幕間3 エリーの想い
「ねぇ……どうしておかあさんといっしょにいちゃだめなの……?」
あたしは、おにーちゃんにすがりつきながら問いかける。
「……だって、あの人はエリーのことを傷つけるから」
「おにーちゃんがおいだしたの……? あたしのおかーさん……」
「そう、僕が父さんに全部話してあの人を別の場所に移してもらった」
「ひどいよ……だってあたしがわるいことしたからおこられただけなのに……」
「だからってエリーが気を失うまでぶったり、エリーにひどい火傷をさせたりするのは、お母さんのすることじゃないよ…………少なくとも、僕はそう思う」
「おにーちゃんには……おかーさんがいないからわからないのっ!」
あたしは、怒りに任せておにーちゃんを怒鳴りつけた。
「おかーさんをかえしてよっ!」
「……ごめんなさい……エリー。それだけはできないんだ」
おにーちゃんはあたしの肩に優しく触れながら言う。
でも、あたしはそんなおにーちゃんの手を振り払った。
「きらい……おにーちゃんなんかだいきらいっ!」
「…………うん。最低なお兄ちゃんで……本当に……ごめんなさい」
絞り出すような声でそう答えたおにーちゃんは、とても悲しそうな顔をしていた。
あたしは今でもその時のことを思い出して、胸が締め付けられるような気持ちになる。
*
――あたしの大好きだったお母さんは、とても酷い人だった。
あたしのことを、自分がお父さんに気に入ってもらうための道具としか見ていなくて、少しでもあたしが失敗すると罰を与えてきた。
いっぱい叩かれたり、吐くまでお腹を蹴られたり…………とにかく、あの時のことはあまり思い出したくない。
それを知ったおにーちゃんは、その事をお父さんに告げ口して、あたしとお母さんを引き離してくれたのだ。
……今でも、あたしの身体にはお母さんにつけられた傷や火傷のあとがいくつか残っている。
きっと、あのままだったらあたしはいずれお母さんに殺されていたのだろう。
……幸い、傷はほとんど目立たないくらいには治ったけど。
おにーちゃんは、そんなあたしをお母さんから守ってくれたのだ。
――それなのに、あたしはおにーちゃんにいっぱい酷いことを言ってしまった。
もし過去に戻れるなら、あの時のあたしを引っ叩いて、たくさん叱りつけてやりたいくらいだ。
……でも、おにーちゃんはきっとそんなあたしのことも止めに来るのだろう。
「エリーを叱らないであげて」って。
おにーちゃんはそういう人なのだ。
最低なんかじゃない。あたしの自慢の、最高なおにーちゃんだ。
……最低なのはあたし。
でも、おにーちゃんはそんなあたしを大好きだと言ってくれる。
だから、おにーちゃんには心配をかけないように、できる限り笑顔でいようと決めた。
いっぱい笑って、いっぱいおにーちゃんに大好きって伝えて、メイベルやソフィアにもいっぱい笑ってもらって…………とにかく、毎日をみんなで明るく楽しく過ごせば、きっとおにーちゃんも喜んでくれるから。
だけど……
「もう笑えないよ……おにーちゃん……」
鏡の前で無理やり笑顔をつくってみても、涙がこぼれてくるだけだった。
大好きなおにーちゃんはもういない。
この家を追い出されてしまったのだ。
あたしのお母さんの時とは違う、正真正銘の追放。
それがどういう意味を持つのかなんて、子供で何も知らないあたしにだって分かる。
おにーちゃんはもう、ヴァレイユの人間じゃなくなったのだ。
「あの時のこと……まだちゃんと謝れてないのに…………だいきらいって言ってごめんなさいって……言えてないのに……!」
甘えてばかりで、おにーちゃんが大変な時に何もできなかったなんて、本当に最低だ。
「もう会えないなんてやだよぉ……お兄ちゃん……っ!」
あたしは昔おにーちゃんがくれた大切なぬいぐるみを抱きしめて泣いた。
優しくて柔らかいおにーちゃんの感触を感じられるものは、もうこれだけだ。
「ぐすっ、うえええええええんっ!」
そんな風にあたしが泣いていると、
「――まったく、しんきくさいわね。らしくないわよエリー!」
突然声が聞こえてきた。
「ふぇ…………?」
顔を上げると、そこにはメイベルとソフィアが立っている。
「どうして……?」
「泣くんなら部屋の鍵くらいかけなさいよ。あんたもお年ごろでしょ!」
「ご、ごめん……忘れてた…………ってそうじゃないよぉっ! どうしてあたしの部屋に入ってきたのっ?!」
「簡単な話よ。流石にあんただけ置いていくのも可哀想だと思っただけ。……それはそれで愉快だけど」
どう言う意味だろう。あたしが困っていると、ソフィアが言った。
「今のは……メイベルなりの照れ隠し…………そんなことより早く準備しなさい、エリー。……ここを抜け出して……おにーさまに会いに行く」
「ふえぇぇぇっ?!」
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