第5話

 プレゼンの資料の添削にはほぼ一日かかった。というか一から作ったようなものだ。


 残業に残業を重ねたせいで、会社にはもう誰もいない。


 外は真っ暗だった。




「あの、遅くまで付き合わせてしまってすみませんでした」


「いいよ、もう。久々に仕事したって気になったし」




 私は口から魂が抜けて、ただの企業戦士と化していた。戦場から舞い戻り、早くベッドで横になりたい。




「東条先輩って同じ路線でしたよね。うちまで送っていきます」


「いいよ。片岡くんの帰りが遅くなちゃうし」


「で、でも、女性が一人でこんな遅くに歩くなんて危ないと思うんです。申し訳ない気持ちもあるんで、送らせてください!」




(お前のせいで遅くなったんだろ、ばか)




 私はこう思ったが、片岡くんの言葉を断る元気もなかった。


 仕方なく会社をでて、電車に乗り、二人で夜道を歩く。




「僕って、昔から不器用で何やっても失敗しちゃうんですよね」


「うん、だろうね」


「先輩の力になりたいのに迷惑かけてばっかりで……」




 ほんと迷惑かけられっぱなしだよ。




「先輩禁止って言ったでしょ」


「すみません!」




 その時だ。ぽつぽつと強い雨が急に降り出した。




「あ、雨……」




 私はため息をついて視線をかがめた。残業させられたうえに、濡れて帰るだなんて。


 すると片岡くんがスーツのジャケットを脱いで、手で傘を作ろうとした。




「先輩、濡れちゃ困るんでこの中に入ってください」




 彼は私とできるだけ距離をとれるよう、ジャケットを私の側に向けてくれている。おかげで片岡くんの右肩はびしょ濡れだ。




「いいよ。もうすぐ家に着くし。片岡くんのほうがまだ家に帰れないんだから自分にかぶりなよ」




 私はそう言ったが、彼はずっとジャケットを傘替わりにしたままだった。




「入ってください。お願いします」




 なんて不器用な子なんだろう。


 私はある意味関心しつつも、仕方ないので入ってやった。


 身体がくっつかないように気を使ってくれているのか、歩き方がぎこちない。




「あの、プレゼンがんばります」




 片岡くんはそう言って、私を家まで届けた。




「うん。頑張って」




 家に帰るころには日付を跨いでいた。でも何故か嫌な気持ちはしなかった。


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