第2話 『加虐』のカレン

塔の中は意外にも良く知る地球らしい造りをしていた。

全体的に薄暗いが、洋風な廊下が長く長く続いている。


「魔人にも美術品を飾る趣味とかあるんですね」


「……」


メイドは何も言わない。

廊下には壺やら絵画やらが飾られていたりするけど、薄暗くて良く見えない。

もっと展示方法とか考えた方が良いんじゃないかな。


メイドに鎖で引っ張られながら幾つかの階段を登り、廊下を進む。


腰が限界を迎えて、指先を使い始めた頃。

ようやくメイドが止まり、部屋の扉を開けた。


「衣装部屋です。ここで着替えて頂きますので」


はぁ、と気のない返事をして部屋に入る。

部屋の中には入院服みたいな真っ白い服が大量に用意されていた。

サイズは各種あるようだが、色もデザインも同じものしか存在しない。


「あの、これ」


「今の服を脱ぎ、これに着替えてください」


「……はい」


私服を脱いで、サイズが合いそうな白い服に着替える。

俺の着替えに何も思う所は無いみたいだ、表情1つ変えずにただ待っている。


「はい、着替えましたよ」


「それでは次は頭髪を整えていた抱きます」


まるで注文の多い料理店だ。

メイドは何処から取り出したのかハサミや剃刀、櫛等を取り出すと俺を取り抑えて身嗜みを整えていく。


6本あった腕を器用に使い、俺をあっという間に小綺麗な姿に変えるとメイドは満足気に頷いた。


「今日は水しか口にしていませんね? よろしい、注文通りです」


「はいはい、次は全身にクリームでも塗りますか」


「は? 」


あ、いや何でも無いです。


しかしこれはなんの下準備なんだろうか。

注文の多い料理店なんて例えをしてしまったせいで、嫌な予感が頭を巡る。


まさかな、そんな事、ないよな。


「それではお嬢様がお待ちですので」


それはさっき聞いたよ。


メイドが再び鎖を引き、俺を部屋から出すとまた歩き出した。


また腰を痛めながら歩かなきゃいけないのか……と、覚悟を決めた瞬間にメイドが足を止める。

屈んだまま顔を上げると、大きな扉の前だった。


威容のある扉、装飾は豪華で3m近くある。

間違いなく、この奥にいるのはメイドが『お嬢様』と呼ぶ黒い塔の主なのだろう。


「あの……」


メイドは鎖を外すと1歩引いた。

さっさと入れ、と顎を向けた後に6本の腕を器用に畳んでお辞儀する。

このお辞儀は俺にでは無く、お嬢様に対する物なんだろう。


「……」


俺は、魔人にとってなんだ。

これから俺はどうなる。


もしもここから逃げようと走り出したとしても、メイドに捕まってまた連れ戻されるのがオチだろう。


「……」


意を決して、扉に手をかける。


思ったより扉は軽い。

ドアノブを回すと簡単に扉が開いて、俺は恐る恐る中へと滑り込んだ。


「し、失礼します」


部屋は暗い。

目を凝らすと天蓋がついた立派なベッドがあり、ここが寝室であると辛うじて分かった。


そのベッドには小さな女の子腰掛けていて、こちらをじっと見詰めてきている。


薄暗い部屋に浮かぶ様な深紅の瞳。

微かな光を受けて黄金の髪が輝く。


「こんばんは」


女の子は薄く笑うと俺を手招きした。


彼女の近くまで歩く。

フラフラと、まるで誘蛾灯に誘われる虫みたいだ。


「こ、こんばんは」


「私はカレン。罪の名は『加虐』、君は? 」


かぎゃく、加虐? 随分物騒な名前だ。


「銀次です。藤見銀次……」


「ギンジね、フフねぇギンジ」


それにしても、幼い見た目の割に随分大人っぽい雰囲気の女の子だ。

この子も魔人なんだろうか、 見た目は普通の人間と変わらないのに。


「なんですか……? 」


「とりあえず、跪いて」


カッと軽い音が鳴る。


それが自分の顎から鳴った音だと言う事と、原因が彼女がいつの間にか振っていた腕のせいだと言う事に気が付いた時には。


俺はその場に跪いていた。

吐き気が込み上げて、胃液しかない吐瀉物を床にぶちまける。


視界がぐにゃぐにゃして、頭が酷く傷んだ。


「え……」


「私と会う時、必ず私の視線より下に居なさい」


