第27話 ユズさんのチカラ

★★★(アイア)



 どうしよう。

 目の前のこいつ、中身はあのろくでもない男だけど、肉体はウハル君なんだ。

 殺してしまうのは当然出来ない。


 かといって、生け捕り……


 ゴミヤの混沌神官としての位階がどの程度か分からないけど、もし『呪言の奇跡』……つまり、呪いが使える位階に到達していたら、接触するのは危ない、って話になる。


 隙をついて組みついた瞬間を狙われる……その可能性があるから。


「この身体の主がオマエと知り合いだって分かったときは大笑いだったぜ。……俺を攻撃できるもんならしてみろ、ってなぁ……」


 ウハル君に憑依しているゴミヤが、そう勝ち誇ったように言う。

 許せない。


 けど……


 そのとき。


「アイアさん……」


 冒険者の店に入ってきた誰かが、私に声を掛ける。


 オネシ君だった。


 オネシ君は私とウハル君を見比べて、状況を把握しようとしているみたいだった。


「……ウハル君、混沌神官の浮遊霊に憑依されてしまったみたい」


「何ですって!?」


 言い辛かったけど、言わないと事態がややこしい方向に転がる可能性がある。

 だから私は言ったよ。


 ……何でそんな事をしたんだよウハル君。


 私は理解できなくて、悲しかった。


 浮遊霊による憑依なんて、未熟な修行者が不用意に精神統一なんかをしようとでもしない限り、起きないはずなのに。

 一体、何をやったの?


 そのときだ。


「……ごめんなさい。俺、どうしても強くなりたくて……」


 いきなり、ウハル君の声の質が変わった。


 ウハル君の話し方だ。


 涙声だった。


「たった1人で精霊との契約を行おうとして、このざまです……!」


 ウハル君は、泣いていた。

 きっと自分が情けなくて泣いているんだ。


 ……正気に戻ったの? と思ったが、多分違う。


 多分、一時的に主導権を握っただけなんだろう。

 ウハル君の想い強まったから、とかそんな感じで。


 浮遊霊の憑依が起きると祓うのが難しいという話はだいぶ前から聞いている。

 こんな簡単に行くはずが無い。


 ゴミヤへの怒り、ウハル君への嘆き、悲しみ。

 胸が締め付けられる想いだった。


「……精霊との契約は2人組で行うのが鉄則でしょ。……なんてバカなの」


「そういうことなら、何で僕に声を掛けてくれなかったんだ!?」


 私以外に、オネシ君も嘆いた。


 可哀想にも思ったけど、こういう他無い。

 細心の注意を払って行う精霊との契約を「多分大丈夫だろう」とずさんな準備で決行するなんて。

 ウハル君、それはダメ。ダメだよ……!


「おっとお?」


 と、ここで。

 またウハル君の表情が変わった。


 ゴミヤにスイッチしたんだ。

 現在のウハル君の身体の主導権は、おそらくゴミヤにある。


 ウハル君はどうしようもない状況なんだ。


 どうすれば……


 私とオネシ君、2人でどうにかできないか考える。


 あいつの『波動の奇跡』は、私ならゼロ距離でも即死せずに耐える事ができるし、ある程度距離を置けば、ガードすることも可能。

 それであいつの魔法を誘発し、撃ち尽くしたところでふん縛る……


 物的被害が出そうではあるけど、それが一番いい手……じゃないかな?


 もし隙があるのなら、オネシ君に飛び掛かってもらって、口を押さえてもらうとか……


 そう、私が対処法について色々考えているときだった。


「……ウハルさん!」


 女の子の声がしたんだ。


 あの子だった。

 長い黒髪に前髪ぱっつんヘアーの着物の女の子。


 最近私に敵意の籠った視線を投げてくる、あの子だった。


 あの子が、冒険者の店の入り口に立っていた。



★★★(ユズ)



 いつものように、冒険者の店に仕事で訪れたら、何かとんでもない事が起きていた。

 店の中が荒れてて、人は少なかったけど、騒然としている。


 その渦中になっているのは……


 ウハルさんと、ウハルさんの今の相棒の人と……ウハルさんが好きな人。


 この3人だった。


 一体何なの!?


