第35話 運命の娘
★★★(ユピタ)
やった。
これで、我が復活が成る。
俺は死者蘇生を可能にする異能使いを手中に収め、洞窟……巣に戻った。
運命の異能使いの娘……ユズ。
今、こいつは、うっすらと目を開け、焦点の合わない目でまっすぐに前を見つめている。
一脚の椅子に腰掛けながら。
……ここに来たとき、目覚めてから薬を嗅がせ、この状態に陥らせたのだ。
リリーン リリーン
周りに居る我が下僕たちが、手に手に鈴を持ち、揺らし。鳴らしていた。
暴れて上手く行かない可能性もあったが、杞憂だった。
まあ、この娘にはそんな度胸など無いだろう。
……目の前で両親を殺してやっても、命乞いをしたような娘だ。
最後の最後まで抵抗するとか、そんなことは出来はしない。
俺は娘を嘲笑うと、巣の奥に安置してあるかつての俺の亡骸を見つめる。
ばらばらになった白い骨格。
もうすぐだ……もうすぐ、俺はあそこに還ることができる。
こんな制限だらけの人間の身体とはおさらば。
ブレスも吐けず、魔法を使う事にも制限が付きまとう不便極まりない入れ物。
かつての力を取り戻したら、思い切り自分の力を振るうとしよう……。
リン リリーン
鈴の音。
先ほどからのこれは、別に伊達や酔狂で行っているわけではない。
これは……
俺は、娘……ユズに近づいた。
「ユズ……ユズよ……」
囁くような声で呼びかけながら。
「お前は今、幸せか……?」
心に染みわたるように。
催眠術。
その力で、異能を使用させ、我が復活を成らせる。
完璧な道筋だ。
★★★(ユズ)
リン リリーン
鈴の音がする。
聞いていると、思考が纏まらなくなる音色。
私は、何をしていたんだっけ……?
私はひとり、闇の中にいた。
闇の中で、膝を抱えて座っている……
ユズ……ユズよ……
そんな中、誰かが私を呼んだ。
誰……?
私を呼ぶ声。
誰の声なのか。
それを考えようとすると、頭がズキリと痛んだ。
お前は今、幸せか……?
その誰かに問われる。
幸せ……?
私は、幸せなんだろうか……?
考える。
私は……
私は、好きな人が居る。
だから……
「幸せ……」
本当か?
私の答えは、その誰かに疑われた。
お前は想いを寄せる男が居るだろう……?
だが、お前の想いは届かない……。
それを言われた瞬間、私の中に暗い炎が灯る。
私の想い……
私は、私の事を救ってくれた男の人が好きだった。
けれど……
その人は、私じゃない別の人が好き……
なんで……なんで……
なんでそうなの!
その人……ウハルさん……
彼が好きな人は、きっと私ほど彼の事が好きじゃない……
なのに……なのに……
「なんで……」
悔しかった。
私の方が好きなのに、どうして……
悔しくて、苦しい。
どうしてこんなに苦しいの?
★★★(ユピタ)
俺の目の前で、虚ろな目をした運命の娘……ユズが涙を流していた。
いいぞ……
俺はこの娘の覚醒を確認するために、ずっとこの娘を見ていた。
それが今、役に立っている。
この娘は、叶わぬ恋という闇を抱えている。
俺たちが仕向けた、絶体絶命の窮地から救ってくれた男……そいつに想いを寄せているのだ。
だが当の本人は、別の女が好きで。
それを理由に断られた。
俺は思った。
娘が覚醒したとき、これは使える、と。
催眠術で娘を意のままにし、我が目的を達成するには、娘の世の中への憎悪が要る。
それに、うってつけの小道具だ!
そして狙い通り。
娘はボロボロと涙を流し、自分の想いが届かぬことを嘆いていた。
……容易い。
なんと容易い娘だ!
笑いがこみ上げてくるが、俺はそれを抑えた。
未だそのときでは無い。
俺は意を決し、言う。
決定的な一言を。
「……お前の想いは届かない。届かないのは世の中が間違っているからだ。さぁ、お前の力で一度全部壊してしまおう」
★★★(ユズ)
……お前の想いは届かない。届かないのは世の中が間違っているからだ。さぁ、お前の力で一度全部壊してしまおう。
誰かの言葉。
私は、その言葉がとても正しい気がした。
そう思ったとき。
私は2つの気配を感じた。
ひとつは暗い輝き。
凄まじい闇の波動を放っている。
もうひとつは、それが収まるべき器の気配。
とても大きな器だった。
……私のチカラをもってすれば、その暗い輝きを、器へと注ぎ込む事が出来る。
やれ、やってしまえ。
私の中の暗い炎がそう私に囁く。
そんな事をすれば、一体何が起こるのか。
とんでもないことになる。
だけど……
いいじゃない。
そんな気持ちが、噴き出してくる。
私に優しくない世界。
私が報われない世界。
そんな世界、どうなっても……
★★★(ユピタ)
目の前の、運命の娘の両手が上がった。
同時に、我が魂が絡めとられる感覚があった。
来た。
来たぞ。
ついに、俺が、我が復活が成し遂げられる日が来たのだ!
ズズズズ……
おお、この不自由な肉体から引き出される。
ついに、ついに……
俺は喜びに震えた。
また、あの肉体に還ることができるのだ!
俺は還るべき白骨の元の身体を見た。
そして、まさにその瞬間を待ちわびているそのときだった。
ドカァ!
「ギャンッ!」
激しい音がした。
下僕たちの悲鳴。
何だ!? 何なのだ!?
半ば魂を抜きだされ、魂の視点で俺は視線を向けた。
そこには……
ハルバードを持ち、宙に浮かび高速移動。
素早い動きで下僕たちを薙ぎ払っていく革鎧の男と。
全身金属鎧に身を包み、馬鹿でかい両手斧を鈍器として使い、下僕たちを吹き飛ばしていく重戦士。
その後ろから、油断のない目付きで追いかけて来る赤毛のモヒカン戦士。
そして、刀を抜いて下僕たちに斬り込んで来る髪を後ろで括った剣士。
4人の戦士が居た。
何……どうして……!?
突然の乱入者に、俺は混乱する。
そんな俺へ、全く何の意も介さず。
ハルバードの戦士が叫んだ。
「ユズさん! 助けに来たぞ!」
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