第18話 賞金首、捕まえてた


 ……やっぱりそうだ。こいつ、どう見ても昨日の男だ……!


「……さっきからぼーっとしてどうしたんじゃ?」


 僕が手配書に釘付けになっていると、てんこに顔を覗き込まれる。


「ななななな何でもないよ!」

「ははん…………もしかしてお主、こやつが怖いのか?」

「えっと、その、あの……」


 ――どうしよう?


 どう説明したらいいんだろう?


 「僕が捕まえました」とか言って変に目立ったら色々と詮索されるだろうし、僕が闇魔法の使い手であることがばれてしまう可能性だってある。


 それに、信じてもらう為には一度実物あれをこの場で見せないといけないし……。


 ともかく、どうにかして一度この場から離れないといけない。なるべく自然な感じで。


「仕方のない奴じゃ。ほら、わらわが頭をなでてやる。よしよし、怖くない怖くない」


 てんこは、やや強引に僕のことを抱き寄せて頭をなで始めた。


「や、やめてよてんこ。別に怖いわけじゃ……」


 僕はそう言ったが、てんこはまるで聞く耳を持ってくれない。


「まったく、強がりな奴じゃ」

「違うよ! いいから離して……!」

「ほうら、口ではそう言っても、身体の方はこんなに震えておるぞ」

「――いや、震えてるのはてんこだよ?」


 僕が指摘すると、てんこは驚いた様子で動きを止める。


「なっ、なんじゃと……?!」

「もしかして怖いの?」

「まっ、まさか、わらわとあろうものがそのようなこと……!」


 そうは言っているが、明らかに震えている。


「てんこ……大丈夫でありんすか?」


 ぎんこさんが問いかけた次の瞬間、


「ぐすっ……うえええん、むりじゃあ……こんな不気味な奴と戦いとうない……うええええええん」


 てんこはせきを切ったように泣き出した。


 どうやら、強がっていたのはてんこだったらしい……。


「やはり、てんこには負担が大きいでありんしたか。ここはわっち一人でどうにか対処する他ないでありんすね」

「だ、だめじゃ……姉上を一人にするわけには……ひっぐ! わらわは……姉上を守ると決めたんじゃっ」

「てんこ……!」

「姉上ぇ……!」


 互いに抱きしめ合う二人。


 どうしよう、ぎんこさんとてんこが二人だけの世界に入ってしまった。


 一人蚊帳の外になってしまった僕は、助けを求めて受付嬢さんの方を見る。


「ぐすん……なんて美しい姉妹愛なんでしょう……!」


 だけど、こっちも完全に二人に感化されていた。


 それどころか……


「Sランク冒険者だって、人間なんだな……オレ、誤解してたぜ……!」

「てんこちゃんとぎんこちゃんにばかり辛い思いはさせられねぇ。俺たちでスケアクロウをぶっ飛ばすぞ!」

「ギルドのみんなで町を守りましょう!」

「「「「おう!!!!!」」」」


「極悪非道な賞金首をとっ捕まえるぞ!」

「「「「おう!!!!!」」」」


「オレにかかればスケアクロウなんざイチコロだぜ!」

「「「「……………………」」」」


「ぜ、全員で協力するぞ!」

「「「「おう!!!!!」」」」


 何だかギルド全体が凄く盛り上がってる。


 ますます言い出し辛い状況になってしまった……。


「……し、しつれいしまーす」


 いたたまれなくなった僕は、こっそりとギルドを抜け出すのだった。


 *


 ギルドの脇にある人気のない路地裏へと逃げ込んだ僕は、魔法を発動して賞金首の男――スケアクロウを解放することにした。


 昼間の路地裏が一瞬だけ真っ暗になり、捉えていた男が出現する。


「あ……ひぃ……ひひ、ひひひっ」


 ……といっても、完全に憔悴しきっていて、手配書とは似ても似つかないが。


 これ、ちゃんとスケアクロウだって分かってもらえるだろうか……?


「どうだった、初めて闇属性の魔法をくらった感想は?」

「いひひ、ひひひひひひっ!」

「返事もできないか」


 僕の魔法をくらって、正気でいられる者は存在しない。


 おそらく、こいつはこのまま死ぬまでずっとこの調子だろう。


「……一応聞いておく。僕の本当の父さんや母さんを殺したのはお前か?」

「いひひひひひひっ」

「他に仲間は?」

「ひっひっひっ」

「誰がお前を手引きした?」

「ひひひひひひっ!」

「妹達を――ヴァレイユを狙っているのも同じ人間か?」

「ひいいいいいいいっ!」


 僕は男を一発ぶん殴った。


「…………うるさい」


 ――とにかく、早いところこいつをギルドに連れて行こう。


 こいつを入り口から放り込んで、僕は裏口から何食わぬ顔でギルドに侵入すれば大丈夫だろう。たぶん。


「さっさと行くぞ、スケアクロウ」


 僕がそいつの名を呼んだその時。


「俺がやらなくても……あいつがやるさ……」


 突然、男がそう口走った。


「……どういう意味だ?」

「いひっ、いひひっいひひひっ!」

「答えろ!」

「ひいいいいいッ!」


 改めて問い正すと、男は頭を抱えてうずくまる。


 ……こいつと話していたら、僕まで頭がおかしくなってしまいそうだ。


 僕はこいつから情報を聞き出すことを諦め、このままギルドへ引きずって連れていくことにする。


 ――どうにかなると思っていた僕の考えが甘く、この後ギルドどころか町じゅうで大騒ぎになったことは、言うまでもない。

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