤い幻想なのかもしれないな、きっと。うん。ちょっちゅねー。それありかもしれないっちゅねー。あ、今同意された、小野塚雅子さんに」
ボーヤ「小野塚雅子さんって誰ですか?」
マネージャー「なんだよ~知らないのかよ~?へポクライデス・チョッチュネー星雲に住んでる俺だけの純情プリンセスの事じゃねえかよ。これがまた無茶苦茶怖いんだ。今なんか言ったっちゅか~?あ、大丈夫です。地を這うスパゲティビーストは必ずや俺がやっつけますから、あ、腰いてえなぁ。ああーそれはそれとしてそれはそれとしてだな~今日帰ったらあれだな~枝豆とキムチ納豆で一杯やろうかなー」
ボーヤ「マネージャーさん、さっきからなに言ってるんですか?」
マネージャー「え、おかしいな。どうしてお前に聞こえてんの?」
ボーヤ「え」
マネージャー「俺の心の声」
ボーヤ「ダダ漏れですよ。危険ですよ」
マネージャー「うるせえなぁもー」
マネージャー、ポリタンクのフタを開けてフタを投げ捨てる。
マネージャー「うるせえなぁもー。めんどくせーなぁもー。全部めんどくせーよー。怒られちゃうじゃんかよー。地を這うスパゲティビーストが襲ってくる前にぃ。地を這うスパゲティビーストが襲ってくる前にぃぃぃ!」
マネージャー、ガソリンをそこら中にぶちまける。
ユッケ「わっ!」
セシボン「ちょ!なにしてんの!」
ボーヤ「やめろ!」
マネージャー「だって怒られちゃうじゃんかよー。俺はただスパゲティビーストやっつけたいだけなんだぜー。こうしないと小野塚雅子さんに怒られちゃうんだよーあの人怖いからよー。シクシクー。そしたらまた俺来月も給料カットだよー。発泡酒もう飽きたよー。はーやだやだー」
マネージャー、ライターに火を点ける。
ボーヤ「やめ、やめろよっ!」
マネージャー「お前らあれだろ?俺の店でなにくわぬ顔して働いてるけど、実は全員変装した地を這うスパゲティビーストなんだろ?俺最初から分かってたんだよ。面接の時から」
マネージャー、セシボンに近寄って火を点けようとする。
マネージャー「お前いらない。俺の人生の邪魔でしかない」
セシボン「ちょっと!やめてやめてやめてほんとにマジで普通にっ!」
マネージャー「お前いらないの!小野塚雅子さんがそう言ってんの!」
セシボン「ちょっ!やめてやめてやめてごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
ボーヤ「時よ止まれ!」
ボーヤ以外の時間が停止する。
ボーヤ、マネージャーのライターを取り上げて顔面をおもいきり殴る。
ボーヤ「時よ戻れ!」
時間差で吹っ飛ぶマネージャー。
唖然とする他の人間。
ボーヤ「人には。人にはやっていい事と悪い事があります」
マネージャー「くそう…痛え。痛えな畜生」
ユッケ「どうやったの?」
ボーヤ「うん。ボクの能力だよ」
ユッケ「ああ。え?」
ボーヤ「ペネロペにもちゃんと謝って下さい」
ユッケ「え?」
マネージャー、ピクッとなる。
ボーヤ「マネージャーさん、あなたが殺しましたね?」
マネージャー「……ああ。とても、とても、美しい、女。だったんだ」
ユッケ「知ってるよ。なんだよ……」
マネージャー「でも。だから。だから俺ってば」
間。
ユッケ「なんなんなんなんなんなんなんだよお前っ!!」
セシボン「(泣きながら)この後飲み行く人ー!」
一人また一人と全員手を上げていく。
照明、ゆるゆると消えていく。
このどうしようもなく救いようのない世界の全てを消し去っていく。
幕
(第一幕は2002年劇団Hula-hooperにて初演。演出は劇団明日図鑑の牧田明宏氏。その後、上演を依頼されて第二幕を書き加えた2020年8月執筆版を小説投稿サイト向けに改稿して今回発表致しました)
戯曲『ペネロペの十字架』 堀川士朗 @shiro4646
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