 私は混乱したけど……ウハルさんが何か大変な事になっている。

 それをすぐに理解した。


「そこのキミ、彼に近づいたら駄目だよ!」


 私を見て、その黒髪長髪の女戦士の人はウハルさんを指差す。


 言われて、ウハルさんを見つめる……。


 何か、違っていた。


 その表情にウハルさんを感じなかったこともあるけど……


 ウハルさんに何か、被さるように何かがくっ付いている……!


 それが、感覚として理解できたとき。


 ……私は、自分の中で何かが開花したことを自覚した。


 衝動のままに、自分の両手を前に突き出していた。


 ウハルさんに向けて。


「……何の真似だぁ?」


 そいつがウハルさんの口を使って言葉を吐いた。

 私は応えない。


 ……剥がす!


 剥がしてやる!


 私はその「ウハルさんにくっ付いているもの」を剥がし取ることだけを考えていた。


 ……何故か「出来る」と確信を持って言えたのだ。


 私は、異能使いの才能を持っていたらしい。


 目覚めた瞬間、私の頭に浮かんだイメージは「霊体操作」


 私はそこから「ウハルさんに憑依している悪いものを無理矢理引き剥がし、何か別の場所にくっつけよう」としていた。


 能力ちからを込める。


 すると、ウハルさんの顔が引きつった。

 ウハルさんの中に居るやつが、不自由を感じているんだ!


「な、なにおおおおおお」


 何かやろうとしているが、こっちの方が早い!


 ズボォ! という音がした気がした。感覚的に。


 ウハルさんは身体をピーンと引きつらせ、そのままドッと倒れ込む。

 抜き取った、剥がし取ったそいつは、私の異能に絡めとられて空中に捕縛されている。


 このまま放逐することは出来ない。

 何故なら、すでにウハルさんと憑依の契約を結んでいるから、放逐してしまうとまたウハルさんの身体に戻ってしまう。

 それが感覚として分かっていた。


 だから……


 私は、床に転がっていた、一匹のゴキブリの死骸を見た。


 害虫が死んでいたなら、掃除するべきだとは思うけど。

 今はこの杜撰さが有難かった。


 死骸が欲しかったんだ。


 この、浮遊霊を閉じ込めるための死骸が!


「それぇっ!!」


 私はその剥がし取った霊体を、ゴキブリの死骸に叩き込んでやった。



★★★(ウハル)



 ユズさんが俺に両手を向けて来たとき。


 俺の中で変化が起きている事を俺は察知していた。


 俺の中のやつが、暴れてる!

 何かに絡めとられて、逃れようともがいている!


 そして……


 ズボォ! という音が聞こえたような気がした。


 精神と精神が擦り合わされて、立てられた音だ。


 それと同時に、俺の身体に自由が戻ってくる。


 崩れ落ちる俺。


 そこに、オネシさんがやってきてくれて、不甲斐ない俺を支えてくれる。


「大丈夫か!?」


「……大丈夫……申し訳……ありませんでした……」


「……もう二度と、こんな事はしないでくれよ?」


 オネシさんの言葉に、俺は何度も頷いた。


 焦って、無謀な計画を立てて、実行するなんて。

 もう二度と、誓ってしないです。


 申し訳、ありませんでした……




 俺からアイツを引き抜いてくれたのはユズさんだ。


 俺は、それが状況的に分かっていた。


 ユズさんが手を向けた途端、アイツがもがきだしたから。

 そして、腕を振り上げた瞬間、俺の中からアイツが抜けたから。


 ユズさんは両手を上に向けて、きょろきょろと何かを探しているようだった。


 そして、その何かを見つけたのか……


「それぇっ!!」


 ぶんっ、と両手を振るう。


 すると……


 ふつっ、と。


 俺の中で何かが切れた気がした。


 後から思うと、そのとき切れたのはアイツ……ゴミヤとの憑依の契約だったんだろう。


 後から俺はユズさんに、ユズさんがあの時何をしたのかを説明された。

 そこから考えるに、だ。


 ゴミヤは新しく肉体を与えられ、浮遊霊ではなくなったから、浮遊霊時代に結んだ契約は全破棄……。

 そういう、からくりで。


 その直後、ゴキブリがその場から走り去って行った。

 そいつがおそらくゴミヤだったんだろうな。


 ユズさん、ゴキブリの死骸に魂をねじ込んでやった、って言ってたから。


 ありがとう……ユズさん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る