第48話 デルフォスの望み1


「兄さん? いい加減起きてよ! もうお昼なんだよ?」

「あ…………?」


 目を覚ますと、俺は自分の部屋に居た。窓からは太陽の光が差し込んでいる。


「……やっと起きた」


 しかも、アニが俺の部屋に入ってきていた。


「どういうつもりだアニ……俺はまだ眠いんだが……?」


 俺は問いかける。


「そんなこと言わないでよ……。主役が来なかったら、みんなが泣いちゃうよ?」


 アニは相変わらずの間抜け面でそう答えた。


「主役……?」


 こいつは一体、何を言っているのだろうか。


「ほら立って兄さん。みんな待ってるからさ」


 アニは目覚めたばかりの俺の手を引っ張って、どこかへ連れて行こうとする。


「な、なんだ……? どういうつもりだ?」

「いいからいいから」

「待て……どこかへ連れて行きたいのならせめて着替えさせろ」

「確かに……それもそうだね。じゃあ僕は部屋の外で待ってるから、なるべく早く準備して!」


 そう言い残して、俺の部屋を後にするアニ。


「何なんだ……一体……?」


 俺は思わず呟いた。


 長い悪夢を見続けていたような気分で、頭が冴えない。


 記憶が曖昧なせいで、自分がどうしてこの場所に居るのかもはっきりとしなかった。


「……着替えるか」


 ろくに頭が回らない以上、深く考えても仕方がない。


 俺は渋々、アニの言う通り急いで着替えることにした。


 いつも着ている服を身にまとい、自分の部屋を出る。


 すると、外の廊下で待っていたアニがこちらへ近づいて来て言った。


「それじゃあ、今度こそ行こうか!」

「ああ…………」


 俺はそのまま、アニに手を引かれて廊下を歩かされる。


 そうして連れて来られたのは、食堂の扉の前だった。


「さあ、開けて。兄さん!」

「…………?」

「早く!」

「ああ……」


 言われるがまま食堂の扉を開けるとそこには――


「「「「お誕生日おめでとう!」」」」


 俺のことを祝福する妹達の姿があった。


「なん……だと……?」


 あまりにも突然のことに驚き、俺はその場で立ち尽くす。


「僕と、メイベルとソフィアとエリー……みんなで準備したんだ」


 アニはが俺の前に進み出てそう説明した。俺の誕生日は今日だったのか……?


「お兄ちゃんはいつも忙しそうだったし、自分の誕生日なんか忘れてるでしょ? 祝ってあげるわたし達に感謝しなさいよね!」


 アニの後ろから顔を出して威張るメイベル。


「その……面と向かって言うのは恥ずかしいけれど……おにーさまには、いつも感謝しているわ……」


 ソフィアは俺に近寄ってきて、伏し目がちに言った。


「ほら、あそこに座ってよおにーちゃん! 今日くらいはあたし達に任せて!」


 そして、いつの間にか後ろに回り込んでいたエリーが俺の背中を押す。


「お兄ちゃん……? 俺のことを呼んでいるのか…………?」

「当たり前でしょ? だってお兄ちゃんはお兄ちゃんしかいないじゃない! ……アニは弟って感じだし」


 そう答えるメイベル。


「ひ、酷いよ……僕が一番年上なのに……!」

「仕方ないわ……アニはエリーと同じ……可愛い系だから……」

「ソフィアまでそんなことを……! 僕、いい加減怒るよ!」

「…………褒めてるのに……理不尽……」


 明らかに何かがおかしかった。アニとこいつらはこんな関係じゃなかったはずだ。


「け、ケンカしちゃダメだよ! 今から、おにーちゃんの誕生日をお祝いするんだからー!」

「……それもそうだね。早く兄さんを案内しようか」


 それから、俺はアニや妹達に四方を取り囲まれ、一番奥の席へ連れていかれた。


「いつもありがとう、兄さん」

「ふん……ありがたく祝われなさい!」

「おにーさまのために……頑張った……!」

「おにーちゃん大好きっ!」


 アニ、メイベル、ソフィア、エリーは、そう言って俺に微笑みかける。


 ――こんなことがあるはずがない。俺をめようとしているのか?


 不気味だ。意味が分からない。


「な、なんなんだ……これは……俺は一体何を見せられている……?」


 思わずそう呟いたその時、


「――キミが望んでいるものだよ」


 再び何者かの声が聴こえてきて、周囲の時間が止まった。

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