家畜人類生存戦略

助兵衛

第1話 魔界へ

無限に続く荒野。

ガタガタと揺れる薄暗いトラックの荷台。


エンジン音に紛れて、遠くで雷鳴が轟く。


「知ってるか? 魔界の雷は魔王が降らしていて、止むことはないらしいぜ」


「あぁ似たような話なら聞いた事がある。その雷に当たると人間は化け物に変えられるって婆ちゃんが言ってたな」


ヒソヒソと、気分を紛らわす為に誰かが喋っている。


乗合人は蹲って絶望に暮れる、あるいは啜り泣く老若男女が数十名。

ぎゅうぎゅうに押し込まれた俺達の首には、金属の首輪が嵌められていた。


「……はぁ」


俺達人類が、魔人と呼ばれる異形からの侵略を受け始めて1年。


突如太平洋のど真ん中に現れた門。

そこから溢れ出た魔人達は太平洋に面する国を次々に飲み込んでいった。


度重なる爆撃やら核攻撃やらで一時的に勢いを止めることは出来ても、門は傷1つ付かず次の日には平気な顔して魔人がまた溢れてくる。


そうして、1年。

アメリカが滅んだ次の日くらいに日本は魔人の上陸を受け、同じく滅ぶ事となった。


人類の殆どは捉えられて奴隷となり門の向こう、魔界に送られた。

俺もその内の一人としてこうして寿司詰めとなっている。


ここは奴隷商? 的な魔人が運転するトラックの荷台の中だった。

荷台に載せられている人達は大きく分けて3種類。


黒い首輪を嵌められたのは魔人曰く資源奴隷、年寄りか体の弱そうな人が多い。


白い首輪を嵌められたのは魔人曰く労働奴隷、男が多く皆ガタイが良い。


赤い首輪を嵌められたのは魔人曰く食用奴隷、どういう用途の奴隷なのかは……考えたくない。


俺は……その3つどれにも属さない首輪を着けていた。


「なあ兄ちゃん、あんたの首輪珍しいな……銀色か? 」


「良いだろ、俺も何なのか良く分からないんだ」


俺しか着けていない、銀色の首輪を撫でる。


食用奴隷、資源奴隷は絶対になりたくない。

せめて労働奴隷なら……と思っていたら銀色の首輪を与えられた。


もしかしたら、奴隷の中でもアタリな役割なのかもしれない。

愛玩奴隷……みたいな。

俺は特別イケメンって訳じゃないけど、魔人特有の美的センスに引っかかる何かがあったのかも知れないし。


「……あぁ、くそ。燃料切れみたいだな」


トラックのエンジン音が大人しくなる。

荷台の揺れが落ち着き、停車すると同時に黒い首輪の資源奴隷達が騒ぎ出した。


少しでも荷台の前側へと、扉から逃れようと這って叫ぶ。


「……なぁ銀の兄ちゃん」


「銀次だよ、藤見銀次」


銀の兄ちゃんってのも間違ってはないか。


「そうか、銀次。この車どうやって走ってるか知ってるか? 魔人はガソリンなんて使わねぇ、エンジン部分を化け物に置き換えて車を走らせるんだが、その燃料ってのが……」


「黙ってくれよ、知ってるから」


悪い、と言ってお喋りな男が黙る。


車が停まってから数分後、荷台の扉が開いて……魔人が現れた。


人間の身体に蟷螂の頭を乗っけた異形の怪物……魔人はギョロギョロと荷台を見渡すと、手近にいた資源奴隷の足首を掴むと荷台から引きずり出した。


「止めてくれ! いやだ! おい! 見てないで助けくれよ! 」


誰も、何も言わない。


魔人は荷台を閉める。

外からはくぐもった助けを呼ぶ悲鳴と、断末魔が聞こえてきた。


「……俺達はまだ運が良い」


本当に、そうだな。


エンジンが再び唸りを上げた。

トラックが再度走り出して、さらに数時間の時が流れる。


途中に何度か停車し、その度に載せられていた奴隷が減っていく。

あのお喋りな男も消え……

俺1人だけがポツン、荷台に残された。


あんなに窮屈だった荷台が今や随分と広々と感じる。

足を伸ばして、遠くの雷鳴を聞いて時間を潰す。




「降りろ」


喉を潰して、治りかけをもう1回潰したみたいな酷い声で起こされた。


いつの間にか寝ていたらしい。

凝り固まった体に呻きながら起き上がると、扉を開けた魔人が苛立たしそうに立っていた。


