第49話 デルフォスの望み2


「くそ……なんなんだこれは……!」


 俺は椅子から立ち上がり後ずさる。


 全てが停止した空間の中で、俺とだけが動いていた。


「ここはキミの記憶を元に構築された、キミにとっての理想の世界なんだ」


 そいつはアニの姿で俺に近づいてきて、アニの声でそう告げる。


「キミの傷が癒えれば、ここは崩壊して現実へ戻れる。それまで場所でゆっくりするといいさ」

「貴様……アニじゃないな……!」

「ああ、そうだよ」


 アニもどきは机に飛び乗り、不気味な笑みを浮かべた。


「よく気づいたね」


 ――よく分からないが、こいつは間違いなく危険な奴だ。


「そうか。では死ね」


 俺は躊躇なく魔力を解放し、そいつに向かって光属性魔法を放つ。


「ええええええええええええええっ?!」


 俺の放った攻撃魔法『光の矢フォス・ヴェロス』は、そいつの頬を掠めて飛んでいき、壁に穴を開けた。


「…………チッ」


 どうやら不意打ちに失敗してしまったらしい。


「なななな何考えてるの?! 私は命の恩人なんだよ?! 死にかけのキミの体をキミの精神を元に構築した世界に転送して助けてあげたの! 分かるかい?」

「意味が分からん」

「じゃあいいよ! とにかく私はキミの味方なんだ!」

「……そうか。ならそれを先に言え。貴様が怪しい雰囲気を全身から発していたから、俺の命を狙う不届き者かと思ったぞ」

「お、おっかないよこいつ……想像以上だよ……!」


 どうやら俺の強さは理解してもらえたようだ。やはり、怪しい奴は力で脅して従わせるに限る。


 不意打ちには失敗したが、身の程をわきまえさせることには成功したので、まあ良しとしよう。


 俺は椅子に座り直し、腕と足を組む。


「では改めて聞こう。貴様は何者だ?」

「……私の名前はスールだよ。そう言えば理解してもらえるかな?」

「スール……だと……!」


 スール。それは、予言の書に記された、この世に終焉を齎すとされる魔物どもの崇拝する神の名だ。


 闇属性の魔法を操るとされるスール。奴に対抗することができるのが、俺の持つ光属性の魔法なのである。


 だからこの国では、光属性の使い手が持てはやされ、闇属性の使い手は忌み嫌われているのだ。


 それにしても……まさかこんな状況でスールを名乗る存在と対峙することになるとはな。


 古来よりこの国の王の間で受け継がれてきたとされる予言の書……俺はそんなものは信じない。なぜなら、この俺ほどの天才であっても未来を見通すことはできないからだ。


 ましてやそこに記された存在など、所詮はただのくだらない虚構だ。信ずるに値しない。


 そう思っていたのだが……。


「……そうか、貴様がスールなのか……」

「ああ、そう言っているだろう?」


 ――こいつの言っていることが嘘か本当か定かではないが、スールを自称する時点でろくでもない奴なのは確かだ。


「ではやはり死――「だ、だから早まらないでよ! 色々と言われてるけど、私はそんなに悪い魔物じゃないんだ!」

「は? 魔物というだけですでに存在が悪なんだが?」


 俺はアニ――ではなくスールの首根っこを掴んで、額に手をかざす。


「魔物はキミの方だよぉ……うぅ……」

「平和と光の象徴であるこの俺の前でその名を名乗ったのが運の尽きだったな」

「なんでこんな暴力性の塊みたいな奴がそんなもの象徴してるのぉ……! この国おかしいよぉ……!」


 こいつ、さっきから泣き言ばかりだな。


「世界平和のために死ね」

「そ、そうだ! 今の私の姿を見ておくれよ! これが世界に終焉をもたらせると思うかい?」

「思わないな」

「………………」


 俺が即答すると、スールはしょんぼりとした顔でうつむいた。


「では答えろ。なぜ俺を助けた? …………返答次第では生かしておいてやる。」

「え、えっと、その……私は……その……闇の魔物なので……あの、キミみたいな闇を抱えた面白い人間が好きなんだ。だからあのまま見殺しにするのは惜しいかなって思って……要するにただの暇つぶしだよ。神の気まぐれってやつさ……。今となってはすごく後悔してるけど……」


 こいつの言うことはさっきから理解できないな。


「もう一つ聞く。このふざけた世界が俺の理想とはどういう意味だ?」

「そのままの意味さ。この世界はキミが思い描く最も安心して過ごせる場所が具現化されているんだ。だから、この世界で起こることについて私に聞かれても、せいぜいキミの深層心理に対する客観的な分析くらいしかできないね」

「は?」

「……要するに、キミが妹や弟にちやほやされたいと心の奥底で思ってるから、こんなことになってるんじゃない? 私から言えることはそれくらいかな」

「なんだと……!」

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