幕間5 ダークエルフ


 痛む頭を抑え、物思いにふけるガス。


「………………」


 彼はロシナンテに跨り、隣を走るスレイプニルと共に夜の森を全力疾走していた。


「……………………思い出したでゲス」


 ガスが唐突にそう呟いたその時、


「――グルルルルルッ!」


 物陰から唸り声と共に何かが飛び出してくる。


 それは、周囲に生えている木々よりも巨大なコボルトだった。


 薄汚れた茶色い毛並みに、巨大な牙、獲物を射すくめるような鋭い目つき。


 おそらく、このコボルトが森に住まう魔物の主なのだろう。


「「ヒヒーンッ!」」


 凶暴で狡猾な魔物を前にしたロシナンテとスレイプニルは、大きな声でいななき立ち止まる。


 そして、助けを求めるようにガスの方を見た。


「グオオオオオオオオッ!」


 その瞬間、コボルトは雄叫びを上げ、二頭へ向かって鋭い爪を振り下ろす。


 しかし――


『止まれ』


 ガスが冷たい声でそう言い放つと、コボルトはぴたりと動きを止めた。


「良い子でゲスね。……でも、お馬ちゃん達を襲おうとしたのは関心しないでゲス」


 ガスに見つめられ、怯えた様子で後ずさるコボルト。先ほどまでの威圧感は、どこにも残っていなかった。


「これからあっしが言うことをよく聞いて欲しいでゲス」


 ガスはそう言った後、ロシナンテから降りてコボルトに詰め寄る。


そして、こう続けた。


『デルフォスを殺せ』


 それを聞いたコボルトは頭を抱えて唸り声を上げる。


 しばらくして立ち上がったかと思うと、ガスやスレイプニル達の脇を通り過ぎて、デルフォスが居る方へと走り去っていった。


 ガスはその様子を悲痛な面持ちで見送った後、呟く。


「……すいやせん旦那。オタンコナスで、人でなしなのは……あっしの方でゲした……」


 俯くガスの側にロシナンテとスレイプニルが駆け寄った。


「「ひひん!」」

「あっしのことを……励ましてくれるんでゲスか……?」

「「ヒヒーンッ!」」


 ロシナンテとスレイプニルは、ガスの顔をベロベロと舐め回す。


「……あ、ありがとうでゲス」


 それに対してガスは、二頭の頭を優しく撫でた。


「スケアクロウは……失敗したみたいでゲスね。あんなに自信たっぷりでゲしたのに……」


 そしてため息混じりに言った後、続ける。


「まあ……ちょっとしたおっちょこちょいで崖から落ちて……そのせいで全部忘れてたあっしが言えたことじゃないでゲスが……」


 ――魔獣と心を通わせることができるダークエルフの少年ガス。


 普段は馭者をしている、ちよっとだけおっちょこちょいな彼には、とある使命があった。


「……どうしてあっしに本当のことを教えてくれなかったんでゲスか? ロシナンテ、スレイプニル……」

「「ひひん……」」

「『全部忘れて幸せに生きて欲しかった』……でゲスか。…………優しいでゲスね」

「「………………」」


 ガスは、二頭に着けられた無骨な首輪を触りながら続ける。


「でも、お馬ちゃん達を見捨てて逃げたって……幸せになんかなれないでゲスよ……」

「「ヒヒーン……」」


 それから、ガスは顔を上げて言った。


「さてと……旦那――じゃなくて、邪魔者の始末も済んだことでゲスし……後は標的を見つけるだけでゲスね」


 懐からおもむろに袋を取り出したガス。


 彼は、その袋の中に入っていた魔物の餌を周囲にばら撒き始める。


 ――すると、黒い羽を持ち赤い目をした鳥の魔物達が、一斉に彼の元へ集まってきた。


 足元で餌をついばむ魔鳥達を眺めながら、ガスは再び命令する。


『ヴァレイユ家の三姉妹を見つけ出せ』


 すると、魔鳥達は鳴き声を発した後、黒い翼を広げて一斉にどこかへと飛び去っていった。


 その様子を見届けたガスは、再びロシナンテに跨る。


「それじゃあ、あっしらも行くでゲス」

「「ヒヒーンッ!」」


 こうして彼は、二頭の馬と共に森の奥へと姿を消したのだった。

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