当然、大人しく従う。


フラフラと荷台から降りようとして、足が痺れていたのか転がり落ちる。


「うお! す、すいませ……ぶっ」


蟷螂頭の魔人は慌てて俺を抱き留めると、しっかりと勢いを殺した後地面に投げ捨てた。


この野郎……


口に入った砂を吐いて立ち上がると……目の前の光景に圧倒されて、俺はまた尻餅をついた。


「……これが魔界」


塔が立っていた、馬鹿みたいに大きい。

暗雲を突き刺すように立った巨大な黒い塔。

継ぎ目が一切ない、見ていると遠近感が狂う漆黒の建造物。


リアリティの無さが、ここが魔界であると再認識させてくれた。


あ、そう言えばこの後どうしたら良いんだ?

蟷螂頭君は……


「……あの、俺はどうしたら……」


放り出されたは良いが、ここからは自分で歩いて行けとか言うのかよ。


振り返ると、蟷螂頭の魔人の手が伸びてくる真っ最中だった。


「ガッ!? 」


俺の胸倉を掴んで、蟷螂頭は声を張り上げる。

相変わらず酷い声だ。


「お前、俺に何をした! 」


何を言ってるのか全く分からない。

ただ、蟷螂頭がとにかく怒っているのは分かった。

なにせ顔の半分は占める目が真っ赤に染まっている。


「言え! 何をした! 」


魔人の怪力は俺の体重を軽々と持ち上げて、振り回す。


「待って……なんの……本当に分からない、何もしてない……! 」


視界の端が黒く染まってきた。

酸素の足りない脳みそが悲鳴を上げる。


徐々にぐったりとしていく俺と対照的に、蟷螂頭のボルテージはグングン上がっていく。


とにかく訳が分からない。

いきなり怒られて、殺されかけている。

俺が何をしたって言うんだろう。

俺は、気付かないだけでそんなに悪い事して生きてきたんだろうか。


あぁもうダメだ落ちる、あるいは死ぬ。


「……お嬢様のお荷物に、何をなさっているのでしょう」


凛とした女の声が響いた。


蟷螂頭がビクッと震える。

俺は地面に放り投げられ、何度か転がって土埃を巻き上げた。


酸素が美味しい、肺が痛む。


「げほ! げほ……あー、何なんだよ……」


「お怪我は」


頭上からさっきの声がまた聞こえてきた。

死に際の幻聴では無く、しっかりと現実に居る誰かの声。


見上げると、メイド服の女性と目が合う。


「お怪我はありませんか? 」


人形さんみたいに整った顔。

思わず見惚れそうになったが、彼女の腕が6本ある事に気が付いて頭が冷めた。


へぇ、こういう魔人もいるんだな。


「……大丈夫です」


振り返ると蟷螂頭は走り去っていて、トラックの巻き上げた土埃だけが残っていた。


「お待ちしておりました。配達に不備があったようですね、よく言っておきましょう……」


立ち上がった俺に、メイドは鎖を差し出す。


なにこれ。


「あの、これは」


「……はぁ」


反応の無い俺に痺れを切らして、メイドは鎖の端を俺の首輪に取り付けた。


金具がカチン、と鳴る。


あぁそう使うんだ。


「それでは参りましょうか」


「あ……はい」


グイ、と鎖を引かれて歩かされる。


腰が、痛いぞこの姿勢。


鎖が中途半端に短いもんだから、かなり腰を曲げないと歩けない。


少し歩いてようやく気が付いた。

これ、俺が四足歩行する前提でこの長さになってるな?


メイドが苦しそうな俺に冷たい視線を投げかける。

忘れてた、俺そう言えば奴隷だったっけ。


絶対に四足歩行なんかせんぞ……

痛む腰に鞭打って、ヒョコヒョコと無様に進む。




黒い塔は近付くと尚更異様な建造物だった。

磨き上げられた様に光沢を放ち、一切の継ぎ目が無い黒い壁。


メイドが何も無い壁に触れる。

どういう仕組みなのか、スルリと割れて両開きの扉となった。


冷たい風が中から吹いている。


「さあ急ぎましょう、お嬢様がお待ちです」

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