第47話 荒ぶるデルフォス4


「はぁ……はぁ……俺としたことが……取り乱してしまったようだ……」


 追放されたゴミと、能無しのカスと、家出したクソガキどもをまとめて半殺しにする妄想をして、俺は普段の冷静さを取り戻す。


「ふぅ…………俺もつくづくツいていない」

「グルオオオオオォォッッッ!!」


 刹那、やかましい雄叫びが辺りに響き渡った。


「な、何事だ……?」


 突然のことに、俺は困惑する。


「ガオオオオオオオオッ!」


 ――すると、俺の前に巨大なコボルトが飛び出してきた。


「ゴハァッ!」

 

 おおコボルトの不意打ちにあった俺は、吹き飛ばされて勢いよく大木に叩きつけられる。


 ミシミシと音を立てて倒れる大木。


「ガハッ……ゲホッ……!」


 俺は、そのまま地面に倒れ込み吐血した。不運なことに、あばらの骨が何本か持って行かれてしまったようだ。


 全身を針で刺されたかのような痛みに、もだえ苦しむ俺。


「ガオオオォォォォォォォォォォォッ!」


 しかし、大コボルト攻撃は終わらない。


 手負いの俺を持ち上げ、執拗に何度も何度も地面に叩きつけてくる畜生。


「ぐっ! ごほっ! がはっ!」


 俺はリズミカルにうめき声を発しながら、血を吐き出した。


「がはっ……うぐ……げほっ、げほっ……!」


 服が破け、全身から出血して、視界が真っ赤に染まる。


 一瞬のうちに満身創痍だ。


 まるで理解できない。どうしてこんなことになっている……?


「グルルルルルルルッ!」


 大コボルトは、困惑する俺を更に上から踏みつけてくる。


「があああああああああああああああッ!」


 俺は激痛のあまり絶叫した。


 今までに味わったことのないような苦痛だ。いい加減死ぬぞ。クソが。


「う……ぐぅ……」


 朦朧もうろうとする意識。


 俺の脳裏に、今までの人生がよぎる。


(おはよう、お兄ちゃん!)


 ――ヘラヘラ笑いながら俺にまとわりついてくるゴミ。


(お、おはようございます……ほら、あんた達もあいさつしときなさい。じゃないと……)

(……はぁ……おはよう……ございます)

(え、えっと……おはよーございます……)


 ――従順なふりをして、裏では妹の分際で俺に逆らうクソども。


 ……出来の悪い弟や妹に人間に囲まれていた俺の今までの人生は、実に不愉快なものだった。


 あいつらにもっと可愛げがあって、もっと従順で素直であれば、俺もここまで不快な思いをしながらご機嫌取りをせずに済んだんだがな……。


 ――だが結局、弟は血の繋がりすら無いことが判明した上で追放され、妹どもは自らの愚かな行動でヴァレイユ家での地位を失った。


 ようやく俺が全ての頂点に立ち、快適に過ごせる時がやってきたのだ。


「グオオォォォォォォォッ!」


 ……それなのに、なぜこんな畜生に殺されなければならない?


 そう思うと、抑え込んでいた怒りが再び沸き起こってくる。


「この……ッ!」


 人の言葉を解さない下等生物が。


「この俺をなめるなクソゴミカスあああああああああああああああああああああッ!」


 気がつくと、俺は魔力を解放していた。


 全方位に向かって放たれた光属性魔法によって下等生物は吹き飛ばされ、ついでに周囲の木々もなぎ倒される。


 不意打ちのせいで不覚を取ったが、俺が本気になればこんなものだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……まさか、この程度でくたばってはいないだろう……?」


 俺は痛みを堪えてやっとの思いで立ち上がり、ボロボロの体を引きずって大コボルトへ近づいていく。


「ぐ、ぐるる……」

「光属性魔法だ……食らうのは初めてだろう?」


 言いながら、倒れている大コボルトの顔を蹴飛ばした。


「キャインッ!」

「踏みつけられたのは初めてだったよ……ホント、よくもやってくれたなぁ? コボルトさんよオォッ!」


 気が済むまで大コボルトのことを踏みつけ、甚振いたぶる。


 ――しかし、これではまだ足りない。こいつは俺のことを殺そうとしたのだ。


 地獄のような苦しみを味わってから死んでもらわなければ困る。


「グオオオオオオオオオッ!」

「そう騒ぐなよ。下等生物が……崇高なる貴族に踏んで貰えるなんて……貴様にはもったいないくらい光栄なことだろう……?」

「ガオ――「黙れッ!」


 俺は魔法で大コボルトの左足と右腕を焼き切った。


 痛みで絶叫する大コボルトの腹を蹴りつけ、黙らせる。


「ククク……これで貴様はもう……まともに狩りをできなくなった。……何も出来ず……飢えに苦しみながら死んでいけ……! フハハハハッ!」


 下等生物を更なる雑魚に加工し、気分が良くなった俺は、足を引きずりながらその場を後にしようとする。


 ――だが、あまりにも魔力と体力を消耗しすぎた。


 もはやまともに歩くことすら出来なくなっていた俺は、バランスを崩して大コボルトの横に倒れ込む。


「うぐぅっ……くそがぁっ……!」


 くらむ視界。


 意識を手放しそうになったその瞬間、


「こんな所で死にたくないかい?」


 俺の脳内に、謎の声が響いてくる。


 そんなこと当たり前だ。ふざけたことを聞くな……!


「まあ、キミならそう言うと思ったよ。ずっと見てきたからね――特別に助けてあげる」


 次の瞬間、俺の体は意識と共に闇の中へと引きずり込まれた。

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