第32話 オリヴィア、失神する

 

「オリヴィアさん、お仕事見つかったんだね!」

「はい、今日一日このお店で……って、そうではなくて! なぜアニ様がここに?!」


 明らかに取り乱しながらそう聞いてくるオリヴィアさん。なぜそんなに動揺してるのだろうか?


「どうしてって……僕にも仕事を見つけて来て欲しいって、オリヴィアさんが言ったから……?」

「わ、私はお留守番をしていてくださいと言ったのですよ?!」

「え、あれ…………?」


 どうやら、上手く意思の疎通ができていなかったみたいだ。


「で、でも、オリヴィアがこうして頑張ってるのに留守番なんかしてられないよ!」

「アニ様………………!」


 オリヴィアは目を潤ませる。


「い、いえ……それでもやっぱり駄目ですっ! アニ様を危険な目に遭わせることなんて……できませんっ! ちゃんと宿屋でお留守番していてくださいっ!」

「だけど……せっかく外に出られたのにまた閉じこもってないといけないなんて嫌だよ……」

「うぐっ……そ、そう言われてしまうと……。ああ、お母様、お父様、私は間違っているのでしょうか…………?」


 悲しそうに天を仰ぐオリヴィア。


 そんな風にされると、僕の方も罪悪感が湧いてくる……。


「なんじゃ? どういうことじゃ?」

「どうやらあの方とアニさんは知り合いのようでありんすね」


 そんな時、僕達のやり取りを見ていたてんことぎんこさんの声が耳に入った。


 そういえば、二人にオリヴィアのことを紹介してなかったな。


「ええと、紹介が遅れてごめんなさいぎんこさん。あとてんこ。……この人はオリヴィアだよ。僕のお姉さ――」

「メイドです」

「い、いや……でも――」

「……ただのメイドです。よろしくお願いします」


 昨日の夜は心を開いてくれたと思ったけど、僕とオリヴィアの間にはまだまだ距離があるみたいだ。少しだけ悲しい。


「よろしゅうござんす。オリヴィアさん」

「……結局姉なのかメイドなのかよく分からんが、お主には複雑な事情が多すぎるのう」


 呆れたように呟くてんこ。


「それに関しては僕もそう思うよ……」

「と、ところでアニ様……先ほどから気になっていたのですが、この方達は……?」


 ――そうか、オリヴィアにも今までのことをちゃんと説明しないといけないんだった。


 *


「な、なるほど……道で迷っていたアニ様を、お二人が冒険者ギルドまで案内してくださったんですね。……アニ様が危険の多い冒険者になったことに関しては少し複雑な心境ですが……ありがとうございます」


 そう言って、ぎんこさんとてんこに頭を下げるオリヴィア。


「大丈夫でござんすよ。アニさんはきっと立派な冒険者になるでありんす」

「ですが……!」

「しっかりしておくんなんし、オリヴィアさん。アニさんを籠の中に閉じ込めておくことが、本当に良いことでありんすか?」

「うぅ……でもぉ……!」

「わっちら年長者の役目は、歳下の者を導くこと。時には背中を押してあげることも必要でありんす。ただ守るだけではいけんせん」

「――そう、なのでしょうか……?」


 ぎんこさんに諭され、頭を抱えて悩むオリヴィア。


「背中を押すのは良いが、拳骨はやめて欲しいものじゃな」

「何か言ったでありんすかてんこ?」

「ひぃっ?! じ、地獄耳じゃあ……!」


 やっぱり獣人は耳が良いんだなあ、と僕は感心した。


「ふ、ふん。そんなことより、安心するのじゃオリヴィア。アニがこれ以上無理をして冒険者を続ける必要はないからのう」


 ぎんこさんに睨まれ、慌てて話をそらすてんこ。


「なぜですか……?」

「こやつは既に大金を稼いだからじゃ。よっ、億万長者!」


 そう言って、てんこは僕のことをはやし立てる。


「やめてよ……話題を変えるために僕を使うのは……」

「うるさい。事実なんじゃから、仕方なかろう? なんてったって、お主はわらわ達にこうして気前よくご馳走するくらい儲けたんじゃからな!」

「そ、それは……そうだけど……」


 すると、オリヴィアが首を傾げながら問いかけてきた。


「一体いくら稼いだのですかアニ様?」

「い、いち…………」

「初仕事で一万!? す、すごいです! てんこ様の言う通り億万長者ですよ! やはりアニ様には天賦の才があるのですね! ……そうであれば、確かに余計な心配だったのかもしれません……!」


 大はしゃぎして喜びながら僕のことを褒めてくれるオリヴィア。


「いや……一万じゃなくて……その……いち……おく……」

「…………はい?」

「一億……もらっちゃった……」


 僕の言葉を聞いたオリヴィアは、笑顔のまま固まる。


「いち……おく……? 何ですかそれ……?」

「しっかりしておくんなんし、オリヴィアさん。アニさんが受け取った賞金の額でありんす」

「…………いちおく……?」


 オリヴィアはふらふらとよろめき、そのまま倒れ込む。


「オ、オリヴィアっ! 大丈夫っ?!」

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……ひゃくまん……いっせんまん……いちおく……?」

「オリヴィアっ!」

「あれ……いちおくってなに……? あれ…………けいさんが……!」


 そして、最後にそう言い残し静かに目を閉じるのだった。


「オリヴィアーーーっ!」

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