戯曲『ペネロペの十字架』
堀川士朗
第一幕
戯曲『ペネロペの十字架』(第一幕)
脚本 堀川士朗
演出 ????
登場人物
ボーヤ(男または女)
セシボン(女)
ユッケ(女)
マネージャー(男)
音無恵子(女)
若い店員(男。声のみ)
(登場人物は全員、フェイスシールドを着用して登場する。演技もそのまま外さない状態で続ける)
第一幕
オープニング。
客電が消える。
暗転(フェードアウト)。
明転(フェードイン)。
椅子にボーヤが座ってボーッとしている。
他に椅子三脚と小さなテーブルがあるその部屋は風俗店のタコ部屋(待機部屋)である。
やがてボーヤ立ち上がり、テーブルの上の筒状のポテトチップスを取ろうとするがよろける。何度も。
やっと取って椅子に座り直そうとするがよろけて倒れる。
ほうほうの体で椅子に座るボーヤ。
ボーヤ「メニエル病かなぁ」
ボーヤ、ポテトチップスを開けようとする。
そこにセシボンが登場する。
セシボン「おはざーす」
ボーヤ「おはよう」
セシボン「今日17時からだったっけ?あたし」
ボーヤ「知らない」
セシボン「早いじょんボーヤ」
ボーヤ「え」
セシボン「今日早いじょん。今日早いじぇん。今日早いじゃんボーヤ」
ボーヤ「うん。何となくうちにいたくなかったから」
セシボン「そうなんだ。あ、花園神社花園神社。すげかったよ花園神社。花園。ジンジャー。なんかライダー大集合してた」
ボーヤ「え」
セシボン「あの。歴代ライダー大集合してた。それに輪をかけて家族連れも大集合してた」
ボーヤ「え、どうゆ事?」
セシボン「だからー、花園が仮面を着けた人、人じゃないけど人とー、そうでない人とで満ちあふれてたよ」
ボーヤ「えーと整理すると花園神社でライダーのショーをやってたって事だよね」
セシボン「うん。すげかった。ライダーバック転してた。事あるごとにバック転してた。ほらあたしライダー系好きじゃん?だから今日ちょっと遅れちゃったんだよねー」
ボーヤ「いつもボクより早いもんね」
セシボン「早いよっ!」
間。
ボーヤ「早いよね」
セシボン「ねえなんでさあうちったの店ってライダー系のコス置いてないんだろね?」
ボーヤ「需要がないからでしょ」
セシボン「えー?絶対人気出ると思うんだけどなぁ。そんでお客にジョッカーのかっこさせてライダー素股で倒すの」
ボーヤ「でもそれは」
セシボン「ライダー素股ァァァ!エェェェマゾォォォンライダーァァァ素股ァァァ!」
ボーヤ「あー」
セシボン「素股ァァァライダーァァァキィィィックッ!」
ボーヤ「素股の状態でキックはできないよ絶対」
セシボン「マネージャーに掛け合ってみよかな」
ボーヤ「あー」
セシボン「せめてエマゾンだけでも」
ボーヤ「あー」
セシボン「なに?」
ボーヤ「や、無理だと思う。しばらく新着コスは造らない方針でいくとか言ってたから」
セシボン「うそん」
ボーヤ「や、なんかね」
セシボン「さっきから気になってたんだけどさぁ」
ボーヤ「ん?」
セシボン「食べながら話そうよ」
ボーヤ「ああ」
ボーヤ、ポテトチップスを開ける。
マネージャーのアナウンス「ただいまよりユッケちゃんおつきの3番ボックスではフラワータイムへと移ります。ビバ!ハッスルハッスル!ユッケちゃ~ん頑張って!お客さんも~頑張って!」
(毎回マネージャーのアナウンスの前にM、ありがちな90年代トランスミュージックが流れる。アナウンス終わると自動的に曲もブツッと切れる)
ボーヤ「や、なんかねほらこの店コスは業者に頼まないでマネージャーの奥さんが手造りで造ってるじゃない。その奥さんこないだ自殺を図ったらしいんだよ」
セシボン「あーそうらしいね」
ボーヤ「もう退院したらしいんだけどって、え、知ってた?」
セシボン「や、知ってるもなにもその原因あたしにあるんだよねー」
ボーヤ「え」
セシボン「悪い事しちゃったかなー。まーいいよねー」
間。二人、ポテトチップスを食べる。
セシボン「あたし今月の梅毒とクラミジアの検査まだだったっけ?」
ボーヤ「知らない」
セシボン「こうなったら今後のコスは、もうこうなったらあたしが造ろうかな」