訳か分からなくて涙が溢れてくる。

意味不明なままに見上げると、薄暗闇に浮かぶ深紅の瞳が愉悦に歪んでいた。


またカレンの腕が振るわれる。


頭を撃たれた。

全身の血が一点に集まったような感覚に襲われて、完全に床に這い蹲る形になる。


「なんで、こういう事……」


「だって私、『加虐』だもん」


部屋の前で、逃げ出しているのが正解だったかもしれない。

目に熱い何かが垂れてくる、さっきので出血したらしい。


「お、お願いします! 労働でもなんでも、言う通りにするから! 」


殺さないで。


そう言いかけて、カレンの笑い声に掻き消された。


「馬鹿ねぇ! あなた、自分が何の用途で運ばれたか知らないのね! あははは! 」


カレンはそれはもう、本当に心底愉快そうに笑っていた。


「銀色の首輪は、『極上』の証。この極上って言うのは、味がね、極上なの。あなた、とっても美味しい奴隷ですよって私に送られてきたのよ」


高笑いしながら、魔人は俺の腕を捻りあげる。

小さな口をいっぱいに大きく開けて……俺の指を噛み砕いた。


一瞬、ビクッと震えるとカレンは頬を抑えて身悶えする。

小さな女の子が大好物を食べた時みたいな、無邪気な仕草だった。


一方俺は、指が欠損した訳で。

痛みに床を転げ回る事となる。


震える手の先、右手の人差し指が根元から無くなっていた。


「んーーー! 美味しい! 凄いわ! ねぇあなたって本当に美味しい! 銀色なんて、高いだけで味なんて変わらないと思ってたけど、こんなに変わるものなのね……! 」


この子は魔人で、人類を捕食する天敵だった。

見た目に騙されて一瞬でも気を抜いた俺が恨めしい。


「……んんー、んー」


何とかして逃げ出さなければならない。

このままだと、散々痛みつけられた後に殺される。


「……」


あのドアの向こうにはまだメイドが居るのだろうか。

もし居なかったとして、逃げ出せたとしてこの荒野をただの人間でしかない俺はどう生き延びれば良い。


「ねぇ、ちょっと」


カレンが言葉を発する。

反射的に身体が震えて、後退ってしまった。


「そ、そんなに怯えないでよ」


……?

何言ってるんだ?


人間は一方的に暴力を振るわれると怖いんだよ、そんな事も分からないのか?


カレンが手を伸ばす。

しかし、先程のような悪意を持った鋭い動きでは無く。

恐る恐る、探る様な動きで俺の額に触れた。


「いっ……」


「痛むの? 」


「そりゃあ、さっきあなたに殴られて……ゆ、指だって」


様子が変だ。

あれだろうか、暴力を振った後に優しくするDV彼氏みたいな性質なんだろうか。

流石にこんなので騙されるほど馬鹿じゃないぞ。


恐る恐る見上げる。


カレンは本当に、心配そうな表情で俺の傷に触れていた。


俺は確信する。


こいつは頭がおかしい。


だが、チャンスかもしれない。


「あ、あの! すごく痛むので、休ませてくれませんか」


痛そうな、苦しそうな顔で言う。

涙だって我慢しない、ドンドン出ろと瞬きを増やす。


この魔人の頭がおかしいとかはどうでもいい、とにかく俺に同情させてこの場を気に抜ける。


「……そうよね、こんなに血が……私が……」


「そ、そうです! 痛くて……」


カレンは少し戸惑った後、扉に小走りで駆けていった。


「マリア! 」


呼ばれてすぐ、メイドが扉から顔を出す。

あの腕の多いメイドの魔人はマリアと言うのか……


マリアは俺がまだ生きていることに驚き、少し目を大きくするとカレンに向き直る。


「マリア、彼の……手当をしてあげて。あと、部屋と、食事を」


「……はい? 」


マリアは初めて大きく感情を表に出した。

困惑、意味不明と言った顔をしてカレンと俺とを交互に見る。


「早くして」


「は、はい。かしこまりました」


使用人らしいマリアでも困惑するなら、俺に何か分かる訳が無い。

相変わらず困惑し続けるマリアに連れられ、俺は部屋を出た


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