ボーヤ「いいじゃん」
セシボン「ボーヤあんたデザインやってよ」
ボーヤ「うん、でもボクは服の事は分からない、ごめん」
セシボン「普通に使えねーな」
ボーヤ「ごめん」
セシボン「いいよ。もっと謝って」
ボーヤ「え」
セシボン「ボーヤはかわいい」
間。
セシボン「ムレるよ。暑いよこれ(フェイスシールド)」
ボーヤ「うん。でも外したら死ぬからね」
セシボン「死ぬの?ほんとに」
ボーヤ「知らない」
セシボン「これじゃキスも出来ないよ」
ボーヤ「誰とすんの」
セシボン「あんたと」
ボーヤ「しません」
セシボン「つまんねー奴」
マネージャーのアナウンス「はーい!3番ボックス3番ボックス、ユッケちゃんフィニッシュ!ユッケちゃ~ん、お・つ・か・れ!お客さんも~、お・つ・か・れ!」
セシボン「ちっ」
しばらくしてユッケ登場する。
牛乳ビンの底のような眼鏡をかけて半袖短パン姿。
一冊の本を読みながらもう片手には百均の白いかごを持っている。かごの中には使用済みおしぼりが数本入っている。
ユッケ、かごの中の使用済みおしぼりを回収箱に捨て、かごを部屋のすみに置く。
ボーヤ「おつかれ」
セシボン「おいユッケ」
ユッケ「ひう」
セシボン「てめえユッケ臭えんだよ、そんでなんで名前もユッケなんだよ、あ?」
ボーヤ「やめなよ」
ユッケ「ふぅは」
セシボン「もうユッケも食えねえくせしてなんで名前もユッケなんだよって聞いてんだよ!ああ?名は体を表してんだよコラ!あ?」
ユッケ「み、見てやるわ」
セシボン「あ?」
ユッケ「見てやるわ。世界の全てを見てやるわ」
セシボン「なに言ってんだコラ?くらわすぞコラ?あ?ユッケてめコラ」
ボーヤ「やめなよ」
ユッケ「うじゅぶ。ひふ。み。見てや、見てやるわ。せ世界の全てを見てやるわ」
セシボン「ユッケばっか食ってんじゃねえぞコラ!あ?」
ボーヤ「ねえやめなよ」
セシボン「あたしだってユッケ食いてえんだぞコラッ!ああん?」
ユッケ「ひう」
セシボン「それをお前という奴は。という奴は名前にしやがって!そのーあのーあのーあれだ、名は体を表してんだよコラ!ああん?」
ユッケ「うじゅぶ」
ボーヤ「セシボンやめなってば」
セシボン「ユッケぁんが、え?なに」
ボーヤ「人を呪わば穴ふたつって言うよ」
セシボン「エロくない?」
ボーヤ「なにが」
セシボン「穴が」
ボーヤ「穴ふたつに反応しすぎだよ」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ」
セシボン「ああん?」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ」
セシボン「他になにか言えねーのかよコラ」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ」
セシボン「だ、だから他に」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ」
セシボン「おめぇブッ殺すぞコラッ!」
ユッケ「のいんとのいんと、はっふ……」
セシボン「あ?」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ」
セシボン「うっせてめえ。おいユッケ、今日はどんな本読んでたんだよてめコラ。ああん?」
セシボン、ユッケの本を取り上げる。
ユッケ「ぐんぎょ」
本は滅多に売ってなさそうな古本である。
セシボン「は」
ユッケ「全てを見てやるわ」
セシボン「今日はこれを朗読してたんか?」
ユッケうなずく。
セシボン「オプションで」
ユッケうなずく。
間。
セシボン「てめえなんでそんなんでこの店の指名ナンバーワンなんだよ……」
ユッケ、ゴキブリのような動きで逃走する。
ユッケ「うぉずがれざばでしだぁっ!」
ボーヤ「あ」
セシボン「あいつ馬鹿だね。コスのまんま帰ってやんの」
ボーヤ「ああ、あれ普段着」
セシボン「え」
ボーヤ「ねぇいつも気になってたんだけど毎回毎回ユッケになんかうらみでもあんの?」
セシボン「え。ないよ。あいつキモいから自然とそういう態度になっちゃうんだよね。なんか自然とヤンキー口調で接しちゃうんだよね。でもあいつもそれを望んでるっつーか」
ボーヤ「いや望んでないと思う」
セシボン「そっか。じゃ今まで悪い事したかな」
ボーヤ「うん。でもユッケああ見えて割といい子だよ。お店の観葉植物、あれ全部ユッケが水あげてるんだよ」
セシボン「へー」
ボーヤ「本もよく読んでるみたいだよ。なんか自宅に本専用の部屋があって、一万冊ぐらい本が置いてあるんだって」
セシボン「すげー!金持ちじゃん」
ボーヤ「まあでもそうでもなくて、その本代稼ぐためにここで働いてるんだって。あの子色々学んでるんだよ割と」
セシボン「ふーん。すっげ。ふーん。あたしらもなんか読んでおかないとヤバいかな?」
ボーヤ「とりあえずそれ読めば?」
セシボン、しばらく本を読む。
セシボン「見てやるわ。世界の全てを見てやるわ」
間。ボーヤとセシボン、ポテトチップスを食べる。
セシボン「あいつさぁ。世界の全てが見えてんのかなぁ?見渡してんのかなぁ?」
ボーヤ「え。や、これから見ようとしてるんじゃない?見てやるわ、な訳だし」
セシボン「すっげえなユッケ」
ボーヤ「あれ?もしかしたらリスペクトしてる?」
セシボン「リスペクトってなに?」
ボーヤ「……うらやましいって意味だよ」
セシボン「あーそれはないかな。だってあんなんじゃ社会で生きてけないじゃん。コンビニとかしか行けないじゃん。あ。でもそれ同じか。あたしらも仕事終わったらコンビニしか行かないもんね。あたしストレスたまるとコンビニで普通に一万円ぐらい余裕の買い物しちゃうよ。全然いらないもんとか買って」
ボーヤ「ああそれは分かる」
セシボン「ねえあいつが実家とか本すっげ持ってるのとかなんで知ってんの?」
ボーヤ「ああ。配信アプリ」
セシボン「え」
ボーヤ「こないだ観たんだけど、あの子ライブ配信アプリでライバーやってるんだよ。ユッケクラブっていう名前つけて。フォロワーも2000人ぐらいいたよ」
セシボン「2000人……前のユッケ」
ボーヤ「気持ち悪いよその量」
セシボン「すっげ」
ボーヤ「セシボンもやれば?あの子ライブ配信でフォロワー増やして確実に店の指名取ってるよ」
セシボン「マジか。リスペクテスト!」
ボーヤ「やってみれば?」
セシボン「やるやるー」
ボーヤ「夢は広がるね」
セシボン「ボーヤもやれば?」
ボーヤ「ボクはいいよ。他人が幸せになるのを見てるだけでいい」
セシボン「ふーん」
間。しばらくしてボーヤ鼻をスンスン鳴らす。セシボンは本の続きを読む。
セシボン「昔は本とか結構読んだんだけどなぁ」
ボーヤ「(周囲を嗅ぎながら)なんか、あれ?くさ、あれ?」
セシボン「え」
ボーヤ「や。気のせいか。え、なに?」
セシボン「や、ほら。昔は学校とかの影響とかで本とか割と無理矢理読みまそられてたじゃん?最近は学校とかの影響とかないから全然無理矢理読みまそられないよねー」
ボーヤ「読書感想文」
セシボン「お」
ボーヤ「読書感想文」
セシボン「おおっ!いいねーやるねー」
ボーヤ「読書感想文」
セシボン「はるか昔に聞いた単語だよ」
ボーヤ「なに読んだ?」
セシボン「覚えてねーよそんなの」
ボーヤ「終わりか。この話題」
セシボン「あん」
M、トランスミュージックが流れる。
マネージャーのアナウンス「はい!セシボンちゃんセシボンちゃんご用意出来ましたら2番ボックススタンバイ。オプションコスプレはヤヤナミ、オプションコスプレはヤヤナミでお願い~いたしマスッ!ビバ!ハッスルハッスル!それではセシボンちゃん今日も張り切って頑張ってスタンバイよろしくド~ゾ~ッ!」
またアナウンス、ブツッと切れる。
セシボン「ヤヤナミかよめんどくせーなムレるんだよなあれ」
ボーヤ「ニッコリさん(指名される事)じゃないんだ」
セシボン「ニッコリさんじゃないよ。あたしも指名ほしいよ」
ボーヤ「だね。張り切って頑張って」
セシボン「ねえ」
ボーヤ「ん?」
セシボン「ねえ。更衣室になんかいない?」
ボーヤ「え」
間。
セシボン「やめてよ」
ボーヤ「完全こっちのセリフだよ」
セシボン「行ってくるだ。あ~吐きそうだ吐きそうだぜー」
セシボン、古本をテーブルに置き、百均のかごに新しいおしぼりを何本か入れて持ち更衣室に去る。
しばらくボーヤ、ぼ~っとする。
ちょっとだけ鼻をスンスン鳴らしてまたぼ~っとする。
そこにユッケがやってくる。
ボーヤ「あ」
ユッケ「ひう。せか、せ、世界の全てを見てやるわ」
ボーヤ「ユッケ」
ユッケ「世界の全てを見てやるわ。世界の全てを見てやるわ。世界の全てを見てやるわ。世界のすべ、(眼鏡を外す)あのー、その本返してもらえないですか」
ボーヤ「え、あ」
ボーヤ、ユッケに古本を渡す。
ユッケ「どうも」
間。
ボーヤ「普通にしゃべれるんだ?」
ユッケ「え……そりゃそうでしょう」
間。
ユッケ「演技演技。演劇」
ボーヤ「ああ、だよね」
ユッケ「キ〇ガイとかだと思ってました?」
ボーヤ「や」
ユッケ「そんなんまず面接で落とされるでしょう」
ボーヤ「ああ……」
すごい間。
ボーヤ「いつもお店の観葉植物にお水ありがとう」
ユッケ「いいえ」
ボーヤ「あ。配信アプリ観たよ。すごいねユッケクラブ。フォロワー多くて」
ユッケ「あああれ辞める」
ボーヤ「え、なんで」
ユッケ「毒を食らいすぎたから」
間。
ユッケ「ああ。ここにペネロペが座っていたんだな」
ボーヤ「ん?」
間。
ボーヤ「セシボンとはもう長いんだっけ?」
ユッケ「セシボンは先輩。もう二年いる。あたしは一年ちょい」
ボーヤ「セシボンがなんかユッケにリスペクトしてたよ」
ユッケ「あー、は~。いちいちそういう反応されるのほんと迷惑だなぁ」
ボーヤ「でもこれからはあんまりイジメなくなると思うよ。なんか。照れが発生して」
ユッケ「はあ。そりゃありがたいですね。まあ。どうでもいいですよ」
ボーヤ、鼻をスンスン鳴らす。
ボーヤ「ねえなんか臭くない?」
ユッケ「え。あたしじゃないですよ」
ボーヤ「あ、うん」
ユッケ「ユッケ臭いってのはあれは完全な言いがかりですからね」
ボーヤ「あ、うん」
ボーヤ、いよいよ確信的に鼻をスンスン鳴らす。ユッケもスンスンやる。
ユッケ「なんの臭い?」
ボーヤ「んー。これは。カ、カメムシの。焦げたカメムシの。なんか、カメムシを焦がした感じの臭いが」
ユッケ「えー?(しばらく臭いを嗅ぐ)わーほんとだ!くっせ!うぇっ。く、くっせ!カメムシくっせ!カメムシくっせ!」
ボーヤ「え、HAHAHA」
ユッケ「くっせー!カメムシくっせ!カメムシくっせ!カメムシくっせー!」
ボーヤ「HAHAHA」
ユッケ「ぐわー!ぐわー!うわすっげ。ぐぇ。カメ、うおえっ!くっせーなおい!カメムシ、うえっ!カメ、なんだこれ?カメムシくっせ!カメムシくっせー!」
ボーヤ「HAHAH……」
ユッケ「カメムシくっせ!カメムシくっせ!カーメムシ!カーメムシ!カーメムシ!カメムシくっせー!ギャアアアアア!」
ユッケ、バターンと倒れる。
ボーヤ「あ、あの」
間。
ユッケ、何事もなかったかのように立ち上がる。
ユッケ「じゃああたし帰りますね。なんか。カメムシ臭いので。お疲れ様でした」
ユッケ、去ろうとする。
ボーヤ「あの!」
ユッケ、振り向くと牛乳ビンの底のような眼鏡を既に装着している。
ユッケ「うじゅぶ。見てやるわ。世界の全てを見てやるわ」
ユッケ、すり足でゆっくりとゆっくりと立ち去る。
間。
SE、地の底から何かが這い出てくるような音が響く。音は徐々に大きくなる。それは無数の虫の羽音のようでもある。
ボーヤ、しばらくまたぼ~っとする。
立ち上がる。よろける。
立ち上がる。よろける。
部屋をウロウロする。
ボーヤ「なんなんなんなんなんなんなんだよ。どこにいるんだよ」
ボーヤ、テーブルの上のポテトチップスの缶に注目する。
ボーヤ「うそだろ……」
ボーヤ、ポテトチップスのフタを開ける。
おそるおそる中を見る。
暗転(カットアウト)。
三秒後、SEもカットアウト。
(第二幕に続く)
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